2話:この世界はチョロい
この世界はチョロい。そう確信したのは小学生の時だった。
成績優秀でテストはいつも100点、そしてイケメン。
そんな僕に着けられたあだ名は「出木杉くん」だった。
これは某国民的アニメに出てくる成績優秀スポーツ万能のイケメンな少年の名前だ。
まさに僕にぴったりだった。
中学に入ると、僕の成績優秀ぷりに嫉妬した奴らが「出木杉くんってジャイ〇ンよりスポーツができるよな。でもこいつの運動神経はス〇夫程度だろ?」といい始めた。
そいつらは僕のことをがり勉の「
まったくもって不愉快なあだ名だった。
ちなみにだが、僕はス〇夫の運動神経がどの程度なのかは知らない。
誰か知ってる人いるのか?
高校生になれば僕のことを「勉〇さん」と呼んでいた同級生とは会わなくなった。
そう、成績優秀でエリートな僕は私立の進学校に通いだしたのだ。
進学校ではイケメンで勉強のできる男子生徒として、再びチョロい人生を歩み始めた。
この先僕の人生は、老いて死ぬまでずっとチョロいものだと思っていた。
今日、この日までは…。
帰宅した僕は、早々に自室にこもる。そして学生カバンからゲームソフトを取り出した。
ソフトのパッケージには『フラットアース・ファンタジー』と書かれている。
学校にゲームソフトを持って行って怒られないのかって?
違う、このゲームソフトは僕が持って行ったものではなく、先生が持ってきたものを僕が借りたのだ。
成績優秀な僕だが、世界史の授業だけは苦手だった。
過去の偉人など、すでに偉人並みに賢い僕にとってはどうでも良いのだ。
しかし、成績優秀な僕は世界史の成績を落とすわけにはいかない。
そこで僕はある秘策を思いつく。
「先生って授業中よく好きなゲームの話をしてますよね。先生の話を聞いていたら僕も興味を持っちゃって。
もしよければ、おすすめのゲームソフトを借してくれませんか?」
職員室で僕にひそひそ声で話しかけられた世界史の教師は、翌日満面の笑顔でゲームソフトを二つ持ってきた。
やはりチョロいな。
先生が持ってきたのはファンタジーゲームとゾンビゲームだった。
僕は迷わずファンタジーゲームを選んだ。
決してゾンビが怖いからではない。
どちらのゲームにも微塵も興味はないが、ファンタジーゲームの方がプレイ時間が短くて済みそうだからだ。
「ファンタジーゲームの方がプレイ時間はかかるよ。君は勉強も忙しいだろうから、まずはゾンビゲームを貸してあげるよ」
「いえ、ファンタジーゲームを貸してください」
僕は世界史の教師の提案を断ってファンタジーゲームを借りた。
決してゾンビが怖いからではない。
今思い出したが、実は僕はファンタジーゲームが大好きなのだ。
自室でゲームソフトを持った僕は、そのままゲーム機の電源を入れる――――――ことなく、ノートパソコンでYouTubeを開き「フラットアース・ファンタジー 配信動画」で検索する。
ふん。この僕がわざわざ長時間プレイのゲームなどすると思ったのか?
