闇夜に灯る幻彩(げんさい)の才能

比絽斗

第1話 間宮真司の孤独と裏切り(前編)

彩(いろ)が奏でるシンフォニー

「代理」としての筆

東京の片隅、雑多な街並みの中に埋もれるように建つ、築年数およそ40年の古いアパート、「清風荘」


 その2階の一室、四畳半の空間は、19歳の青年、間宮真司(まみや しんじ)の、世界に対する唯一の接点であり、同時に彼の持つ特殊な才能を解き放つ工房だった。


 部屋には、カビ臭さと、使い込んだインクと古い紙の匂いが微かに混ざり合っている。


壁一面には、無数のイラストボードが立てかけられ、視線を走らせるだけで、真司がこれまで描いてきた「物語の断片」を見ることができる。


その中心で、最新鋭の27インチ液晶タブレットが、夜の闇に浮かぶ小さな窓のように青白い光を放っていた。


 真司は、猫背気味に椅子に座り、繊細な手の動きでペンを走らせる。キーボードを叩く音や、時折聞こえる筆圧感知ペンのカチカチという音が、この部屋の深い静寂を破る、唯一のBGMだ。


 真司がイラストレーターとして所属しているのは、同人業界において「中堅サークル」とされる「ミッドナイト・カケラ」だ。


 しかし、彼の絵が持つ力は、そのサークルの立ち位置を遥かに超越し、一部の熱狂的なファンや、業界の裏側に生きる者たちからは、畏怖すら込めて語られていた。


 彼の才能は、単なる画力ではない。それは、「色彩を媒介とした、感情の増幅」だ。


 真司の描くイラストは、視覚的な美しさを超越し、対象者――依頼主が望むキャラクターであれ、作品の根幹をなすテーマであれ――が内包する、


「最も強く、秘められた想い」や「潜在的なイメージ」を、真司の「筆(ペン)を媒体」として、まるで作者やアーティスト自身の魂の叫びを代弁するかのように増幅し、色彩と構図のシンフォニーに変換して表現するのだ。


 彼が線を引き、色を置くたびに、その絵は単なる「絵」であることをやめる。そこに描かれたキャラクターの瞳は、依頼主が作品に託した「救済への渇望」や「達成されなかった夢」といった、言語化されなかった感情の『本質』を宿し始める。


 そして、


そのイラストが添えられた作品に触れる読者や聴き手は、通常の何倍もの「魅了効果」を上乗せされたかのように、抗いがたい引力に引き込まれてしまう。それは、彼の『感情の色彩』が、受け手の心の最も深い部分に共鳴(レゾナンス)を起こすからだ。


 彼の信者たちは


それを、「真司バフ」と密かに呼んだ。彼のイラストが作品に添えられるだけで、作品の評価は垂直に跳ね上がる。彼の絵は、一種の「呪文」であり、「願望実現装置」でもあった。


 真司は今、所属サークル「ミッドナイト・カケラ」の新作タイトルで、オリジナルキャラクターデザインの仕上げにかかっている。


 依頼主はサークル代表の美堂景綱(みどう かげつな)。彼の最新の成人向けコミックのヒロインだ。


「このヒロインのモチーフは『夜に咲く毒の花』……美堂さんの要望は、単なる性的魅力だけでなく、その奥に隠された『自己犠牲的な献身』を表現することか」


 真司は、美堂の漠然とした要望を、その場で具現化するだけでなく、美堂自身が気づいていない、キャラクターへの無意識下の執着――一種の『支配欲』すらも読み取っていた。


彼は、ヒロインの髪の毛一本一本に、紫と黒のコントラストを細かく調整し、瞳のハイライトに、『献身』の純粋さと、『支配』の冷たさを同居させるための微細な光を忍ばせる。


「ふぅ……『逃れられない運命への諦念』と、それでも微かに残る『救済への切望』……これらを共存させなければ、美堂さんの求める『中毒性』は生まれない」


線が定まり、色彩が深まるほどに、画面のキャラクターの瞳に、圧倒的な深みが宿っていく。その姿は、描かれているはずの二次元の世界から、真司の部屋へと、静かに、しかし鮮烈なオーラを放ち始めた。真司の周囲の空気までもが、絵の持つ「感情の重力」によって、わずかに重くなるのを感じた。


彼は、この「能力」を持つことの宿命を理解していた。自分の感情ではなく、他者の感情を増幅させる「代理」としての役割。その才能は、孤独と引き換えに与えられた、特権的な軛(くびき)だった。


