第5話:俺の平穏は、バズった動画と共に死んだ

「あ、あの! 坂本さん! 待ってください!」


 呼び止める声を無視して、俺は歩く。

腰が痛い。早く帰って湿布を貼りたい。

それに、もう面倒ごとは御免だ。


だが、相手は諦めなかった。カツカツカツ、とヒールの音が猛スピードで追いかけてくる。


「待ちたまえと言っているのです!」


 ガシッ。強引に肩を掴まれた。華奢な手に見えるが、万力のような握力だ。俺は仕方なく足を止め、ゆっくりと振り返る。


「……あのな、お嬢さん。俺はもう定時上がりなんだが」


 そこにいたのは、スーツに身を包んだ銀髪の美女だった。キリッとした釣り目に、モデルのような長身。胸元には、ダンジョン管理協会の幹部バッジが輝いている。


 確か、協会の『監査官』とかいう偉い人だったか。


「はぁ、はぁ……足が速すぎます」


 彼女は息を整え、乱れた銀髪をかき上げた。  そして、俺の顔をじっと覗き込んでくる。  値踏みするような、鋭い視線だ。


「単刀直入に伺います。貴方、何者ですか?」


「……何者って」


 俺は背中の「重荷」を揺すった。


「見ての通りのフリーターだ。今日の仕事は終わった。以上」


「嘘をおっしゃい!」


 彼女は一歩踏み込んできた。いい匂いがするが、圧がすごい。


「あれは『特級呪物』指定クラスの質量兵器です。それを片手で引き抜き、あまつさえ平然と背負っている。ただの荷物持ち(ポーター)に可能な芸当ではありません」


「現場仕事で鍛えたんでね」


「嘘です。筋量計算が合いません」


 食い下がるな、このお嬢さん。俺はポリポリと頬をかいた。


「昔、ちょっと空手をやっててな」


「空手でダンジョンの地盤沈下は止められません!」


 正論だ。だが、ここで正体を明かすわけにはいかない。元・世界最強なんて肩書きがバレたら、マスコミやら政府やらが押し寄せてくる。  俺は静かな老後(40代だが)を送りたいんだ。


「人違いだろ。俺は坂本。どこにでもいる独身中年男性だ」


 俺は彼女の手を振りほどく。


「それより、あっちの若造たちの教育でもしてやってくれ。将来ある若者だ、厳しくしてやってくれよ」


 俺は顎で『ブレイブ・スターズ』の方をしゃくった。リーダーの彼は、まだ地面に座り込んでブツブツと何か呟いている。完全にトラウマになったらしい。


「っ……今回は見逃します」


 監査官の彼女は、悔しそうに唇を噛んだ。


「ですが、私は諦めませんから。貴方のような規格外(イレギュラー)、協会として放置しておくわけにはいきません」


「はいはい。じゃ、お疲れ」


 俺はヒラヒラと手を振り、今度こそその場を去った。背中に突き刺さる熱視線を無視して。


 ◇


 帰り道。俺は近所のコンビニに寄った。


 ATMで残高を確認する。桁が増えていた。


「よし、振り込まれてるな」


 さすが協会、仕事が早い。これで今月、いや来月までは遊んで暮らせる。


 俺は意気揚々とビール棚に向かった。今日は発泡酒じゃない。金色の、一番高いビールだ。ついでにプレミアムなチキンも付けよう。


 レジに向かう。バイトの若い店員が、スマホを見ながら気のない声を出した。


「いらっしゃいませー。……あ」


 店員が、俺の顔を見て固まった。そして、手元のスマホと俺の顔を、何度も見比べる。


「え、嘘……マジ?」


「ん? どうした、兄ちゃん」


「あ、いや! なんでもないっす! あざした!」


 妙に興奮した様子の店員から袋を受け取り、俺は店を出る。なんだあいつ。俺の顔に何かついていたか?


 まあいい。早く帰って、プシュッといきたい。


 アパートへの夜道を歩きながら、俺は何気なくスマホを取り出した。ニュースでも見るか。


 検索サイトを開いた、その時だ。


 トレンドワード1位:『謎のおっさん』


 トレンドワード2位:『聖剣回収』


 トレンドワード3位:『ダンジョン崩壊』


「……あ?」


 嫌な予感がして、俺は震える指でリンクをタップした。動画投稿サイトが開く。


 再生数、500万回突破。サムネイルには、穴に飛び込む俺の姿がバッチリ映っていた。


『【神回】放送事故www 謎の浮浪者が数トンの剣を片手で引っこ抜いていった件www』


『このおっさん何者!? Sランク冒険者もドン引きの身体能力!』


『特定班はよ』


『背中の哀愁がヤバい。惚れた』


『これCGだろ?』


 コメント欄が、滝のように流れている。さらにSNSでは、俺がサンダルで歩き去る写真が拡散されていた。


 #令和の剣聖  #おっさん無双  #サンダル最強説


「…………」


 俺はそっとスマホの電源を切った。見なかったことにしよう。そう、これは夢だ。家に帰って寝れば覚めるはずだ。


 だが。アパート『ひだまり荘』の前に着いた俺は、絶望することになる。


「あ! いたぞ!」

「本人だ! 動画と同じジャージだ!」

「坂本さーん! テレビ局ですけどー!!」


 ボロアパートの前には、無数のカメラとマイクを持った集団がひしめき合っていた。


「……マジかよ」


 手元のコンビニ袋の中で、冷えたビールが汗をかいている。俺の平穏な引退ライフは、どうやら完全に詰んだらしい。


 俺は踵を返し、夜の街へと駆け出した。とりあえず、今日は漫画喫茶に泊まろう。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

あとがき

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