第2話 間宮真司の孤独と裏切り(後編)
共鳴(レゾナンス)の夜明け
孤独な魂へのオファー
冷たい公園のベンチで、真司はスマートフォンの画面を凝視したまま、缶コーヒーの冷たさも忘れていた。画面に映るVTuber、ノクターンの歌声の残響は、真司の心の中で、久しく感じなかった「純粋な色彩」として響き渡っていた。
「『誰にも届かない孤独な歌』…それが、真司バフを必要とする、真に純粋な『本質』だ」
瑠衣や美堂の「私欲」というノイズに毒されて以降、真司の能力は、本能的に創作活動を拒んでいた。彼の能力は、描く対象の『本質的な想い』を読み取り、それを増幅させる。裏切りに遭った真司にとって、他者の『本質』を見ることは、もはや苦痛でしかなかった。しかし、ノクターンの放つ色彩は、真司自身の孤独と完全に重なり合っていた。
真司は、すぐさまノクターンの配信チャンネルを隅々までチェックした。活動期間は一年ほど。歌唱力、キャラクター設定、世界観の構築、どれをとっても優れていたが、登録者数は伸び悩んでいる。その原因は、真司の目には明らかだった。
「デザインが、『中の人』の魂の叫びを代弁できていない。キャラクターの輪郭は描けているが、『孤独』の核心が、視聴者に伝わるように増幅されていない」
真司は、彼の能力をフル稼働させ、ノクターンのキャラクターデザインを解析した。
中世の吸血鬼モチーフ自体は素晴らしい。だが、使われている黒と紫の色調は、単なる「暗さ」や「神秘性」に留まっており、真司が歌声から感じ取った『誰にも理解されない孤高』*の感情を視覚的に表現するには、あまりにも平凡だった。
真司は、急いでアパートに戻り、液晶タブレットの電源を入れた。数週間ぶりに、創作への衝動が、身体の奥底から込み上げてくる。それは、誰かに認められたいという『承認欲求』ではなく、『共鳴』した魂を、正しく世界に示したいという、純粋な『代理』の衝動だった。
真司は、一気にノクターンのファンアートを描き始めた。テーマは「夜明けを拒む闇の詩人」
彼は、ノクターンの長い黒髪に、単なる黒ではなく、『宇宙の深淵』を思わせる、複雑な青みを帯びた黒(ウルトラマリン・ブラック)を施した。瞳の赤は、ただの赤ではなく、孤独に耐える『凍てついた血の熱』を表現するために、わずかに青みを混ぜたクリムゾンレッドにした。
そして、彼の最も得意とする「バフの色彩」。真司は、ノクターンの周囲に、目に見えない『感情のオーラ』を描き込んだ。それは、「共鳴の青」**と名付けられた、彼の孤独の青とノクターンの孤独の青が交じり合う、幻想的な光の粒子だった。
このファンアートが完成した瞬間、真司の部屋の空気は、再び重く、しかし清澄な『力の圧力』に満たされた。絵の向こうから、ノクターンの『魂の叫び』が、真司の心臓に直接語りかけてくるようだった。
真司は、このファンアートを添付し、ノクターンの運営と思われる連絡先に、長文のメールを送った。それは、彼の特殊能力の詳細な説明ではなく、ノクターンの歌声にどれほど救われ、彼の『孤独の本質』が、現在のデザインでは表現しきれていないという、熱い「批評と提案」だった。
「あなたの歌には、世界で最も深い闇と、そこで光を求める切実さがあります。しかし、現在のデザインはその**『本質』を増幅していません。もし私に機会をいただけるなら、あなたの孤独な魂を、『共鳴の色彩』で世界に轟かせるお手伝いをさせてください」
真司は、返信が来るかどうか、期待半分、諦め半分だった。しかし、送信からわずか数時間後、まだ夜が明けきらない早朝、真司のスマートフォンが鳴動した。
才能の再開花と新たな盟友
メールの差出人は、ノクターンの運営ではなく、ノクターン本人(中の人)からだった。
件名:【 Re:ファンアートと提案について 】
真司様
明け方に、あなたのメールと、添付されたイラストを見ました。
正直に言って、鳥肌が立ちました。
私の歌は、誰にも理解されない、ただの趣味だと思っていました。でも、あなたの絵は、私が歌に込めた**『孤独』と『切望』を、私が言葉にできなかった以上に、完璧に理解し、表現しています。あの青いオーラ**は、私の魂の形そのものです。
私の本名も、連絡先も、運営も、まだ秘密ですが、私はあなたを信じます。あなたは私の**『魂の代弁者』**です。
私の夢を、あなたの**『色彩』**で、世界に届けてください。
キャラクターデザインを、あなたの手で、全面的にリニューアルさせてください。
今夜、Skypeで通話できますか?