 裏切り(ノイズ)の予兆

真司の「バフ効果」は、特に、彼の最愛の彼女、義澤瑠衣(よしざわ るい)の作品に対して、最も絶大で、最も惜しみなく力を発揮していた。


瑠衣は、真司と同じ「ミッドナイト・カケラ」に所属する、高校生時代からの付き合いの恋人だ。


 彼女は主に同人誌の二次創作小説作家として活動しており、同時に、商業小説家を目指して投稿サイトにもオリジナル小説を精力的に投稿していた。


 真司の描く瑞々しく、それでいて感情の機微を捉えたイラストは、瑠衣の同人誌の表紙や、小説投稿サイトの挿し絵として、惜しみなく提供されていた。


真司の絵が添えられることで、瑠衣の作品は読者の感情を直撃し、「感動」や「熱狂」を通常の数十倍の速度で引き起こした。瑠衣のサークル外での人気も急上昇し、SNSでの「推し」の数も日を追うごとに増えていった。


「真司の絵は、私の言葉に魂を入れてくれる。まるで、世界が私のために回っているみたいに……私、絶対、真司のおかげでプロになれるよ!」


 瑠衣は、真司の部屋で、彼が描いたばかりの挿し絵を抱きしめながら、いつもそう言って笑った。その笑顔は、真司にとって、孤独な制作活動の最大の報酬であり、彼の才能の原動力だった。


 しかし、


最近、瑠衣の態度はどこか浮ついたものに変わっていた。以前のような純粋な「創作の喜び」よりも、「商業的な成功」や「名声」に対する露骨な渇望が、彼女の言葉や行動の端々に見え隠れするようになっていた。


真司が心の中で彼女の作品の「本質」を読み取ろうとすると、以前は透き通っていた「純粋な情熱」の色彩の中に、微かな「私欲」の濁りが混ざり始めているのを感じていた。それは、真司の能力が感知する「ノイズ」だった。


 瑠衣が専属で小説のイラストを提供するサークル「ミッドナイト・カケラ」は、真司と瑠衣の活躍もあって、現在、同人業界において「大手壁サークル」として絶大な影響力を持っていた。


 そのサークルの主催であり代表を務めるのが、先ほど真司がイラストを描いていた美堂景綱である。


美堂は、主にサークルオリジナルの成人コミックを手がける、カリスマ的な同人誌漫画作家だ。彼は単に絵が上手いだけでなく、市場のニーズを完璧に把握し、読者の深層心理を突くストーリーラインを構築する能力に長けていた。


 美堂はサークルの商業的手腕にも長けており、大手委託販売業者との連携も強固で、「ミッドナイト・カケラ」は趣味の範疇を超えた商業利益をコンスタントに上げ続けていた。その成功は、美堂の作品力だけでなく、真司が描くキャラクターデザイン、そして瑠衣が書く二次創作小説に真司が施す「バフ効果」によるところが極めて大きかった。美堂はその事実を、誰よりも理解していた。


「真司くん、君の絵は、もはやこの業界の『核』だよ。君がいるから、このサークルは回り続けている。……君と瑠衣ちゃんの力は、商業の世界で十分通用する。いや、通用させるんだ」


 美堂の、常に冷静で、しかし底知れない熱意を秘めた言葉は、真司を刺激し、信頼させてきた。しかし、最近の美堂の視線は、真司の才能を称賛するそれよりも、まるで『高性能な道具』*品定めするような、冷たい輝きを帯びるようになっていた。


真司は、彼の能力が発する警告――「想いの本質の濁り」――を、愛する瑠衣や、信頼する美堂に対して、意図的に無視し続けていた。愛する人からの「裏切り」の可能性に直面することを、彼の心は本能的に拒絶していたのだ。


深夜の目撃者

その日は、凍てつくような冬の寒さが身に染みる真夜中だった。暦は既に12月の初旬。


真司は、美堂から依頼されていたヒロインのイラストを、締め切り間際で徹夜を重ね、朝方近くになってようやく完成させた。美堂へ完成データを送るため、美堂の住む都心の高級マンションへ向かうことにした。そのマンションは、「ミッドナイト・カケラ」の実質的なサークル本部が置かれている場所でもあった。


「瑠衣、今日は多分遅くなるから、先に寝てていいよ。景綱さんと明日の朝まで打ち合わせなんだ」


瑠衣は昨夜、真司にそう告げ、普段着慣れないブランド物のコートを羽織って、美堂のマンションへ向かった。真司の部屋から美堂の部屋までは、電車を乗り継いで一時間ほどの距離がある。真司は、瑠衣の仕事への熱心さに、誇らしささえ感じていた。


