禁忌の学者姫~王女と貴族令嬢と異世界の少女~

機巧狼(メカウルフ)

禁忌の学者姫と革命の王国

第1話

 声が聞こえる。


『ミスト』


 これは……誰だ。知らない人間だ。

 見た事もない装束の少女が私の名前を呼ぶ。顔は曖昧あいまいで、黒髪以外の特徴はよくわからない。


 君は誰だ。何故私の名前を知っている。


『ミスト!あなたなら出来るって、信じてるからね!』


 信じる?なんの事だ。何を言っているんだ君は。


 耳に残る眩しい程に明るい声だけを残して、私の視界がぼやけていく。


 ボ━━━━━━ン…………


 時を告げる鐘のが脳内に響き渡るのを感じる。

 

 ──────カチッ


 目の前で魔力の残滓ざんしが火の粉の様に舞い上がると、瞬時にモノクロへと変わった世界が静止する。


 チクタクチクタク…………


────ああ、これは、断片か。過去ではないな、恐らく未来の…………


 を研究している影響がよもや夢にまで干渉してくるとは……



  ◇  ◇  ◇



 そんな夢の話をミストから聞かされたのは翌日の事だった。


 私の友人ミストは、このリスタル王国の王女だ。彼女は華やかな社交場や政争にも興味はなく、現在の様に学院が長期休暇中の時等は日夜王宮の書庫で魔法関連の書物や文献を読み漁り研究に勤しんでいる変わり者なのだ。


 誰が呼んだか、人呼んで“学者姫”。


 ミストは王女ながら、長く綺麗な髪は無造作でヘアセットもあまりしない。普段の身なりも比較的シンプルなドレスを好み、流行りはやりものには無頓着。学院においても、勉学や魔法の実技は得意だが体力は人並みか以下程度。


 おまけに偏屈なので交友関係も少ない。良くも悪くも奇異の目で見られても気にしないのだから、変わり者と呼ばれても仕方ないのである。


「魔法という万物の事象を操る力を手にした人類は、斯くも愚かで傲慢な生物となったのか。我が国の有り様はまさにその尤も足る縮図ではないか」


 リスタル王国は800年を誇る大陸随一の魔法文明が発達した国家だ。国民は誰もが魔力を持ち、魔法と言う力が当たり前に存在する。

 そしてミストの言う縮図とはまさにこの国の現状を憂いての事だろう。


「そうは思わないか?ルネ」

「……ミスト、私達もその愚かな生物の一部では?」


 私は、はあ……と嘆息すると書きかけの資料から手を離し、呆れ顔でミストを一瞥いちべつしつつ眼鏡を掛け直す。


「私達の研究はですよね?それこそ愚かの極みかと」


 禁じられた魔法……時間、空間、精神干渉、死者蘇生など、私達の国では自然のことわりに反する魔法群を『禁断魔法デファンドゥマギー』と呼ぶ。


 一般的な魔法とは、誰もが生まれながらに持つ魔法属性の資質、四大元素エレメンツ(火、水、風、土)か高位属性ハイクラス(氷、雷、光、闇)の先天的資質からなる。


 四大元素エレメンツは資質に関係なく学べば誰でも習得出来るが、高位属性ハイクラスに関しては生まれつきの資質のみとされている。


 一方、禁断魔法デファンドゥマギーを習得するには特殊な条件が必要で、さらに非常に複雑かつ難解な術式で構成されているのだ。


「むぅ……それもそうだ。禁断魔法デファンドゥマギーなぞ、普通は道楽でも研究せん代物だからな。だが私は正しく使う事が出来れば人の為にもなると信じている。現に今の研究対象である時間魔法の解明が出来れば……」


