第3話 暗殺のリハーサル
芹沢敦(32歳)は、派遣切りから一ヶ月が過ぎ、新しい職を探していた。彼の「仕事人」としての活動は、人事部長の大森を家庭崩壊と社内調査の渦に巻き込み、彼の精神をわずかに満たしていたが、生活は待ってくれない。
向かったのは、中堅の物流会社の採用面接だった。
面接官は、岩田という名の、いかにも体育会系上がりの男だった。分厚い首と、威圧的な低い声。岩田は、敦の履歴書を雑にテーブルに置き、開口一番に言い放った。
「キミ、前の会社は派遣でしょ? 事務処理能力はいいみたいだけどさ、ウチは汗水流してナンボの世界なんだよ。キミみたいな**『頭でっかちのインテリ』**は、現場じゃ使い物にならないね」
その言葉は、敦の胸に深く突き刺さった。誠実に生きようとしてきた自分を、世間が嘲笑っているように感じた。
「キミの空白期間も気になるね。サボってたんじゃないの?」
岩田は挑発的に笑う。
敦は、面接の間、必死に平静を装った。しかし、彼の脳内では、まったく別の「面接」が進行していた。
【芹沢敦の脳内劇場:暗殺のリハーサル】
静かな面接室。岩田が彼の履歴書を軽蔑的に扱う瞬間。
敦は、ポケットに忍ばせていた金属製のメジャーを、まるで仕事人の得物のように滑らかに取り出した。
カチリ、カチリ。
メジャーの金属部分が引き出される音は、脳内ではまるで儀式のためのBGMのように響く。敦は立ち上がると、岩田の背後に回った。
岩田はまだ、傲慢な笑みを浮かべたまま、敦の経歴を罵倒し続けている。
「…まぁ、ウチで雇うにしても、キミは…」
シャキン!
敦は、メジャーの鋭い金属のエッジを、岩田の分厚い首筋に、寸分の狂いもなく巻き付けた。
「…代官様、世間の恨みが深うござんす」
敦の声は、脳内では仕事人のように冷たく、低く響く。
ギリッ…!
メジャーの目盛りが、岩田の頚動脈に深く食い込む。岩田の傲慢な顔が、苦悶と驚愕で歪む。手足がもがき、テーブルの上の水が揺れる。しかし、その声は、面接室の外には一切漏れない。
数秒後、岩田の身体は、静かに椅子から崩れ落ちる。
敦は、メジャーを静かに引き戻す。メジャーのメモリには、ターゲットの首周りの長さ、45センチという数字が残されていた。彼の「仕事」は、またも完璧に完了した。
【現実の面接室】
岩田は鼻で笑いながら、現実の言葉を突きつける。
「…と、いうわけだ。キミにはウチのガッツは足りない。ご苦労さん」
敦は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました」
彼の顔は、伊藤淳史に似た、どこか幼く、しかし無表情な微笑を浮かべていた。岩田は、その表情の奥に秘められた、先ほど殺された自分の姿を知る由もなかった。
敦は、面接室を後にした。彼のポケットには、握りしめたままのメジャーが、冷たく納まっていた。
「社会的抹殺だけでは、この世界の悪は根絶やしにできない。いずれ、**『本物の仕事』**が必要になる」
彼の「黒魔術」は、次の段階へ移行する準備を整えつつあった。彼のターゲットリストには、岩田の名が、最優先事項として書き加えられた。
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