午前4時。


 真司が美堂のマンションに到着したとき、エントランスは静まり返り、冷たい空気が張り詰めていた。真司は、美堂の部屋のインターホンを押そうと、無意識に顔を上げた。


 美堂の部屋は、最上階に近い階層にある。真司は、データが入ったUSBメモリを握りしめ、ふとドアの下の微かな隙間から漏れる光に気づいた。


 その瞬間、


真司は、耳を疑うような「声」を聞いた。それは、真司がこれまで、最も愛し、信頼し、その成功のために尽くしてきた女性の声。


美堂の部屋のドアの前、真司の心臓が、まるで鉄槌で打ち砕かれたかのように、激しく脈打った。全身の血の気が、一瞬にして足元から吸い上げられたかのように消えた。


瑠衣の声。


「……景綱さん、さすがに真司に知られたら、全部終わりだよ。あの子、最近、私の小説の『熱』が足りないって、少し不満そうだったの」


真司の聴覚は、その言葉を、クリアすぎるほどに拾い上げた。


そして、それに答える美堂の、低く、けだるい、そしてどこか勝ち誇ったような声。


「はっ、大丈夫だよ、瑠衣。あいつは鈍感だし、それに『あの絵の力』を失うなんて、俺もお前も絶対に避けたいだろ?…俺たちは、『プロ』になるんだ。そのためには、使えるものは全部使うのが、当たり前のルールだよ」


美堂の声は、真司の心臓を抉った。


「真司は、俺たちが『本当のプロ』になるための『道具(ツール)』だ。俺たちが、あいつの絵を一番有効に使えるんだから、それでいいんだよ」


手元で、データを格納したUSBメモリが、カチリ、カチリと、真司の震える指の動きに合わせて、静かに音を立てる。


 その冷たいプラスチックの感触だけが、真司が今、現実世界に立っていることを教えていた。


真司は、自分の特殊な能力が、愛する彼女と、信頼するサークル代表にとって、ただの『道具』としてしか認識されていないことを、美堂自身の、最も醜い本音の言葉から、直接聞かされたのだ。そして、美堂と瑠衣の男女の一線を越えた関係。その二つの裏切りが、真司の頭の中で、爆発的な破壊音を立てた。


 真司は、もうインターホンを押す必要はなかった。彼が届けに来たはずの、あのヒロインのイラストに、彼が込めた『自己犠牲的な献身』というテーマは、今、彼自身の人生に、あまりにも残酷な形で反射していた。


 真司の持つ「能力」は、単に絵の魅力を増幅させるだけでなく、人の「想いの本質」を視覚化する。それは、彼の「直感」として、数ヶ月前から瑠衣の小説のテーマや、美堂が描くキャラクターの「裏側」に、「私欲に乱れた、歪んだ感情」や「打算」のノイズが混じり始めているのを感じ取っていた。


 しかし、恋人の裏切りという最も残酷な真実を、彼は「目撃」し、「聴覚」で裏付けを得るまで、無意識に、この能力による警告を「気のせい」だと拒否していたのだ。


 真司は、血の気が引いた顔で、美堂の部屋のドアから一歩、また一歩と後ずさった。足音を立てないように、エレベーターではなく、非常階段の冷たい鉄のステップを、そっと踏みしめる。


階段を降りながら、真司の脳裏には、瑠衣の明るい笑顔と、彼の描いたイラストを手に


「真司、ありがとう!これで私、絶対売れるから!」と抱きついてきた日の光景が、走馬灯のように巡った。


あの言葉も、あの笑顔も、すべて「バフ」のための、計算された演技だったのか?


彼の持つ「能力」は、人の「本質」を見抜く。しかし、彼は、その能力の対象に、「愛する人」を含めることができなかった。その自己欺瞞が、今、彼を奈落の底へと突き落としていた。


 決別と喪失の色彩

 数日後


真司は、美堂のマンションから、打ち合わせを終えて自室に戻ってきた義澤瑠衣を待っていた。


部屋の空気は、数日前の深夜の寒さよりも、さらに冷たく張り詰めていた。


瑠衣が、いつものように明るく


「真司、ただいま!」と部屋に入ってきた瞬間、真司は静かに、しかし決定的な口調で告げた。


「瑠衣。全部知ってるよ。美堂さんと、君の関係も、僕の絵を『道具』って呼んだことも」


 その瞬間、義澤瑠衣(よしざわ るい)の顔から、一瞬にして血の気が引いた。彼女は、真司がどうして知っているのか、という動揺と、彼に問い詰められているという事実、そして何よりも「真司の能力」という彼女の成功への『生命線』を失うことへの恐怖で、顔を蒼白にした。


