ね~ぶるおれんじ
梅星トマト
1章 それぞれの秘め事
第1話 私のルームメイト
臍島美聡(ほそじま・みさと)。19歳、大学2年。人文学部所属。
才色兼備……かどうかは分からないけれど、それなりの知恵と教養は持ち合わせているつもりだし、顔立ちに関してもそこそこのものを両親から受け継いだとは思っている。すべすべの白い肌や長く伸ばした黒い髪は毎日手入れを欠かさないし、スタイル維持のため、キャンパスの外周を毎日歩いたり、建物の上下移動には必ず階段を使ったりと小さな努力を惜しまない。
口数は少なく、学者気質の父の影響もあり、幼い頃から本の虫。周りの人間は私のことを、ミステリアス・クールビューティー、高嶺の花、孤高のアイドル、などと評するが、要するに、他人の視界に入ってしまった際に不快な思いをさせない程度には身綺麗にしているだけの、無口で何を考えているか分からない、ただのぼっちである。
口下手で人見知りが激しく、友達と呼べる人間はゼロと言ってもいい。先にも述べた通り、それなりの知恵と教養はあるので、話題には事欠かないように見えるかもしれないが、言ってみれば、インプットはいくらでもあるのに、それらをうまくアウトプットし、相手と言葉のキャッチボールをするだけのコミュニケーション能力が私にはないのだ。
私の対人スキルなどその程度のものなので、当然、恋愛経験などというものも極めて乏しい。男子から言い寄られたことがないわけでもないが、どちらかというと、年下の女子から好かれることの方が多いような気がする。ただし、いずれの場合も交際にまで発展した例はない。
そんな私だが、この歳にして、ようやくまともに話せる相手というのができた。この春、私の住む学生寮の居室にやってきた、新しいルームメイトである。
「だぁーーーーー! 入学して一ヶ月でいきなりDVD見て1000文字でレポート書きなさいって、何書けばいいのか分かんないよぉ! 感想文と何が違うのさぁ!?」
私の隣で課題とにらめっこしながらごねているのが、そのルームメイト。彼女の名は、光宗希良梨(みつむね・きらり)ちゃん。同い年の1年生、つまり、一浪組だ。「きらり」という名前の通り、すごくキラキラした雰囲気で、はじける笑顔が実に眩しい、「ザ・陽キャ」といった感じの子である。顔立ちはトップアイドル級に可愛くて、ふんわりボブがよく似合う。小柄でありつつもグラマーな体型で、無論、男子からの人気は絶大だ。
「感想文は、自分の思ったことを、場面引用などをしながら、素直に書けばいいものですが、レポートや論文は、思ったことを書く点では同じでも、誰が見ても納得できる理由付け、つまり、客観的な根拠が必要になるんです」
「そんなこと言われてもさぁ……『この映画は面白くなかったです。戦争はいけないことだと思います!』くらいしか思いつかないよぉ……」
「文化論のレポートですからね……その映画のような文化的産物にいかなる人類の諸問題が描き出されているのか、そういった視点で議論すべきです」
「ううぅ~……何言ってるか分かんないことだけは分かる……ていうか、何で美聡ちゃんは何書けばいいかそんなにぱっと分かっちゃうの?」
「去年、同じ講義を受けてましたから。その映画のレポートも書きましたよ」
「……マジ!?」
「はい、マジです」
「その時のレポート送っ——」
「ダメです」
「なんでー!?」
「コピペでもされたら大変なことになりますから。最悪、二人揃って退学なんてこともあり得ます」
「え!? そ、それは困る……」
「まあ、お見せするだけしますから、構成くらいなら参考にしてもらっていいですよ」
「ありがとう! それだけでもめっちゃありがたいよー!」
まあ、希良梨ちゃんはこの通り、お勉強に関しては少々残念な感じである……なぜ、わざわざ国大を受けたのだろう? 一浪してでも合格しただけ大したものだとは思うが、せっかく合格しても、その後の講義や演習についていけなければ仕方がないだろうに……
私は自分のノートPCで、一年前に書いたレポートのファイルを開く。すると、希良梨ちゃんはぬっと顔を寄せてきて、レポートが映し出された画面を覗き込んだ。
——おお! トップアイドル級のご尊顔が真横に……やはり、可愛い! ありがたや、ありがたや……
「『オチに垣間見える戦の正当化』……え!? 何!? この映画、戦争が正しいって言ってるの!?」
レポートのタイトルを見て、驚く彼女。
「そういう解釈もできる、という話です……」
「何で!?」
「そう、そこです。その『何で』自分がそう思ったのかを、読み手が納得できるように論じること、それこそがレポートや論文でなすべきことなんです」
二人で顔を見合わせて、私がレポートの何たるかを彼女に教示した。
「なるほど! 分からん!…………はっ!」
希良梨ちゃんはそう言って、満面の笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間、顔を真っ赤に染めて飛び退いて、背を向けてしまった。
「希良梨ちゃん? どうしたんですか?」
「あああ……えーっと……は、歯磨き、してなかったなーって……至近距離だと、お口の臭いとか、ね……」
「ん? 別に気になりませんでしたよ?」
「そ、そう? なら、いいんだけど……」
——なぜ、そんなに動揺しているのか? 変な希良梨ちゃんだ……
ちなみに、希良梨ちゃんとは高校の時からの知り合いなのだが、実際、こうしてルームメイトになるまで、ほとんど話したことはなかった。三年間同じ教室で過ごしたにも関わらず、だ。彼女のようなザ・陽キャと、私のようなザ・ぼっちでは、住む世界が違っていて、私のような人間は彼女の関心事には一切入っていないとばかり思っていたから、彼女が入寮してきたその日に、「美聡ちゃん」と、私のファーストネームを呼んでくれた時は、驚きのあまり卒倒しかけた。私に関する記憶なぞに脳の容量を割いてくれなくともよかったのに……
ルームメイトと言っても、私と彼女では、授業の時間割も、所属するサークルも、働いているバイト先も違うので、生活リズムはお互い一致していない。私が部屋を出る頃には彼女はまだ寝ているし、彼女が帰ってくる頃には私はもう寝てしまっている、という日の方が多い。バイトや何かで私の方が帰りが遅い時は、彼女はだいたい起きていて、夜更けまで彼女のおしゃべりや課題に付き合ったりもする。そう、ちょうど今みたいに……
「よ、よーし! 締め切り来週だけど、せっかく美聡先輩に教えてもらったことだし、今夜中に頑張って書いちゃおうっと!」
そう言って張り切る彼女の笑顔はやはり眩しくて、何に代えても守りたい、そう思わせるだけの魅力があるように思えた。
こうして彼女の慣れないレポート課題に付き合った翌朝のこと、私の心を大きく揺さぶる事件が起きた。それは、彼女がルームメイトになってから一ヶ月と少しが過ぎた、5月の半ばあたりのことだった……
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