塩と砂糖のおとぎ話【一話完結型その3】

立方体恐怖症

【一話完結】塩の国と砂糖の国

 むかしむかし、あるところに塩でできた素敵な国がありました。塩は固くて、熱に強いものでした。塩のレンガが積み上がったお城は月に届くと言われるほど高く、繊細な透かし彫りの見事さは「塩の国の結晶」と呼ばれ、光を反射する塩は白や黄色など多様な光を生み出しました。


 そのため、塩の国には光が溢れていました。町のあちこちから零れ出ていたのです。それは美しさのためだけではなく、生きるために必要なことでもありました。光を互いに反射することで暖かさを保ち、ありとあらゆる塩が凍ってしまう冬を耐えなければならなかったからです。


 塩の国はその光る美しさで有名でした。

 一方、そのおとなりには砂糖の国がありました。砂糖の国では、白い砂糖のレンガで積み上げられた尖塔が甘い香りを放ち、桃色の光が町を染め上げていました。

 温暖で暮らしやすく、食べ物は多く、人を甘く幸せな心地にする、砂糖でできた国でした。


 特に素晴らしいのはお城です。太陽まで届くその細い尖塔は、「砂糖の国の結晶」と呼ばれていました。


 ところが近頃、なんだかどんどん暑くなる日差しによって、その尖塔は少しずつ溶けかけていたのです。そして、塩の国でも、これまで決して溶けることのなかった塩が、少しずつ弱り始めていることに気づく者が出てきました。


