嘲笑八景

兎莵兔菟

一景

 私の人生は、吹けば飛ぶように軽かった。

 まだ私が幼稚園児だった頃、私と仲良くしてくれる二人の女の子がいた。私からしてみれば、雲の上の存在、とまでは行かないまでも、その二人に仲良くしてもらえるなんてことは考えてもいなかったことだ。だが、そんな彼女らとも、小学校を経て中学校を経て、だんだんと疎遠になっていった。

 小学生の時、仲良くしてくれていた男子のグループがいた。週に二、三回遊ぶような仲になり、それから二年くらいはずっと同じような付き合いだった。しかし、私はそのグループの一人、なんならリーダー格とも呼べる子との喧嘩の末に怪我をさせた。ちょうど三年生に上がったばかりだった。それから、私は放課後に外へ遊びに行くことはなくなった。

 そんな私を見かねて、両親は私に中学受験というものをさせた。大半の子供たちは皆同じ市が運営する中学に進学する事となるが、私は離れた別の中学に通うこととなった。その学校は中学に入ると自動で付属の高校に入れる、所謂中高一貫校であった。

 そこからは、私の生活はは部活動が中心になった。中学一年生から高校三年生まで同じ部活に入り、三年生の最後の大会では全国大会で優勝までしてしまった。県のニュースでは話題になり、学校でも大騒ぎ。

 しかし、私は六年間続けただけで、努力、と呼べるものはしていなかった。正確には、努力はしていたが、いつもどこかで手を抜き、周りに文句を言われないくらいのクオリティでなあなあにして、それを努力したと言えるのかといえば、当然言えないのだった。

 そして、大した苦労もしないまま、気付けば大学受験の季節になっていることに気づいた。同じ組の連中は、私がまだせっせと部活動をしている間に引退し、勉強に勤しんでいた。

 だが、私は部活動の成績を買われ、推薦として大学に進学できることとなった。

 そして大学に入り、人生最大のミスをした。

 不正がばれてしまった。

 今まではばれたことがなかった。

 だがばれて、なんと来年進級できないと知ったのが、一昨日のこと。

 大激怒した両親、呆れた目で見る姉、どこからが話が周り引いている大学の友人たち、当然母校の高校にも連絡は行き、またしても大激怒する元担任や元顧問、そこから話が飛んで高校の同級生までもが、私の周りから消えていった。

 残ったのは、努力を知らない、言わば「カス」の心を持った僕自身だけだった。

 大学の校舎と校舎の隙間に、あまり人が来ない日陰のベンチがある。そこに私一人、座って考える。

 はて。ここからどうするのが自分の人生にとって一番マシなのだろうか。

 両親に謝罪し、来年からまた大学を頑張るか。それとも大学をすっぱり諦めて他の道を探すか。

 友人たちはどうする、母校の教員連中は。

 自分の状態を俯瞰して、息を吐く。

 もう手遅れ、打つ手なし。

 ここから挽回する方法は、何も思いつかない。

 きっと何事もなければ、なんとなく大学を出て、そこそこの会社に入って、百人いれば九十人くらいが思い浮かべる「普通」の人生を送っていったのだろうか。

 隙間から見える曇り空、僕を見下ろしていてる。ああ見るな、見るな。まるで惨めみたいじゃないか。

 不正がばれてから今日に至るまで、食欲もなく眠れもしない。胃がムカムカして時々吐きそうになる。

 自分がまいた種とはいえ、最悪の人生だ。

 今、頭をふとよぎったこと。

 希死念慮、という言葉。

 そうか、そうだ。

 私は、もしかしてずっと死にたがっていたのではないだろうか。死にたがる、または、生きていたくない。

 生きていても面倒なことが多すぎる。それなりの快楽があることも事実だが、正直面倒事のストレス発散としての快楽であることは、皆も容易に想像ができるであろう。

 幼稚園の頃、親の目を盗んで、一度、キッチンにある包丁を手首に当てたことがあった。

 まさか、答えはそんなに小さな頃から、すぐ側にあったというのか。

 居ても立ってもいられず、僕は立ち上がり、校舎を見上げる。

 地上から100メートル。八階建ての校舎、その八階から飛び降りれば、私は容易にこの世とおさらばできる。

 いや、それよりも電車に飛び込む方が楽か?

 そうして幾つかの自殺方法を考え、しかし、ここに来て自分のわがままがふたつ出てくる。

 ひとつは、苦しまずに死にたい。これは絶対条件だ。

 この世から開放される、いわば儀式。それを、苦痛な記憶(死ねば関係ないという論もあるが)であることは、個人的には認められない。

 ふたつ、人に迷惑をかけない。これも絶対条件だ。

 特に親、継いで他人。他人というのは、本当に私の事を全く知らない人間のことだ。例えば、もし飛び降りをして、その下を歩いている人に当たったら、その人間もただじゃ済まない。電車にしたって、多くの人間が不便な思いをするし、人身事故で停めた電車によって生じる損害は、家族に行くと言う。それもだめだ。

 そうして、思いつく限りあらゆる自殺方法を考えた。

 飛び降り:楽、ほぼ即死、他人を巻き込む。

 人身事故:運転手、その周囲の人を巻き込む、家族に賠償金がいく。

 溺死:苦しい。

 焼死:痛い、苦しい。

 低体温:苦しい。

 首吊り:苦しい。

 服毒:ありっちゃあり、知識なし。

 餓死:苦しい、時間がかかる。

 拳銃(無謀?):即死、周りを巻き込まない!

 安楽死・・・。

 これだ、と、私は思い、すぐに検索エンジンで「安楽死 できる場所」と打った。

『ヘルプが利用可能 今すぐ相談する』

 相談しません。

 相談したところで現状が変わるわけでも、なにか良くなる訳でもない。

 こんなもので救われる人間は、初めからどこかで救われている。自分には縁がなかった。そう思い、今抱いている別の感情を殺して、下へとスクロールする。

『S国の安楽死』というワードに目が止まった。

 そのサイトを見ると、S国では年間に1500人以上が安楽死しているらしい。だが、それは病気などを理由に許される特別なものである。

 そこから四、五つサイトを見て、安楽死には大きく分けてふたつの安楽死があった。「積極的」または「消極的」安楽死である。「間接的」というものもあるが、これは少し違うようなので、私の中からは除外した。さらに、消極的の場合だと、先程羅列した以外の可能性、病気というものにならなくてはだめだ。

 つまり、残された選択は積極的安楽死だと言える。

 しかし、これも健康体の人間が受けられるものとはかけ離れていた。

 結局振り出しに戻るしかなく、それと同時に一区切りついたこのタイミングで、ひときわ強い風が吹く。

 寒い。

 私は、帰路へとついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る