引退した元・世界最強、現代ダンジョンで「荷物持ち」のバイトを始める。~「おっさん邪魔」と罵倒されたので、聖剣だけ置いて帰ってみた~

しゃくぼ

第1話:荷物と、若造と、古びた鉄塊

「おいジジイ、遅えよ!もっとキビキビ歩けねぇのか!」


 怒声が洞窟内に反響する。

声の主は、銀色のプレートアーマーをスタイリッシュに着こなした金髪の剣士だ。整った顔立ちは、今まさに宙に浮いているドローンカメラのアングルを意識して作られている。


「へいへい、すんませんな。腰がどうも言うことをきかんもんで」


 俺は苦笑いで頭を下げつつ、ずしりと重いリュックを背負い直した 俺の名は坂本(さかもと)。しがない42歳のフリーターだ。役割は「ポーター(荷物持ち)」。ダンジョン探索において、ドロップアイテムや予備の装備を運搬する裏方である。


 もっとも、今の俺が背負っているのはそれだけじゃない。薄汚れた油染みたボロ布に包まれた、長さ1メートルほどの「棒」。こいつが厄介だった。


「チッ……これだから昭和生まれは。画角の邪魔なんだよ、端っこ歩け端っこ!」

「リーダー、昭和じゃなくて平成初期っすよこの人」

「どっちでもいいわ! 加齢臭がすんだよ!」


 若手エリートパーティ『ブレイブ・スターズ』。動画配信サイトで人気急上昇中の彼らにとって、冴えない中年男の俺は、さぞかし映えないノイズなのだろう。


 罵倒は止まないが、俺は特に腹も立たなかった。若いというのは、エネルギーが有り余っているということだ。吠える元気があるなら、魔物の一匹でも狩れるだろう。


「やれやれ。元気があってよろしい」


 俺は額の汗を拭い、彼らの背中を追う。ただ黙々と、一歩ずつ。


 ◇


 ダンジョン最奥、ボス部屋の前。巨大な扉を前にして、リーダーの男が足を止めた。カメラに向かってキメ顔を作り、そして俺を振り返る。


「おい、おっさん」

「……あぁ? 休憩か?」

「クビだ。消えろ」


 リーダーは鼻で笑った。


「ここから先はボス戦だ。俺たち『ブレイブ・スターズ』の華麗な連携を見せる見せ場なんだよ。お前みたいな薄汚いのがウロチョロしてたら、再生数が下がる」


「そりゃ困るな。だが、契約じゃボスドロップの運搬までが……」

「うるせえな!金ならやらねぇよ。ここまで連れてきてやっただけで感謝しろ」


 理不尽極まりない言い分だった。だが、俺は「ほう」と短く息を吐いただけだ。彼らの目を見る。本気だ。本気で、俺をただの邪魔者だと思っている。なら、これ以上言葉を重ねても無駄だろう。引き際を弁えるのも、大人のマナーだ。


「分かった。じゃあ、俺はこれで」

「おう。あ、待て」


 踵を返そうとした俺を、リーダーが呼び止める。彼は俺の背中に括り付けられた「ボロ布の包み」を指さした。


「その汚い棒も置いてけ。なんか辛気臭くて運気が下がりそうだ。ここで捨てていけ」

「……これか?」


 俺は背中の包みをポンと叩く。「こいつはちと、重いが」 「あ? ただのゴミだろ。いいからさっさと置いて失せろ!」


 リーダーが唾を飛ばす。俺は肩をすくめた。  重い、と言ったのは物理的な話なんだが。  まあいい。彼らがそう望むなら。


「あいよ。忘れ物なら、置いていくさ」


 俺は背中の留め具を外した。ゆっくりと、その包みを床へ下ろす。


 布に包まれた「それ」が、ダンジョンの石床に触れた、その瞬間だった。


 ズゥウウウ――――――ンッ!!


 空気が、歪んだ。


「うおっ!?」

「きゃあ! じ、地震!?」


 ただ置いただけ。それなのに、まるで数トンの鉄塊を高所から叩きつけたかのような、腹の底に響く重低音が鳴り響いた。衝撃でリーダーたちの体がフワリと浮き上がる。


 メリ、メリメリメリッ……。


 包みの下の床に、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。 ダンジョンの床は、戦車が走っても傷つかない特殊硬度のはずだが、それが悲鳴を上げて沈み込んでいた。


「な、なんだ今の音……?」


 腰を抜かしたリーダーを尻目に、俺は身軽になった肩を回す。 「ふぅ、軽くなった」


 数十年振りに感じる、重力からの解放感。  俺はポケットからタバコを取り出し(火はつけずに咥えるだけだ)、ヒラリと手を振った。


「じゃ、頑張んな」

「あ、おい! 待ちやがれ!」


 俺は振り返らない。背後で、リーダーが俺の置いていった「ゴミ」を掴む気配がした。


「なんだこれ……中身は……剣? ふん、ちょうどいい、俺のサブウェポンにして……ぬぐっ!?」


 カチャカチャと、金属が擦れる音がする。  だが、持ち上がらない。


「ぐ、ぐぬぬ……っ!? な、なんだこれ!? び、ビクともしねぇ!?」

「リーダー? 何やってるんすか、ふざけてないで……せーのっ、ふぐぅうう!?」


 男3人がかりで挑んでいるようだが、無駄だ。それは、世界を救う代償として、星の重さを吸った聖剣。資格なき者には、指一本動かすことすら許されない。


 そして――何より不味いのは、「重さ」だけじゃない。


『グルルルゥ……』

『シャアアアアッ!』


 ダンジョンの奥から、そして壁の染みから。  どす黒い殺気が湧き上がり始めた。


「な、なんだ!? 急にモンスターが湧いて……!?」 「いやぁああ! 数が、数が多いわよぉ!!」


 俺という蓋がなくなったことで、聖剣の聖気が薄れ、抑え込まれていた魔物たちが活性化したらしい。まあ、威勢のいい彼らなら問題ないだろう。 俺はダンジョンの出口に向かって、鼻歌交じりに歩を進めた。

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