 砂糖の国と塩の国は、その結晶の美しさで競い合い、いがみ合っていましたが、塩と砂糖を貿易し合う仲でもありました。

 そしてとうとう——

「砂糖の国の結晶をなんとかしてほしいという書状が届いてしまいましたわ」

 ソルト姫は厳しい顔をしました。


「砂糖の結晶が溶けることは、こちらとしては万々歳…と言いたいところですが、由々しき事態でございますぞ」

 そう答えたのは、姫に仕える老いた執事です。


「そうですわね」

 姫は書状を丸めました。

「この暖かい夏…我が国は冷たい冬のおかげで、今のところ溶けかけているものはないようですけれど、いずれ月に最も近いこの塩の城も溶ける日が来てしまうでしょう」

「では、爺やはどうしろというのですか」


 ふむ、と執事は目を閉じました。

「鏡の国との貿易で、塩が強い光を跳ね返す力を持つように加工できることは、ご存知でございましょうか」

「馬鹿にしていますわね。昨日入ってきた耳寄り貿易情報ではありませんか」

「あの素晴らしい鏡を、我が塩の結晶である城に覆うように置けば、光は拡散し、被害は減るでございましょう」

 書状を持つ手がぷらぷら揺れました。まだ幼い姫は、書状を大切に扱う姿勢に欠けていたのです。

「それは昨日議会で完成が確認された鏡ですわね。まさかそれを砂糖の国にも使ってしまうのですか」

「砂糖の結晶を守るには、それしかないかと存じます」

 執事はそう答えました。


「爺や…あのにっくき尖塔がなければ、私たちの塩の城が世界一太陽に近くなりますのよ。溶けてしまえばよろしいではありませんか。この書状も、ポイ、ですわ」

 ポイ、と言いながらも、姫は書状を一応机の上に落としました。

「姫様…」

「知りませんわ。どうせ尖塔にこだわる国ですもの。助けてほしいと言っておきながら、大きな鏡で覆わなければならない、なんて言ったら断るに決まっていますわよ」

「…姫様」

「この話は終わりですわ!今日からは忙しくなりますわよ。急いで鏡を置いて、我が塩の結晶が砂糖みたいに溶けてしまわないようにしなければなりませんもの」

「姫様。砂糖の結晶が溶けてしまえば…姫様の大好きな金平糖は輸入されなくなりますぞ」


 姫の動きが止まりました。


「別に大丈夫ではありませんの?塩をこちらからもあげているわけですし」

「砂糖の国は、我が国の食料のほとんどを、塩のためだけに輸出しておられます。それは、塩の鏡を作るためでもあるのです。守るべき尖塔がなくなれば…」

「金平糖が食べられなくなりますの…?」

 姫は腕を組みました。

 そして、すっくと立ち上がりました。


「今すぐ鏡を移動させる準備に取りかかりますわよ」

――――――

 塩の国は、良い意味でも悪い意味でも頭が固い国でした。偉い人相手であっても同じことです。


 良い点としては、急いで鏡を移動させる準備が整ったことでした。悪い点としては、誰も砂糖の結晶を助けようとしなかったことでした。


「金平糖が食べられなくなるかもしれませんのよ!」

 そう姫が言っても、

「別に、お漬物も美味しゅうございますし」

「砂糖の結晶が溶ければ、我が国が世界一高いことになりますし」

 そう答えるばかりなのです。


「なんて正義感と隣人愛と危機感のない国民なのでしょう。仕方がありませんわ」

 決断力のあるソルト姫は言いました。


「爺や、二人で砂糖の国へ行きますわよ!一刻も止まってなどいられませんもの!」

 そうして、弾丸のように出発したのでした。

――――――

 塩の光る町を出て、塩も砂糖もない、岩と砂でできた道を歩きます。


「早くもホームシックかもしれませんわ」

 巨大な鏡を塩トナカイに載せて歩いていると、姫がそう言いました。


「爺やがこのとっておきの巨大岩塩をお渡ししておきますぞ。ホームシックが完全になった時、舐めて故郷を思うのでございます」

「逆効果ですわ!」

 姫の声の大きさに驚いて、トナカイが逃げ出してしまいました。鏡を置いたまま。

 姫はトナカイを追いかけて、砂漠の奥へ突き進みます。


 しかし、姫の決断力も体力には勝てません。

「お水…欲しいですわ」

「このあたりは水の国の領土ではございませんか?そろそろ道を外れすぎてきておりますぞ」

「分かっていますわ…」

 砂漠を走って、鏡を引きずって、すっかり疲れ果ててしまったのです。

「どうしましょう…」


「お困りですか?」

 現れたのは、水の国のウォーター王子でした。

 水の国は裕福で、どの国とも、無限に湧く水で貿易ができる国でした。多くの食べ物を、砂糖の国からも塩の国からも輸入していたのです。ちなみに、国は大きな湖の中にありました。


「趣味のお散歩がこんな人助けになるなんて、さすがは王子様ですわね」


 そう言ったのは、王子に付き添っていたお姫様でした。

「これはこれは…世界一足が早いと噂の王子ではございませんか。わたくしたちは、塩の国の姫とその執事でございます」

 執事が丁寧に挨拶をしました。

「お水が欲しいのです!」

 姫は我慢ならずに叫びました。

「鏡を砂糖の国まで運ばなくてはいけませんのに、トナカイもいなくなってしまいましたの」

「それは大変ですね。すぐお水を…と言いたいところですが、その鏡、塩でできていますよね?少しかじらせていただけませんか?」


「なぜですか?」

「水の国は何を食べてもお水っぽくて、塩を大量に輸入しておりますのです。ええ。ですから、大量のお水を持ってきますし、その鏡ごと砂糖の国まで一緒に参りましょう。しかし…口が寂しくて」