ファンタジーゲームなど、どこぞやの配信者の動画を倍速で見ておけばいい。
おおよその内容はそれで理解ができる。
あとは、数日後に世界史教師に「このゲーム面白かったです」と一言言うだけで良いのだ。
あの教師は授業中にまでゲームの話をしたということは、感想を聞きたいのではなく、自分がゲームの話をしたいだけだ。
であれば、僕は世界史教師が気分良く語れるように相槌をうつだけでいい。
たったそれだけで、教師と仲良くなった僕には好成績が約束される。
「フフフフ! やはりチョロいな、この社会は」
『おすすめは男主人公です。女主人公は力が強いですが、賢さが低いので…』という配信者の解説を聞きながら要点だけメモ帳にまとめる。
世界史の教師の話に相槌を打つにも、最低限の情報は必要だろう。
このフラットアース・ファンタジーというゲームは、俗にいう王道ファンタジーゲームのようだ。
主人公は「世界の崩壊」を食い止めるため、仲間を集めて冒険をすすめる。
仲間は、ナルシストな男、酒飲みの女、几帳面な女、……あとは知らない。
途中から見るのが面倒になって、エンディングまでスキップしてしまったからだ。
エンディングまで動画を飛ばした僕は、椅子の背もたれに深々ともたれる。
「ふん。やはりゲームなんて所詮は子供だましだな」
僕も小さい頃はゲームに夢中になることはあった。けれど、高校生にもなると人生の優先順位が大きく変わる。
娯楽よりも社会的地位を上げるための勉強を優先するのは当然のことだ。
「ゲームなんてくだらない…」
僕はそうつぶやいて、ゲームソフトの箱を手に取りパッケージを見る。
パッケージの中では金髪の女主人と男主人公が背中合わせで楽しそうに笑っている。
女主人公の頭には真っ赤なバラの髪飾りが咲いていた。
僕は目線を上に泳がせて値札を見つけた。そこに書かれた金額をみてギョッとする。
「12,000円(+税)だって!? こんなソフトにいったい誰が1万円も出すんだよ? せいぜい4千円が限界だろ。まったく、下手な商売してるな…」
誰もいない自室で放った独り言だった。当然、誰からの返答もないはずだった。
「大きなお世話ナリ!!」
誰もいないはずの部屋なのに背中越しに返答があった。
その声は昭和アニメでよく聞く少しダミ声な女性声優のようだった。
まったく予想していなかった事態に驚きながら振り向くと、そこには、黄色のキツネをモチーフとした謎の生き物がいた。
僕は思わず尻餅をついて、「う、うわあああああああ!!!」という情けない声を上げながら後ずさる。
その様子をキツネは不機嫌そうな表情で眺めていた。
「下手な商売っていうナリが、僕たちが頑張って頑張って作ったゲームナリよ。それなりの金を払うのは当然ナリ!」
ゲーム? 金? そんな話はどうでも良い。
それよりも、いきなり人の家に侵入してきたこいつの正体を知る方がどう考えても優先だ。
「なんだお前は!? 化け物… いや、着ぐるみか!?」
僕の疑念の叫び声を聞いて、キツネはにこりと笑う。
「自己紹介がまだだったナリね。僕はゲーム会社"大ブレイク・ゲームズ"のマスコットキャラクター、イナリ助ナリ」
僕の家に侵入してきたキツネは、自分はゲーム会社のマスコットキャラクターだと名乗った。
まったく意味が分からない。それに…
「大ブレイク・ゲームズ!? なんだその馬鹿みたいな会社名は。そんな会社聞いたことがないぞ!」
社名に願いを込めようとする気持ちはわかるが、流石に安直すぎるだろ。
僕が聞き馴染みのない社名を指摘すると、イナリ助は無言で僕の持っていたフラットアース・ファンタジーのパッケージを指さす。
パッケージには小さな文字で「大ブレイク・ゲームズ」という社名が書かれていた。
社名の隣にはマスコットキャラクターとして目の前にいるイナリ助がプリントされている。
「ああ…」
そういえば、世界史の教師が「好きだった大ブレイク・ゲームズという会社が倒産してしまったんだ」と嘆いていたのを覚えている。
会社が大ブレイクしたのかよ、と口に出さずにツッコミをいれたのだった。
「このゲームソフトを作ったのは、お前の会社なのか?」
「そうナリ! そのゲームソフトの他にも、ゾンビゲームや色々なゲームを作ったナリ! どれも本当に面白いゲームだったナリ。
…それでも、売れ行きは低迷して最後は会社が倒産したナリよ」
イナリ助は悲しそうな表情でつぶやく。
しかし、語尾のナリが気になって話があまり入ってこない。
