人が物語を読む理由
もも
再会
.
「本日からお世話になります!
挨拶した瞬間、名札を見てざわつかれるのは、もう慣れっこです。
“天使”なんて名前、珍しいに決まってますからね。
初めて会った人の視線は、いつも二種類あって。おもしろがる目と、かわいそうだと言いたげな目。
そのどちらが向けられるかで、私はきっと無意識に人に壁をつくってる。
だから、目の前の女性がただ素直に「へえ」と驚くだけなのが――
ちょっとだけ、救いだった。
「てんしって、本当に“天使”って書くんだね」
名札を食い入るように見るのは、本日から私の教育担当となった
すらりとしたモデル体型なのに、髪は大雑把にまとめられ、メイクはきっとほぼしていない。メガネが輪郭を整えている先輩は、“綺麗”の一言が似合うような人だ。
何より、コミュ力が高いのか。既に私のことを「天使ちゃん!」と呼んでいる。
「分からないことがあったら何でも聞いてね。あ、家事のこと以外で」
「分かりました!え、家事……?」
「苦手なのよ、家事。逆にそれ以外なら何でも出来るんだけどね」
「そうなんですね」
私の微かな笑顔を気にする素振りもなく、朝倉先輩が話を続けている。
「あ、そうだ。これが天使ちゃんの白衣ね」
おろしたての白衣を両手で受け取る。
透明の袋から出すと、真っ白な布地が光を弾いて見えた。
白衣だ……本物だ。
ゆっくり袖を通すと、新品の匂いと、まだ着慣れてないせいで、少しだけ硬い生地の感じが伝わってきた。
もう一度、白衣に目を落としていると、ふつふつと何かの感情が浮き上がってるくるのを感じた。
"嬉しい"だ。
「天使ちゃん、“うち”に来るのは初めてだよね」
“うち”とは、今日から働くやすらぎクリニックのこと。
私はここで、今日からカウンセラーとして働く。
「はい。系列の東郷病院では研修しましたが、こちらは初めてです」
「じゃあ案内するね。やり方は似てるけど、うち独自の部分もあるから」
先輩の後ろを歩きながら、院内を見て回ると、初めに見えたのは受付と、その前に並ぶ長椅子の置かれた待合室。そして、その先を少し行くとあるのが、診察室。
この診察室で、先ず精神科医が診察し、必要がある時にカウンセラーの出番になる。
私達は、必要があると判断した場合のみ、患者のカウンセリングを行う。
だから、精神科医とカウンセラーは密に連携する必要があって。そこにはもちろん、コミュニケーションが大事になってるんですけど。
「うちの医師は二人。中島先生と、高野先生。どっちも、、うん。優しいよ」
「高野って……」
それは、私には聞き覚えのある名前でした。
「もしかして、高野葵先生ですか?」
「そうだけど…知ってるの?」
「知ってる、といいますか……」
“高野葵先生”。
それは私の恩人であり、憧れであり、人生を変えてくれた人。
私は高野先生に救われ、先生に憧れて、この道を選んだ。
いつかまた会えたら――
もし、また会えることがあったなら、私が先生に憧れたことを話そう。そう思った幾年があって、私は今ここにいる。
でもまさか。初めての仕事場に、高野先生がいるなんて……
私は少しの懐かしさと、期待に胸を踊らせた。
また、先生に会えるんですね───
「天使ちゃん、一つだけ言っとくね」
「はい?」
「高野先生に何言われても、気にしちゃダメだから」
「……え?」
「とにかく、あれは“ああいう”やつなの。“あれ”の言葉は半分で聞きなさい。分かった?」
どういう意味なのだろう。
高野先生は、すごく優しくて、患者の話を誰よりも丁寧に聞いてくれる人だったはずなのに――
優しいはず、だったのに。
* * * * *
「た、高野先生!本日からお世話になります。深見天使です!あの、先生、私のこと覚えていらっしゃいますか?7年前私は──」
「悪いけど。仕事以外の話するなら出ていって」
「……え」
「そこ。邪魔」
「す、すみません……」
あまりの衝撃に、空いた口が塞がらないとはこのことだ。
高野先生……?
想像していた言葉は、想像していた人からは一つも降ってこなくて。代わりに、冷たい視線と、冷たい言葉がそこにはあった。
先生今、本気で「邪魔」って言いました、よね。
「高野先生、新人ちゃんなんですから。ちゃんと可愛がってくださいよ?」
「なんで俺が」
おまけに
診察机に足まで乗せて、ふんぞり返って…
カルテすら雑に扱ってる姿は、やっぱり本当に高野先生なのかが疑われる。
「……高野、先生?」
本当に“あの”高野葵先生ですか?
「はぁ。なんでこんな時期に新人なんだ」
だって私の知ってる先生は、こんな怠そうに、そんな事を言うような人じゃなかったはずで。
何かの冗談とか、ドッキリ?だったり、します?
「おい、新人。お茶」
「ぇ、私?」
「新人だろ。お茶くらい持ってこい」
「……か、しこまりました!!」
駄目だこの人──
もう言わせてください。
最悪すぎます、!
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