ファンタジーゲームの主人公に転移したら、女主人公がすでにいた

瓜売り

1話:主人公の二人旅①

 太陽の紋章が刻まれた右手の甲をかざして、僕は叫ぶ。


「くらえ、必殺魔法 サン・バイオレンス!!」


 その直後、物静かだった昼間の森でひときわ大きな爆発音が鳴り響く。

 僕の放った必殺魔法による爆発だ。


 その威力は絶大で辺りの敵モンスターを一瞬にして蹴散らした。


「フフフフ… 完全勝利だ。やはりチョロいなこのゲーム世界は」


 僕は口角を上げて二ヤリとした表情を浮かべる。

 







 僕はどこにでもいる、ありふれた高校生―――たちの頂点に立つ、進学校に通うエリートだった。


 小学生の頃からテストはいつも100点で、ついたあだ名は『出木杉くん』。

 これは、某国民的アニメに出てくる天才小学生の名前だ。



 そんな、自他ともに認める天才だった僕は今

 ……世界を救うために冒険をしていた。



 世界といっても地球の話ではない。ファンタジーゲーム『フラットアース・ファンタジー』の世界だ。


 僕は数週間前に、このファンタジーゲームの世界に主人公として転移してしまったのだ。


 …とはいえ、正直なところ僕はこのゲーム世界の命運なんて知ったことじゃないし、滅ぶのなら勝手に滅んでくれと思っている。

 けれど、そんな思いとは裏腹に僕はゲーム世界を救わないといけないのだ。

 なぜそんな面倒なことをしなければいけないのか。その理由は単純だ。


 僕はある奴に人質をとられて脅されているのだ。



 人質を助けたければゲームクリアをしろ――――つまり、ラスボスを倒してこの世界を救えと。



 人質に取られたのは、僕にとって最も大切で、何物にも代えがたい存在だった。

 家族や親友よりも大切なもの。



 ――――そう、人質というのは僕自身だった。



 僕は、これまでの人生で積み上げた尊厳とプライド、そして学歴を守るために、ゲームクリアを目指している。









 僕はモンスターを蹴散らした後の焼け野原を眺めた。

 つい先ほどまで地面に生い茂っていた草花は、必殺魔法により跡形もなく消し炭と化していた。


 必殺魔法は太陽の光を一時間ほどチャージしないと撃てないのだが、その分威力は凄まじい。

 この魔法は『フラットアース・ファンタジー』の主人公が持つ特殊能力の一つだ。



「天才的な知能を持つ僕がゲーム主人公の能力まで手に入れたんだ。モンスターなんて相手じゃないな」


 僕はにやけ顔のまま思わず独り言を口走る。




 そんな僕の独り言が聞こえていたのだろうか、僕の後ろで一部始終を見ていた金髪少女のカルムは呆れ顔をしていた。


 カルムは僕と同じで高校生くらいの年齢の少女だ。

 ただ、派手な金髪や整った顔つきはファンタジー世界の住民そのものだった。


 カルムは僕のにやけ顔に対して「悪人みたいだね」と言いたげな表情をしている。


「デキスギくん。まるで悪人みたいだね、お似合いだけど」


 あ、声に出しやがった! 