コ〇助みたいな語尾をしやがって。
「…それで、その倒産したゲーム会社のマスコットキャラクターが僕に何の用なのさ」
気が付けば、言葉をしゃべるマスコットキャラクターと平気で会話をしている自分がいる。
人間の適応力というものは想像以上に凄いらしい。いや、僕の適応能力が特に優れているのだろうか。
「僕は考えたナリ。僕たちの会社が倒産してしまったのは、ゲームを買わない奴らがいることが原因ナリ。
特にZ世代のプレイ動画だけ見てゲームを買わずに満足する奴らが悪いナリ」
何という暴論なのだろう。
Z世代だってプレイ動画を見て面白そうだと思ったゲームはちゃんと買うはずだ。…僕は買わないけど。
「つまり、お前が悪いナリ!!」
イナリ助はマスコットキャラクターならではの短い指で、ビシッと僕を指さす。
なんともタチの悪い言いがかりだ。
僕は手に持っていた『フラットアース・ファンタジー』のパッケージをトントンと叩く。
「ゲームが売れなかったのは、このゲームがつまらないからだろ。悔しかったらもっとましなゲームを作るんだな」
「君はそのゲームをプレイしていないのに、そんなことを言えるナリか?」
イナリ助は僕を睨む。
イナリ助の言うように、確かに僕はこのゲームをプレイしていない。
少し痛いところを突かれたな。
「決めたナリ。今から君にはこのゲームを存分に味わってもらうナリ。
そして、その身をもって『フラットアース・ファンタジー』の楽しさを知ってもらうナリ」
イナリ助はそう言うと、右手を大きくぐるぐると回しだした。
すると、その辺りの空間が歪み、黒い渦のようなものが空中に湧き上がる。
「この渦の中は『フラットアース・ファンタジー』のゲームの世界ナリよ。今から君はゲームの世界に主人公として転移するナリ。
そして、ゲームクリアをするまでこの世界には帰ってこられないナリよ」
「ふざけるなよ!? なんで僕がそんな目に合わないといけないんだ!?」
僕はイナリ助の身勝手すぎる暴論に口をはさむ。
ゲームの世界に転移だって?
訳が分からないし冗談ではない。
「もし僕がゲームの世界に転移なんてしたら、こっちの世界では僕が行方不明になって大騒ぎになるだろ!」
たとえゲームの世界を一週間でクリアしたとしても、優等生の僕が一週間も行方不明になればきっと世間は大騒ぎになるだろう。
その責任をどうとるつもりなんだ、このキツネは。
しかし、僕の心配とは裏腹にイナリ助は自信満々な様子で胸を張る。
「その点は心配ないナリ」
そう言った直後、イナリ助の体がぐねぐねと変形し人の型に近づく。
そして、形が安定しだすと僕そっくりの見た目になった。
「う、うそだろ…」
「これで、僕が君の代わりに生活するナリ。もし君がゲームの世界で死んでしまったら、その時は、僕が責任をもってこちらの世界での君の人生を最後まで送るナリよ」
僕に変身したイナリ助は、絶対に僕がしないであろう屈託のない笑顔を見せる。
自分の顔で見たことない表情を見るのは何とも奇妙な光景だ。
「さあ、これで君は心置きなくゲームの世界を堪能できるナリね」
「ふざけるなよ、来週は期末テストなんだぞ! お前が僕の代わりにテストを受けるのか!?」
「テスト…? って何ナリか?」
「ふっっっざけるなよ!! 僕は学校では成績優秀な優等生で通ってるんだぞ!!」
しかもイケメンでクールな男子生徒としてクラスの女子から噂されているのだ!
急に暗闇の渦から警告音のような音がビーッ、ビーッと流れる。
続けて機械音声のような声で
『ワーニング:主人公の不在を検知しました』
という音声が流れた。
「ほら、急がないとゲーム世界にバグが発生してしまうナリよ」
暗闇の渦は強い吸引力で僕を吸い込もうとする。けれど、僕は僕に変身したイナリ助に抱き着いて離さない。
この手を離したら最後、明日からはイナリ助が僕の代わりに学校に通うことになる。
そうなれば、僕は勉強のし過ぎで頭のおかしくなった生徒扱いを受けることになるだろう。
それだけは許されない。
僕の尊厳のためにも…。
『エラー:男主人公を検出できないため、代理の女主人公を…』
という無情な機械音声が流れだしたころ、僕の腕力が限界を迎えて、体ごと暗闇の渦にのみ込まれた。
この日、僕は『フラットアース・ファンタジー』の世界に主人公として転移した。
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