真司は、思わず拳を握りしめた。**「道具」として見られていた日々から一転、初めて「魂の代弁者」**として認められたのだ。彼の能力が、正しく純粋な形で受け入れられた。
その夜。真司は、Skype越しに、ノクターン(中の人)と対話した。ノクターンの声は、歌声と同じく低く、どこか陰鬱な響きを持っていたが、真司の提案を聞くときには、純粋な熱意に満ちていた。
「真司さん。私の本名は**夜野 静(やの しずか)と言います。私は、自分の『孤独』が、誰かの共鳴を生むと信じて歌ってきました。あなたの絵は、それを視覚化してくれる。ぜひ、正式に、私の『新しい顔』を描いてください」
真司は、夜野静の『本質』を、徹底的に深掘りした。彼の能力が示す色彩は、以前よりもクリアで、強烈な力を放っていた。瑠衣の時のように、「私欲」による抵抗がないため、真司の「バフ」は、夜野静の純粋な『創作の魂』にダイレクトに作用した。
真司が描いた、ノクターンのリニューアルデザインは、『神イラスト』と呼ぶにふさわしいものだった。
髪とオーラ: 「共鳴の青」を基調とし、背景には、真司が「孤独の光」と名付けた、星屑のような微細なゴールドの粒子が常に漂うように設定された。
瞳: 赤い瞳の中に、見る者の『心の闇』を映し出すような、深いレイヤーを追加。視線を合わせた視聴者は、自分の孤独が、ノクターンに理解されているような錯覚に陥る。
構図: 立ち絵は、常に「夜明け前の薄明かり」の中にいるような構図で統一。真司の絵の力により、デザイン単体で「絶望と希望の共存」という、ノクターンのテーマを完璧に表現した。
真司の能力が、「純粋な魂」のために、最大限に開花した瞬間だった。
VTuber業界での
「神イラストレーター」の誕生
ノクターンのチャンネルで、新しいデザインのお披露目配信が行われたのは、それからわずか二週間後のことだった。
真司は、不安と期待が入り混じった気持ちで、自室でその配信を見守っていた。
配信開始直後
画面にノクターンの新しい姿が映し出された瞬間、チャット欄は爆発した。
『え、誰これ!?神絵師来た!?』 『このキャラデザ、情報量がすごい…魂が震える…』
『色使いがヤバい。孤独なのに、なぜか引き込まれる』
『ノクターン様が、突然、世界の主役になった…』
ノクターン自身の歌唱力と、真司の「バフ効果」が完全に融合した結果だった。真司の『共鳴の色彩』は、ノクターンの歌声に、視聴者の『心の孤独』に訴えかける、抗いがたい引力を付与したのだ。
その日の配信で、
ノクターンのチャンネル登録者数は、それまでの累計の5倍に跳ね上がり、Twitterのトレンドには、「#ノクターン新衣装」「#神絵師」といったハッシュタグが並んだ。
真司は、この日の出来事を境に、VTuber業界で「ノクターンの生みの親」として、一躍、時の人となった。匿名で活動していた真司の存在は、業界内で秘密裏に広まっていった。
「ノクターンをあそこまで引き上げた**『神イラストレーター』がいるらしい」 「彼の絵が施されたキャラクターは、『本質』がむき出しになり、視聴者の感情を直撃する」 「彼は、キャラクターの『魂』**を描くことができる」
真司の絵は、単なるイラストレーションではなく、「魂の増幅装置」として、業界のクリエイターたちから、「神イラストレーター」と崇められるようになる。
他の大手VTuber事務所や、有名VTuber個人からも、デザインリニューアルや新規キャラクターデザインの依頼が殺到し始めた。真司は、自分の能力を、「純粋な想い」を持つクリエイターのために使うことに、喜びを感じていた。彼は依頼を受ける際、必ず相手の『創作の本質』を読み取った。私欲や打算が混じっている依頼は、すべて断った。
彼の制作意欲は、無限に湧き上がり、彼の部屋の液晶タブレットの光は、以前よりも明るく、確かな熱を帯びるようになっていった。
真司の才能は、「誰かの道具」としてではなく、「孤独な魂の代弁者」として、再び世界に求められ始めたのだ。
闇夜の残響 落日の美堂と瑠衣
一方、真司から離れた「ミッドナイト・カケラ」は、見る影もなく没落し始めていた。
真司の「バフ効果」という核を失った美堂景綱の新作コミックは、内容自体は技術的に優れていても、以前のような『熱狂』を生み出さず、売上は急降下した。
大手委託販売業者からの信頼も失い始め、サークルは急速に規模を縮小。美堂が描いていた、冷徹な『支配欲』という『本質』は、真司のバフがなくなったことで、そのままの醜い形で読者に伝わり、彼への評価は「単なるエゴの塊」へと変わっていった。
そして、義澤瑠衣。彼女の小説は、真司の絵を失ったことで、ますます読者から見放されていった。
「瑠衣の小説は、『成功したい』という匂いが強すぎて、読んでいて疲れる」 「登場人物の『感情』が、まるで作り物みたいだ」