 ブツブツと語りだすミストを私はニマリと眺める。ミストがこうなった時は自分の世界に没入して止まらないが、私にとっては少しばかりからかいたい衝動が出てくるのだ。


「ふふっ物好きの学者姫様は知的好奇心の方が旺盛なのではないですか?」


 まあ、私も周囲から見れば相当の物好きかも知れませんが。それに、禁忌とも言われる魔法研究に手を出している以上、私も同類には違いない。


「でもまあ、安心しましたよ」

「うん?」

「こんな研究バカの貴女でも、ちゃんと自国にも目を向けられる王女だって事ですかね」

「ンな!」


 私の軽い皮肉混じりの冗談に虚を突かれたのか、目を丸くして固まるミスト。ふふふ、かわいい。


「おや、どうしましたミスト」


 顔を赤くして「そりゃあ……」と呟くミストは照れ隠しなのかそっぽを向くと、代々王家の特徴と云われるプラチナブロンドの長い髪をくるくるともてあそぶ。


「いやね、この様な私でも王族の端くれなのだなと痛感していたところだ」

「何を今更」


 ───貴女は紛れもなく王族でしょうに。


「そういえば時間魔法の副作用でしたっけ。ありましたよ。この資料がそうでは?」と、私は時間魔法について記された禁書のとある項目ページを開く。


「ふむ、やはり未来視か……」


 “時間魔法”をある程度習得をした者は、近い未来に起こる出来事や、それに関係する人を夢に見る事がある、らしい。

 ソレを扱えない私には見当も付かない事ですが。


「なるほど。姿は思い出せんが、夢で見た少女がこれから起こる事象を解決する鍵になるという事なのだろう」

「いや、その話の感じだと貴女が何かを成すという事では?」

「ふっ君は私を買いかぶり過ぎだ」


 実際に知と力を持って、己が間違っていると感じた物事に対処してきたのは、いつだってミストなのだという事を私は知っている。ただ時折、正義感が暴走して多少問題を引き起こす事もあるが。


「そうですか?私の力なんてミストには遠く及びませんし、所詮は田舎の男爵家の小娘ですよ」

「そう卑下する事はない。君は私の助手だろう」


 そう、そこは自負しても良いところだ。ミストがどれだけ周囲から変人、変わり者と揶揄やゆされようとも、私はミストが本当は淋しがりだと知っているし、その幼馴染みかつ研究助手である事にも誇りを持っている。そして、私のの役目も。


「それに、魔力量の高さがこの国の階級社会の基準なら市井しせいの中にも魔力量の高い者は生まれるし、貴族だろうが一定量より低い者もいるんだぞ」


 我が家の様な下級貴族には縁のない話だが、大昔の成り上がり貴族や、歴史を重んじる家系は自らの地位を守る為にその立場を誇示する傾向がある。近年、彼らの声が大きくなっている事がこの国の歪みを生んでいるのだ。


「そういえばそれ、お父上……陛下の口癖でしたね」

「ん、ああ…………」


 陛下の話題が出ると決まってミストは少し遠い目をする。

 今は療養中りょうようちゅうで長らく会えない状態だが、ミストの最大の理解者こそが陛下だった。


 ───今思えば、陛下も相当変わり者な方でした。そうでなければ、私は現在いまこうしてミストの側にいる事はなかったから。


 このリスタル王国では、昔は能力や才覚があれば身分を問わず認めていたが、現体制は貴族が身分や血統を重視している。つまり、家柄さえ良ければ例え無能でも要職に就ける腐った社会構造な訳だ。


 まあ、我が家みたいな田舎貴族には本当に縁のない話なのだけど。


「そうだ、ルネ」

「なんです?」


 そんな話題から何かを思い出した様なミストが、とんでもない事を言い出した。


「その事で、兄上には意見書を出しておいたんだった」


 私は何でもない事の様にさらっと重大な案件を言ってのけるミストを見て、凝視する。何を、誰に出したですって……?これは問題が起こる予感しかしない。



「おい、馬鹿な妹はいるか」


 案の定といったタイミングで、目の下に青い隈のある暗いエメラルドの瞳に、プラチナブロンドの髪をきっちりまとめた背の高い男性がズカズカと書庫に入って来る。


「はて、馬鹿な妹とはもしかして私の事でしょうか兄上」

「他に誰がいると言うのか。このたわけ者め」


 ミストから兄上と呼ばれた男性は、おどけた様子のミストに冷たく鋭利な目を向けると、不機嫌そうな表情で睨む。相変わらず怖い方だ。


 その方こそ、ミストの兄上にして実質的に現在のこの国を治めるグローム殿下だ。20代後半のグローム殿下は、ミストとは10歳近く年が離れている事もあってか会話も少なく、二人の関係性は決して良好とは言えない。もしくは、不器用なだけとも言える。