 彼女の瞳の中に、真司の能力が視覚化する「想いの色彩」が映し出された。それは、以前の「商業的成功への渇望」という濁った色に加えて、今は「絶望的な保身」という、さらに醜いグレーのノイズが強く混じり合っていた。


「し、真司……ごめん、違うの!あれは、その場の勢いで……私、あなたのこと、本当に愛してるんだから!」


 瑠衣の言葉は、まるで真司の耳には届かない、意味をなさない雑音のように響いた。


彼の能力が、その言葉の『本質』が、「道具を失うことへの恐怖」でしかないことを、あまりにも明確に示していたからだ。


「言い訳は聞きたくない。僕は、君の小説のために、君の夢のために、僕の命を削って絵を描いてきた。僕の絵を通して、君の作品に魂を注いできたんだ。君の小説の『本質』を、僕が理解し、増幅させてきたんだ」


真司の瞳は、いつもは優しい色をしていたが、今は、まるで彩度を失ったモノクロの風景のように、冷たく、感情が感じられなかった。


「でも、君が本当に描きたかったのは、僕の能力を使った『成功』だけだ。僕の能力を、君の私欲を満たすためのブースターとして使っていただけだ。君が僕を愛したのは、僕の絵の『バフ』が欲しかったからだろう?」


真司は、美堂との関係が、瑠衣の作品への想いを、いかに穢れたものに変えてしまったかを、痛いほど理解していた。瑠衣の小説から溢れ出ていたはずの「情熱」や「純粋な感動」は、既に「名声への渇望」というノイズに侵され、もはや、真司の「バフ」を施すに値しない、醜い色彩を放っていた。


「決別だ、瑠衣。もう、君の小説に僕の絵を添えることはない。君のサークルからも抜ける」


真司の言葉は、瑠衣にとっては、商業作家への道を閉ざされる死刑宣告に等しかった。彼女は、理性を失い、真司の足元に縋り付いた。


「待って、真司!お願い!私の小説には、あなたの絵が必要なの!お願いよ、もうしないから!私はあなたのことが……」


 真司は、彼女の体を振り払った。その瞬間、彼の心の中で、彼女への愛情の色彩が、音もなく崩壊していくのを感じた。


「その『愛してる』も、僕の『バフ』が目的だろ?もう、君の言葉の『本質』は、僕の目には見えているんだ。君の心には、僕への愛の色彩は、もう残っていないよ」


真司は、瑠衣の懇願を振り切り、彼女との関係を断ち切った。彼の才能は、『真実の愛や信頼』といった、彼の心の純粋さに強く結びついていた。その「純粋さ」が失われた今、彼は、彼女の「私欲に乱れた想い」を増幅させることを、本能的に拒否したのだ。


決別から数週間後。その結末は、真司が予期した通りだった。


 瑠衣の同人誌新作は、真司のイラストではなく、別の人気イラストレーターに依頼された表紙で発行された。結果は惨憺たるものだった。SNSでの話題性も、発行部数も、以前の10分の1以下。


 そして、小説投稿サイトに真司のイラストがない状態で新たに投稿された瑠衣の小説は、


「なんか、前の作品と違って、心に響かない」


「文章は上手いけど、熱量がない」「前作の感動は、どこに行ったんだ?」といった、辛辣なコメントが並ぶようになった。


真司の「バフ効果」は、創作者の『本質的な想い』に反応して力を発揮する。私欲に乱れ、打算に溺れた瑠衣の小説の『本質』は、もはや「商業的成功」という空虚な響きしか持っておらず、真司の能力は、その空虚さに反応し、力を失い、何も増幅しなかったのだ。


 美堂景綱もまた、真司を失ったことで、彼の新作コミックの部数が急落し始めていることを知った。彼の『支配欲』という冷たい想いだけでは、真司の『献身的な増幅』を賄うことはできなかったのだ。


真司は、愛と信頼を失い、深い絶望と虚無感を抱えていた。彼の絵筆は、最も愛していた人の作品にバフをかけることができなくなり、彼の「能力」そのものが、彼の心の純粋さと密接に結びついていたことを痛感した。


  傷心と夜の帳(とばり)


「僕は、他人の想いを代弁することはできても、自分の想いを乗せる場所がない……」


真司が最も情熱を注いだ「色彩」が、この東京という巨大な都市から失われてしまったように感じた。彼の部屋の液晶タブレットは、静かに光を放っているが、その光は、彼の心には何の温もりも届けてくれない。