 しかも余計な一言を添えてだ。



 ちなみにだが、「デキスギ」というのは僕のゲーム世界でのプレイヤー名だ。


 もちろん、自分でつけた名前ではない。



 カルムは星の光を思わせるほど眩い金髪ショートヘアを、横に流れる髪ごとをさらりと撫でた。


 カルムのきらびやかな金髪の上には、自己主張の強い真っ赤なバラの髪飾りが咲いている。

 金髪×赤バラの組み合わせは見ていると目がチカチカとする。


 …はっきりいって似合っていない。




 僕は訳があって、このカルムという少女と二人で冒険をしていた。


 訳というのは、その、まあ、なんだ。端的に言えば、二人揃って自分のパーティからはぐれたのだ。





 僕は焼け野原に視線を戻すと、一匹のトカゲのモンスターと目が合った。

 どうやら先ほどのモンスターたちの生き残りのようだ。


「…しかも、完全勝利って言いながら倒しそびれてるし。格好悪いよデキスギくん」


 僕の隣でカルムがクスクスと笑う。


「僕を笑うなッ! これも、その、計画通りなんだよ!」




 僕が計画という名の言い訳を考えていると、トカゲのモンスターは肺を大きく膨らませた。


 確かこのモンスターは火の玉を吐いて攻撃をしてくるのだ。

 このモンスターが狙っているのは僕だろう。なにせこのモンスターの仲間を吹き飛ばしたのは僕なのだから。


 僕は祈るように両手を組む。

 そしてこう願う。




「………夜になれ」




 すると、つい先ほどまで眩しい日ざしを浴びていた森は、一瞬にして夜の暗闇に包まれる。

 そして、少し遅れて満点の星空が姿を現した。


 星の光が遅れて姿を現したように見えるのは、昼のまぶしさに慣れた目が夜の暗闇に順応するのに時間がかかるからだ。



 一瞬にして昼と夜を入れ替える能力。



 これも、このゲームの世界において主人公にのみ許された特殊能力―――つまりは唯一無二な能力なのだ。


 もう一度言おう。この能力は主人公しか使えない唯一無二の能力。

 そして、この能力を使えるのは主人公に転移した僕! …………とカルムも使えるのだ。




 次の瞬間、トカゲのモンスターが僕に向かって火の玉を放った。


 僕はこんどは左手を前にかざす。左手の甲には星の紋章が刻まれている。


「防御魔法 ヴィーナス・ウォール!!」


 そう叫ぶと、目の前に光の壁が浮かび上がる。


 トカゲのモンスターが吐いた火の玉は光の壁にぶつかると、蝋燭の火のようにフッと消えた。


「やっぱり防御魔法も便利だな」


 このゲームの主人公は夜空の星の力を借りることで、防御や回復などの様々な補助魔法が使えるのだ。



 昼は攻撃特化、夜は補助特化になるのがこのゲームの主人公の特性だ。

 そして、その魔法を最大限に利用するために、主人公は昼と夜を入れ替える能力をもっている。


 ここがゲーム世界であっても、こんな特別な能力を扱えるのは主人公しかいない。


 そう、主人公である僕! …………とカルムも使えてしまうのだ。






 カルムがジト目で睨んでくる。


「ねえ、勝手に夜に変えないでよ。わたしまだ必殺魔法を撃ってないんだけど」


 一度夜になると太陽光のチャージはリセットされる。

 そのため、今から昼に変えても次に必殺魔法を撃てるのは一時間後だ。それに…


「そもそも、昼と夜の切り替えは連続でできないんだから、先に相談くらいしてよね」


 カルムは不満げに頬を膨らませる。



 カルムの言う通り、一度昼と夜を切り替えると、次に切り替えるにはある程度時間を空けないといけない。


 昼と夜を切り替える能力は、本来は主人公が一人で制御するものだ。そのため、誰かに相談をする必要はない。


 けれど、もしも同じ能力をもつ主人公が二人いるのなら話は別だ。

 その場合は二人の主人公で相談をしなければいけなくなる。





 …………いや、違うな。


「お前より僕の方が頭がいいんだから、この能力は僕の独断で使うべきだろ?」


 よく考えれば、賢い僕がバカなカルムに相談をする必要などない。

 我ながらなんと完璧な理論だ。


 僕の意見を聞いたカルムは、ため息交じりでトカゲのモンスターを指さす。


「じゃあ、頭のいいデキスギくんはこのモンスターの退治もできるんだよね?」


 夜になった今、僕もカルムも必殺魔法は使えない。

 僕たちに残された攻撃手段は主人公が装備している短剣だけだ。



 僕はわざとらしく首をかしげる。


「何を言ってるんだ? 肉体戦闘は脳筋バカのお前の出番じゃないか」


「だ、誰が脳筋バカよ!」


「誰がって、お前がだよ…」


 僕はカルムの今までの所業を思い返していた。


 ………本当、よく「誰が脳筋バカよ」なんて言えたな、この脳筋バカは。


 けれど、当の脳筋バカは自分を客観的に見られていないらしい。


「デキスギくんだって、わたしをバカにできるほど頭は良くないでしょ?」


 カルムは自分の頭の悪さを棚に上げ、あろうことか僕のことをバカ扱いし始めた。


 まったくなんて見当違いな反論なのだろう。


 偏差値60越えの僕はファンタジー世界の脳みそファンタジーなこの女より100倍は頭がいいのだ。


「僕の頭が良くないだって? いったい何を根拠にそんなバカなこと…」


「だってデキスギくん、女湯を覗こうとして失敗したらしいじゃん」


「なッ…!!」


 …んでそのことを知っているんだ!?

 まさか噂になっているのか?


 予想外の角度から攻撃されてたじろぐ僕を見て、カルムはしたり顔でフッと笑った。







 トカゲのモンスターをなんとか退治した僕たちは森の先へ進んでいた。


 カルムは僕の前をタッタッタと元気よく駆け出し、随分前に進んでから振り返った。


「なにやってるの? 置いていくよ?」


 面倒くさいなと思いながらも、僕はカルムを追いかける。


 これは仕方がないのだ。今ここでカルムの後を追わずに別行動をとっても、どうせ僕たちはどこかで出会うことになる。

 例え、カルムを東に蹴り飛ばして全力で西に走っても、カルムをロケットに括り付けて打ち上げてから僕が地下を掘り進んでも、必ず僕はカルムと再会するのだ。



 僕は夜空を見上げた。


 森の木々の隙間から微かにしか見えないが、それでも星の光が不気味なほど輝いていて圧倒される。


 元いた世界では見たことないほど広大な景色だ。



 これは、『フラットアース・ファンタジー』の主人公に転移した僕が、このゲーム世界をクリアするまでの物語だ。


 

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