第2話 悪魔の囁きに負けた

——ヴーーー……ヴーーー……ヴーーー……


時刻は6:45。アラームをセットしておいたスマホが枕元で震える。アラームを止めて、眠たい目をこすりながら、むくっと体を起こす。反対の壁際に置かれたベッドでは、希良梨ちゃんがまだ寝息を立てている。彼女は、朝が物凄く弱いそうで、9時前には始まる1限の授業を絶対に取りたがらない。対して、私は後々学年が上がってからのことを考えて、低学年(?)の今は1限から授業を詰め込んでいるので、必然、彼女よりもだいぶ早く起きることになる。


しばしボーッとしてから、一つ大きく伸びをする。体の諸器官が活動を開始し、目も覚めて視界がクリアになる。そのクリアになった視界に、こちらを向いて眠っている希良梨ちゃんの姿をとらえる。


——寝顔まで可愛いなんて、本当にズルい……


そして、その刹那、私の視線は、希良梨ちゃんの下腹部に吸い寄せられた。体に掛かっていたはずの毛布が剥がれ、寝巻きのシャツの裾が大きくめくれ上がり、おへそが露になっている。まだ5月だというのに、昨夜はずいぶんと暑かったから、寝苦しかったのだろう。私の目は彼女のおへそに釘付けになった。


何を隠そう、私は重度の“へそフェチ”なのである。


“へそフェチ”……すなわち、おへそに対して性的魅力を感じてしまう気質のこと、あるいはとにかくおへそが大好きで仕方がない気質のこと、またそうした気質を持つ人のこと。


私の場合は、自分と同じ女性のおへそが好きだ。コンビニに入れば、男性向け雑誌のコーナーを横目で見ながらゆっくりと通り抜けるし、SNSを開けば、おしゃれの勉強という名目で、ファッションモデルのへそ出しコーデだったり、レイヤーのへそ出しコスだったり、アイドルの水着姿だったりを物色している。体育前後の着替えの時間には、クラスの女子たちのおへそを随分と盗み見させてもらったし、その機会が減ってからは、キャンパスや街中でへそチラ、あるいはへそ出しコーデの女性を探してしまっているほどである。


ところで、私は夏という季節が嫌いだ。虫が増えるし、暑いというだけで体力を消耗するし、陽キャがフェスだの何だのとザワついているし……そんな夏にもただ一つだけいいところがあるとすれば、おへそを出して歩いている女性が増えるということ。それがあるから、嫌いな夏を越えるモチベーションを維持できるのだ。


——ごちそうさま……


彼女のへそチラを前に、心の中でそう呟く。普段、誰かのおへそを目撃した時であれば、それでおしまい、なのだが……なぜか私は、彼女のおへそから全く目が離せなかった。顔が、体が、熱を帯び、いつになく胸が高鳴っていた。


悪魔の囁きが聞こえる……


『今なら間近で好きなだけ見られるぞよ?』


天使の窘める声が聞こえる……


『お相手の意思も確かめず、左様なことをしてはなりません!』


……間近で、見てみたい。でも、希良梨ちゃんだって、自分のおへそを他人にまじまじと見られるのは嫌かもしれない。


……………………しかし、負けた。


悪魔の囁きに負けてしまった私は、ゆっくりと自分のベッドから下りて、視線の先にあるおへそに吸い込まれるが如く、一直線に彼女の眠るベッドへと向かった。そして、ベッドの前まで来ると、跪き、彼女の下腹部に顔を寄せる。


——どうかまだ目覚めないで……寝返りを打たないで……


そう祈りながら、彼女のおへそを、窪みの奥が貫通しそうなほどに、じっと見つめた。


一般的な女性に比べて、若干位置取りが高く、サイズは小さめ。上辺の皮膚が気持ち分厚くなっており、逆三角形の影を落としている。このため、遠くからは底が深く見えていたが、間近で見ると、左右の肉が中央に向かって少しぷっくりと盛り上がっていて、それらによってT字に近い溝が刻まれている。それを取り囲む下腹部は、程よく健康的な肉付きで、いかにも女性らしい——と言ってしまうと、昨今では何かと問題になりそうなものだが——丸みを帯びており、見た目にもみずみずしく、触れたらぷにっとしていそうで、妖艶でありつつ、また可愛らしくもある。


周囲のものがすべてぼやけて溶け合って混沌としてしまうほどに、その一点だけをじっと見つめていると、胸の鼓動はますます激しくなり、呼吸が乱れ、次第に下腹部までもが熱くなってきた。私は、罪深いと分かっていながら、その場で自らを慰め始めた。眠っている彼女を起こしてしまわないよう、声を押し殺して……


高校時代、体育の前後などに同じ空間で着替えたり、修学旅行で裸の付き合いをしたりと、彼女のおへそを目の当たりにする機会は幾度もあったはずで、今こうして対面していること自体、特段珍しいことではないはずなのに……それなのに、なぜだろう? なぜこんなにも、彼女のおへそに惹かれるのだろう? 長らく目の当たりにしていなかったから? 今この空間には私と彼女しかいないという、ある種の特別な状況に置かれているから? それとも……


——希良梨ちゃんがおへそを出して寝ているのが悪いんですよ……希良梨ちゃんのおへそがえっちなのが悪いんですよ……


心の中で彼女を窘め、自らを正当化し、なおもその視線で眼前に眠る彼女を犯し、自らを慰め続ける。その背徳感が、私をさらに昂らせる……


「……♡…………♡♡♡」


必死に声を押し殺して、絶頂を迎える。力無くベッドにもたれて、呼吸に合わせて上下する彼女のおへそを見つめながら、しばし私は、余韻に浸り続けた。


そうしていると、突然、彼女の体がもぞもぞと動き出した。私は、彼女が起きてしまったと思い、「えっ!?」と息を呑んで、少し後ろに飛び退いた。


…………なんだ……寝返りか……


彼女が目を覚ましたわけではなかったことにほっとする。しかし、彼女の無垢な寝姿を見ているうちに、先ほどまで自分のしていたことが恥ずかしくなり、一刻も早く彼女の元を去りたいと思い、大慌てで出かける準備をして、部屋を後にした。


この日、私は、希良梨ちゃんのおへそに、心を奪われてしまったのである。

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