 彼は、仕事の依頼を最低限に減らし、夜になると、目的もなく東京の街を彷徨い歩くようになった。渋谷のスクランブル交差点、新宿の喧騒、ネオンサインの派手な光も、真司の心には届かない。すべてが、彼にとっては虚ろな残像に過ぎなかった。


街のノイズは、彼自身の心が生み出す「裏切りの残響」を打ち消すことはできなかった。


そんなある日の深夜。時間は午前2時を回っていた。真司は、新宿の雑踏から少し離れた、ほとんど誰もいない小さな公園のベンチに座り込んでいた。手には、コンビニで買った缶コーヒー。


 真司は、ふとスマートフォンの画面に目を奪われた。いつもなら、自分のイラストへの評価や、新しい画材の情報をチェックするその画面に、奇妙な「配信」が映し出されていた。


 そこには、2.5次元のVTuberがいた。


 キャラクターデザインは、中世の吸血鬼をモチーフにした、黒と紫を基調とした、幻想的で耽美なもの。長い黒髪と、どこか憂いを帯びた赤い瞳が特徴的だ。


 その服装は、古風な燕尾服を現代風にアレンジしたもので、首元には赤い宝石が煌めいていた。


そのVTuberの名前は、ノクターン(Nocturne)。


ノクターンの配信は、驚くほど視聴者数が少なかった。わずか数十人。


しかし、彼の歌声には、真司の心臓を鷲掴みにする、抗いがたい「孤独」と、「誰にも理解されない闇」が宿っていた。


ノクターンの歌は、高い技術力で歌い上げられているにもかかわらず、どこか不安定で、『叫び』に近い。それは、真司自身の、今の心の色彩――「絶望と、それでも求める微かな光」――と、驚くほど一致していた。


 真司は、彼の能力を使い、ノクターンの歌声の奥に存在する「想いの本質」を読み取ろうとした。


そこに映し出された色彩は、瑠衣や美堂の『私欲』による濁りとは、まったく異なる、透き通った『純粋な孤独』の青だった。その青は、誰にも理解されないという深い諦念の中に、微かな「繋がり」を求める、切実な願いの金色を秘めていた。


ノクターンは、配信の最後に、小さな声で呟いた。


「……私の歌は、誰の心にも届かないのかもしれない。視聴者数も、増えない。でも、私はこの歌を、この世界で一番孤独な、たった一人のあなたに届けるために歌い続けます。あなたと、闇夜で共鳴(レゾナンス)するために」


真司の失われた色彩が、その瞬間、ノクターンの配信画面に吸い寄せられるように、微かに脈動した。彼の心の中で、長らく沈黙していた「創造の炎」が、小さな火花を散らした。


「このVTuberの『中の人』は……このキャラクターデザインに込められた『孤独な魂の叫び』を、本当に理解している。いや、この『孤独な魂』こそが、彼自身なんだ」


真司は、ノクターンの歌声に、瑠衣の小説からは消え失せてしまった、純粋で、真摯な「想いの本質」を感じたのだ。ノクターン……夜の帳(とばり)という意味の名を持つそのVTuberの配信に、真司の傷心は、かすかな共鳴を見出した。


真司の孤独な「色彩の才能」は、彼の能力の純粋さを利用しようとした者たちから離れ、初めて、彼の「孤独」に共鳴する


 真に純粋な『想いの本質』を見出したのだ。


 彼は、スマートフォンを握りしめ、冷たい夜風の中で、立ち上がった。


彼の視線は、ノクターンのキャラクターデザインの、わずかな「粗さ」を捉えていた。デザインの造形は悪くない。しかし、その『孤独の本質』を、真に増幅させるための「色彩と構図のバフ」が、決定的に欠けていた。


「僕が、この孤独な魂に、『本質を纏わせる色彩』を施してやろう」


真司の心に、数週間ぶりに、創作への『熱』が戻ってきた。それは、誰かの私欲のためではなく、「孤独な魂の叫び」を、より多くの人々に届けるという、純粋な創作意欲だった。


 この孤独な夜の巡り合わせが、間宮真司の人生を、そして彼の持つ「色彩の能力」を、まったく新しい方向へと導くことになるのだった。彼の『成り上がり』の物語は、この夜の帳(とばり)の下で、静かに、しかし鮮烈に幕を開けた。


▶▶▶▶▶


【作風思案中】


感想や、誤字脱字のご指摘待っています。イラスト生成する際の閃きやヒントに繋がります。


  宜しくお願いします。



          

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