 ツカツカと近付いてくる足音を前に、私は広げていた本や資料をササッと隠す。これは隠れてやっている研究なので、見付かると危ない。


「その様子だと私の意見書は読んでいただけた様ですね」


 ミストはしたり顔でグローム殿下を見上げる。

 対するグローム殿下は不快そうに眉を動かすと、ジロリとミストを睨み付けた。

「お前はまだ世迷い事を抜かしているのか」と呟くと、「何度言ってもわからん奴め」と吐き捨てる。


「誰もが魔力を持つからこそ、より強い力を持つ者が正しく民を導く必用がある」


 グローム殿下は憤りながら、『魔力階級社会の矛盾と実力主義の有用性について』と書かれた文書をバン!と机に叩き付けた。


「誰もが魔力を持つからこそ、力と身分を結び付け支配する事は我が国の腐敗を招く要因となるのでは?」


 キッと睨み返すミストのエメラルドの瞳に熱がこもる。私は、この状態のミストがだいぶ熱くなっているのを知っている。大体彼女が冷静さを欠く時はいつもそうだから。


「……ッ!この、引きこもりの愚妹風情が……理想や理念だけでは国という物は成り立たんのだ。俺を父上の二の舞にしたいのか」

「それは…………」


 グローム殿下の表情が険しくなり、怒声が響き渡る。急にミストの顔が強張こわばり、言葉を詰まらせた。


 父上の二の舞とは数年前、国王陛下が暗殺未遂に会った事件の事だろう。グローム殿下に実権をゆずられたのはその後の事。ミストによると保守派の声が大きくなったのもその前後からだと聞いている。


 当時、犯人とされたのは私の憧れの人で殿下との恋仲を噂された人物だったが、陛下も無事で証拠不十分とされた代わりに王宮への出入りを禁止されたと聞く。

 今にして考えると、巧みに仕組まれたクーデターだったのではないかと思う。



「グローム殿下!」


 兄妹が睨み合う中、グローム殿下配下の騎士が慌てた様子で入って来る。グローム殿下はチッと舌打ちすると、私達から離れ、急ぎの様子の騎士の報告を聞きに行く。


 この様子だと恐らく、城下で何かが起こったのだろう。と考えていると、殿下が急に「なに!」と叫んだ後言葉を詰まらせ、一言「わかった」と低く呟くのが聞こえた。一瞬、反乱という不穏な言葉も聞こえた気が……。


 私が本で顔を隠しながら聞き耳を立てていると、不意に視界に影が落ちる。恐る恐る顔を上げると、影の正体はグローム殿下だった。


「グ、グローム様……」


 私は蛇に睨まれた様に硬直し、思わずブルッと身体を強張らせる。あら……バレてましたかあ……怖い。


「フン……聴いていたな?ブルエ嬢、せいぜい我が愚妹を護ってやれよ」

「な、何をされる、おつもりで?」


 グローム殿下の声は低く、とても不機嫌そうな声色をしていた。私は固まったまま、先のれ聞こえた会話から推察し、の意味するところを総合的に判断する。


 まさか、わざとか。その美しくも暗い瞳を前に、背筋に嫌な汗が流れる。うん、これは、良くないな。逃げたい。


「………………粛清だ」


 ゾクッとした。


 私はその言葉に背筋が凍ってしまう。

 グローム殿下はまるで感情を何処かに置いてきた様な……。それは、氷の様に冷徹で冷たい響きでした。私が硬直していると、グローム殿下の顔が耳元まで近付いて来る。こ、怖すぎる。


「いいな、くれぐれも愚昧に行動を起こさせるなよ」

「そ、それは………………」


 私は意見も反論も出来ず、ただコクリとだけ頷くと呆然と立ち尽くす。グローム殿下の真意は図れないが、この後起こる事態において私のを果たせという事だろう。私は一瞬、チラッとミストへ視線を移す。


 沈黙と共に書庫を後にするグローム殿下の背中は、暗く重い空気をまとっていた。


 ガタッ


 ───ミスト?


 私がギギギッと振り返ると、ミストがピリッとした空気をまとって立ち上がる。その様子を見た私は額に手を当て天をあおいだのでした。


 ───ああ、駄目だ。こうなったミストは私には止められない。すみませんグローム様、無理です。


 ああもう、これは本当に良くない事が起こってしまう予感がします……。

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