人が物語を読む理由

もも

再会

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「本日からお世話になります!深見天使ふかみてんしです!」


挨拶した瞬間、名札を見てざわつかれるのは、もう慣れっこです。

“天使”なんて名前、珍しいに決まってますからね。


初めて会った人の視線は、いつも二種類あって。おもしろがる目と、かわいそうだと言いたげな目。


そのどちらが向けられるかで、私はきっと無意識に人に壁をつくってる。

だから、目の前の女性がただ素直に「へえ」と驚くだけなのが――

ちょっとだけ、救いだった。


「てんしって、本当に“天使”って書くんだね」


名札を食い入るように見るのは、本日から私の教育担当となった朝倉薫あさくらかおる。私の6つ歳上の先輩。

すらりとしたモデル体型なのに、髪は大雑把にまとめられ、メイクはきっとほぼしていない。メガネが輪郭を整えている先輩は、“綺麗”の一言が似合うような人だ。


何より、コミュ力が高いのか。既に私のことを「天使ちゃん!」と呼んでいる。


「分からないことがあったら何でも聞いてね。あ、家事のこと以外で」


「分かりました!え、家事……?」


「苦手なのよ、家事。逆にそれ以外なら何でも出来るんだけどね」


「そうなんですね」


私の微かな笑顔を気にする素振りもなく、朝倉先輩が話を続けている。


「あ、そうだ。これが天使ちゃんの白衣ね」


おろしたての白衣を両手で受け取る。

透明の袋から出すと、真っ白な布地が光を弾いて見えた。


白衣だ……本物だ。


ゆっくり袖を通すと、新品の匂いと、まだ着慣れてないせいで、少しだけ硬い生地の感じが伝わってきた。

もう一度、白衣に目を落としていると、ふつふつと何かの感情が浮き上がってるくるのを感じた。


"嬉しい"だ。


「天使ちゃん、“うち”に来るのは初めてだよね」


“うち”とは、今日から働くやすらぎクリニックのこと。

私はここで、今日からカウンセラーとして働く。


「はい。系列の東郷病院では研修しましたが、こちらは初めてです」


「じゃあ案内するね。やり方は似てるけど、うち独自の部分もあるから」


先輩の後ろを歩きながら、院内を見て回ると、初めに見えたのは受付と、その前に並ぶ長椅子の置かれた待合室。そして、その先を少し行くとあるのが、診察室。


この診察室で、先ず精神科医が診察し、必要がある時にカウンセラーの出番になる。

私達は、必要があると判断した場合のみ、患者のカウンセリングを行う。


だから、精神科医とカウンセラーは密に連携する必要があって。そこにはもちろん、コミュニケーションが大事になってるんですけど。


「うちの医師は二人。中島先生と、高野先生。どっちも、、うん。優しいよ」


「高野って……」


それは、私には聞き覚えのある名前でした。


「もしかして、高野葵先生ですか?」


「そうだけど…知ってるの?」


「知ってる、といいますか……」


“高野葵先生”。

それは私の恩人であり、憧れであり、人生を変えてくれた人。


私は高野先生に救われ、先生に憧れて、この道を選んだ。


いつかまた会えたら――


もし、また会えることがあったなら、私が先生に憧れたことを話そう。そう思った幾年があって、私は今ここにいる。


でもまさか。初めての仕事場に、高野先生がいるなんて……


私は少しの懐かしさと、期待に胸を踊らせた。


また、先生に会えるんですね───


「天使ちゃん、一つだけ言っとくね」


「はい?」


「高野先生に何言われても、気にしちゃダメだから」


「……え?」


「とにかく、あれは“ああいう”やつなの。“あれ”の言葉は半分で聞きなさい。分かった?」


どういう意味なのだろう。

高野先生は、すごく優しくて、患者の話を誰よりも丁寧に聞いてくれる人だったはずなのに――


優しいはず、だったのに。


* * * * *


「た、高野先生!本日からお世話になります。深見天使です!あの、先生、私のこと覚えていらっしゃいますか?7年前私は──」


「悪いけど。仕事以外の話するなら出ていって」


「……え」


「そこ。邪魔」


「す、すみません……」


あまりの衝撃に、空いた口が塞がらないとはこのことだ。


高野先生……?


想像していた言葉は、想像していた人からは一つも降ってこなくて。代わりに、冷たい視線と、冷たい言葉がそこにはあった。


先生今、本気で「邪魔」って言いました、よね。


「高野先生、新人ちゃんなんですから。ちゃんと可愛がってくださいよ?」


「なんで俺が」


おまけに

診察机に足まで乗せて、ふんぞり返って…

カルテすら雑に扱ってる姿は、やっぱり本当に高野先生なのかが疑われる。


「……高野、先生?」


本当に“あの”高野葵先生ですか?


「はぁ。なんでこんな時期に新人なんだ」


だって私の知ってる先生は、こんな怠そうに、そんな事を言うような人じゃなかったはずで。

何かの冗談とか、ドッキリ?だったり、します?


「おい、新人。お茶」


「ぇ、私?」


「新人だろ。お茶くらい持ってこい」


「……か、しこまりました!!」


駄目だこの人──


もう言わせてください。


最悪すぎます、!

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