「塩が食べたいのですわね」

「王子様は塩辛いものがお好きなのですわ。今日もお散歩中に塩辛さを感じると、国境近くまでお走りになって…」

 頬に手を当てたまま、置き去りにされかけて息が切れているお姫様が答えました。王子様についてこられるだけ、さすがはお嫁に来られた姫様、ということなのでしょう。

「よろしいですわ。この巨大岩塩と交換で、一緒に砂糖の国まで行きましょう」


 こうして、水の国のお姫様と王子様は一旦別れ、王子様は一緒に砂糖の国まで行くことになったのです。

――――――

 砂の道を通り抜け、唐辛子だらけの草原にさしかかったところで、この三人の道中は分解してしまいました。


 体力のある王子様は、最初は岩塩をかじりながらお水を飲み、鏡を運んでいました。しかし——

「まずいです、岩塩がなくなっちゃいます!スピード勝負にしなくては。お先に砂糖の国へ走りますね!」

 そう言って、先に行ってしまったのでした。


「…国の頂点同士のお約束ですもの。鏡は砂糖の国に置いてある、はずですわよね?」

「ふむ。そのはずでございますが」

「頼りになりませんわ、爺や」


 そこへ、小さな男の子が馬に乗って通りがかりました。

「もし、もしかするとあなた方は大量のお水をお持ちなのでは?」

 男の子は、水の国の王子様が置いていったお水の袋を見つめました。

「まあ。砂糖の国へ行けば…そこで調達すれば、事足りる分のお水はありますわ」

「ああ、良かった!僕、辛さの国の王子なのですが、辛さが苦手で。お弁当辛くて。今すぐ大量のお水を飲みたいんです!」

「仕方ありませんわね。私の分のお水をお飲みなさいな」


 辛さの国の王子様は、好物は何の味もないお水だと言い、お礼についていきたいと申し出ました。

「他国を助けるために二人で旅をなさる姫様、あなた方を助けることで恩返しをしたいのです」

「どちらかというと水の国に恩を売るべきでしたわね、あなた。ついて来てくださるなら嬉しいですわ」


 こうして、分解した三人旅は、三人に戻ったのでした。

――――――

 砂糖の砂利が敷き詰められた、舗装された道にさしかかりました。城下町が近いということです。


 前から水の国の王子様がやってきました。

「鏡は砂糖の国に置きましたけれど、少し問題がございまして」


「問題ですって?やはり尖塔に鏡なんて言語道断だと?」

「尖塔に鏡なんて素敵だと思いますわ」


 水の国の王子様は、背中にお姫様を背負っていました。金平糖のパールを髪に散らし、かっちりしたソルト姫とは正反対の、ゆるふわなかわいらしさでした。

「あなたがシュガー姫様ですか?」

「そうですわ。隣国だというのにお初にお目にかかりますわね、ソルト姫様」

「尖塔に大きな鏡がつくのは、素晴らしい砂糖と塩のコラボレーション。つまりは砂糖と塩の、世界一高いお皿ができるのですわ。それは問題ではございませんの」

「すみません。背負って運んでいるうちに傷がついて、光の拡散力が減ってしまったんです」

「…かじりましたわね」

「ま、まさかそんな…」

 水の国の王子様は目を泳がせました。

「では…この旅は無駄だったのですか?」

「鏡は作り直しでございますかね。尖塔は完成するまで無事でしょうか」

 辛さの国の王子様とソルト姫は唸りました。


「しかし、砂糖は溶けやすいもの」

 執事が言いました。


「何ですって?」

「砂糖は溶けやすいものでございます。一時的に、塩の鏡の表面を砂糖でコートすれば、次の鏡が完成するまでの時間稼ぎができるほどには回復するでしょう」

「なんて賢いのでしょう」

 シュガー姫が叫びました。


「あなた、大臣の方かしら?天才ですわ。今すぐにでも、と言いたいところですけれど、我が国は今、みんながだらけておりますの。辛さがないのですわね。ストレスがなさすぎると、やる気が減ってしまいますのよ」


「…辛さについては…僕の残りのお弁当がお役に立つかと」

 辛さの国の王子様が、おずおずと言いました。

 それを鏡職人たちと砂糖職人たちに振る舞うと、口から火を吹かんばかりにやる気を出し、すぐさま完成したのでした。

――――――

 王子様たちは、ここまで来たのだからと、頂上に鏡を置こうと尖塔に登り、大工たちと掛け声を掛け合っていました。


「あとはあれを頂上に置くだけですわね」

「塩の技術、辛さのスパイス、お水のたくましさ、そして砂糖の溶けやすさ。全てがなければこの作戦はうまくいきませんでしたわ。素晴らしい結果ですわね」


「…大概、砂糖の国も甘かったですわね。私の旅の見積もりも甘かったですけれど。だらけて仕事をしない職人なんて、塩の国にはいませんもの」

「あら、辛口のお返事。でも、そうですわね。塩の国の技術、鏡の国からのものですけれど、それを我が国が真似できないだろうことは理解していますわ。」

「そしてその技術力を得ようと努力しない職人たちに甘さがあり、それを見逃す私にも甘さがあります。これは良くない点ですよね」

「…私は頭が固すぎるところが良くないですわ。もう少し、尖塔に拘りがあるのだと思い込んでいましたもの」


 ついに、鏡が設置されます。姫様たちも執事とともに設置するのを手伝いに、世界一高い尖塔へ登りました。


「設置するのには、砂糖の糊が必要不可欠でした」

 と辛さの国の王子様が言いました。

「塩でなければ、鏡は持っている間に消えてしまっていましたよ」

 と水の国の王子様も言いました。

「そもそも、あなた方がスパイスとお水を用意してくださらなければ、こんなに素早くうまくいきませんでしたわ。私は頭が固すぎましたもの」

 ソルト姫が言います。

「そうですわね。そして、それらの協力を溶け合わせたのは、我が国の危機、砂糖の融解なのですわ」

 とシュガー姫も言います。

「今後とも、この国々、支え合っていきましょうぞ」

「なぜ爺やが締めますの」

 こうして、砂糖の国の危機は去り、各国はいつまでも貿易で足りないところを補い合って暮らしていったのでした。

めでたし、めでたし。

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