第2話  色彩の国

メキシコの片田舎の市場は、色の洪水だった。

真っ赤なトマト、鮮やかな黄色のトウモロコシ、紫色の豆、オレンジ色のカボチャ。果物の甘い香りとスパイスの刺激的な匂いが混ざり合い、人々の笑い声と呼び声が響いている。

「Buenos días!(おはよう!)」

「Muy fresco!(とても新鮮だよ!)」

テレパシーで会話する僕たちには、こんなに賑やかなコミュニケーションは新鮮だった。

「ねえ、お兄ちゃん」

ピッパが僕の袖を引いた。

「あの人たち、言葉が全然通じてないのに笑ってるよ」

見ると、メキシコ人の老婦人とアメリカ人の旅行者が、ジェスチャーと笑顔だけで何かを売り買いしている。言葉は不完全だ。誤解も生まれる。

でも、だからこそ美しいのかもしれない。

「モッパ星では、みんなテレパシーで正確に意思疎通できるよね」

ピッパが言った。

「うん。でも地球人は、不完全な言葉だからこそ、一生懸命相手を理解しようとするんだ」

父さんが答えた。

「完璧すぎる コミュニケーション は、時に思考を止めてしまう。不完全さが、想像力を生むんだよ」


市場の片隅で、一人の少年が絵を描いていた。

段ボールをキャンバスに、道端で拾った色とりどりのチョークで。マヤのピラミッド、太陽、鳥、そして空を飛ぶ円盤——。

「UFO、描いてるの?」

僕が話しかけると、少年は人懐っこい笑顔を見せた。

「Sí(うん)!見たんだ、昨日の夜。光ってたんだよ、空に」

彼の目は輝いていた。

「みんな、もう慣れっこだって言うけどさ、僕は毎回ワクワクするんだ。だって、宇宙人がいるってことでしょ?すごくない?」

僕は何も言えなかった。

目の前の少年は、僕が宇宙人だとは夢にも思っていない。でも、その純粋な好奇心が、とても眩しく感じた。

「君の絵、とてもいいね」

「ありがとう!」

少年はさらに嬉しそうに笑った。

「僕ね、いつか宇宙に行きたいんだ。地球の外を見てみたい」

その言葉が、胸に刺さった。


メキシコでの一ヶ月は、あっという間に過ぎた。

カラフルな街並み、陽気な人々、美味しい食べ物(僕たちは食べないけれど、香りを楽しんだ)、そして温かい太陽。

「次はニューヨークだ」

父さんがバイクを呼んだ。テレパシーに応えて、半透明の機体が空から降りてくる。宇宙エネルギーを推進力とする、僕たちの乗り物だ。

「どれくらいかかるの?」

ピッパが訊く。

「三分ってところかな」

僕たちにとって、地球の大陸間移動は近所の散歩みたいなものだ。

バイクは音もなく浮上し、雲を突き抜けた。眼下にメキシコ湾が広がり、やがてアメリカ東海岸が見えてくる。

三分後、僕たちはニューヨークの上空にいた。


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