真司がいないことで、瑠衣の小説の『本質』が、そのままの形で世界に露呈したのだ。彼女の心に残ったのは、「名声への渇望」と、真司を失ったことによる「焦燥」だけだった。美堂との関係も、お互いの利益が失われたことで、急速に冷え込み、二人は喧嘩ばかりするようになっていた。
そんな中、
瑠衣は、SNSで偶然、真司の描いたノクターンのイラストを目にした。
「この光…この色彩は…真司のバフだ!」
瑠衣は、真司が、自分の知らない世界で、以前よりも強力な力を発揮し、「神イラストレーター」として成り上がっているという事実に、激しい「嫉妬」と「後悔」に襲われた。
美堂もまた、真司の成功を知り、愕然とした。
「あの力が、あんな小さなVTuberに渡るなんて…!あの力は、『ミッドナイト・カケラ』で、商業的な成功のために使われるべきだったんだ!」
二人の『私欲の色彩』は、真司への裏切りが露呈したときよりも、さらに醜く、淀んでいた。彼らは、真司を失ったことを、自分の能力不足ではなく、「道具」を失ったことによる「不当な失敗」だと認識していた。
冷徹な拒絶と輝く未来
ある日
真司のアパートに、真司が数週間前にブロックしたはずの番号から、何度も着信があった。無視し続けたが、ついに真司の部屋のドアが、激しくノックされた。
ドアを開けると、そこには、以前の華やかさを失い、疲れ切った表情をした美堂景綱と、化粧も崩れた義澤瑠衣が立っていた。
「真司…!よかった、話を聞いてくれ!」
美堂が、焦燥感を隠せない声で言った。
「何の用ですか、美堂さん。僕たち、もう関係ありませんよね」
真司の声は、以前のような遠慮も、怒りも含まれていなかった。ただ、無関心な冷たさだけがあった。
瑠衣が、泣きそうな顔で真司に縋り付こうとした。
「真司、お願い…もう一度、私と、景綱さんと一緒にやってくれない?私、あなたがいないと、本当にダメなの!私の小説には、あなたの絵が必要なのよ!」
瑠衣の瞳の中に、真司の「能力」が映し出す色彩は、「保身」と「道具の再獲得」という、ドス黒い貪欲さだけだった。真司に対する「愛」の色彩は、一片も残っていなかった。
真司は、冷徹に瑠衣の手を振り払い、一歩、距離を取った。
「瑠衣。僕は、君の小説に『バフ』をかけることはもうできない。僕の能力は、『私欲に乱れた想い』には反応しないからだ」
真司は、美堂に向き直った。
「美堂さん。あなたは、僕の能力を『核』だと呼びましたが、それは間違いです。僕の能力は、『魂の純粋さ』を増幅させるに過ぎない。あなたの『支配欲』や、瑠衣の『名声への渇望』は、増幅されるべき『本質』ではなかった」
真司は、穏やかな口調で、しかし絶対的な拒絶を込めて言い放った。
「僕が今、描いているのは、『孤独な魂の叫び』を純粋に世界に伝えたいと願う、ノクターンというクリエイターの『本質』です。その『純粋な想い』こそが、僕の能力を最大限に引き出す。あなた方との間に、僕の能力が発動する『共鳴』**は、もう永遠にありません」
美堂と瑠衣は、真司の瞳の奥にある、以前とは比べ物にならない、確固たる『自信の色彩』に、言葉を失った。それは、「道具」として扱われていた頃の真司にはなかった、「クリエイターとしての自立心」の色彩だった。
「もう二度と、僕の前に現れないでください」
真司は、彼らが反論する隙を与えることなく、静かにドアを閉めた。ドアの向こうから、美堂の悔しがる声と、瑠衣のすすり泣く声が微かに聞こえてきたが、真司の心は、何の動揺も示さなかった。
真司の目の前には、液晶タブレットの光が輝いていた。ノクターンから、次のライブ配信用のキービジュアルの依頼が来ている。
テーマは
「世界で一番孤独な王の戴冠」
真司は、椅子に深く座り、愛用のペンを手に取った。彼の描く『色彩』は、過去の裏切りという闇を振り払い、『共鳴』という、新しい希望の光を放ち始めていた。
あの傷心の夜から、わずか数ヶ月
間宮真司は、孤独な魂の代弁者として、VTuber業界という新しい舞台で、神イラストレーターとして、輝かしい成り上がりストーリーの扉を開いたのだった。彼の才能は、誰かの『道具』ではなく、『純粋な魂』と共鳴し、世界を彩る『幻彩の才能』として、夜の帳(とばり)の下で、力強く輝き始めた。
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【作風思案中】
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。イラスト生成する際の閃きやヒントに繋がります。
宜しくお願いします。
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