第14話 ヴォルガ帝国

――帝国ヴォルガ・帝都タラサ


 

 砦陥落よりしばらく時が経ち、帝都タラサへ五龍将ガター討ち死にの報とともにルミナの反抗が伝えられた。


 皇帝リヴァートンが玉座に深く腰を下ろす中で、大勢の将官たちがこの報の衝撃を前にして、統制なく、言葉は調子を外した踊りのように飛び交っていた。



「ルミナが!?」

「ガター様が!?」

「なぜそんなことに!?」

「意図は一体なんだ!?」


 混乱という名の喧噪が渦巻く中で、一人の青年が鋭きやいばのような声で渦を切り裂き、一人の女性が妖艶な笑いを漏らす。

「静まれ! 陛下の御前であるぞ!」

「フフフ、駄目よ~、リヴァートン様に対して非礼よ~」


「こ、これは五龍将ヤム様とシャノン様」


 名を呼ばれた男女。

 双方ともに五龍の名を授かる将軍。

 

 一人は智将ヤム――稀代の戦略家であり、艶やかな光沢を帯びた黒髪を揺らす眼鏡をかけた優男。

 もう一人は大魔女シャノン――帝国一の魔導士であり、美と冷たさを纏った豊満な女性。


 二人の視線は帝国を支配する皇帝リヴァートンへ向けられる。

 将官たちの視線も自然とリヴァートンへと寄った。



 豪奢な金の刺繍が刻まれた白地の法衣を纏う巨躯の老人。

 深い皺が刻まれた瞼の奥にある怜悧な蒼玉の瞳。

 瞳から伝わる静謐に誰もが言葉を失う。

 ただ、皇帝が言葉を纏うのを静かに保つ。


 皇帝リヴァートンは鋭く、熱のない言葉を発する。

「ルミナについてはしばらく捨て置け」


 この短い言葉に皆がざわついた。

 帝国に仇名す存在。

 条約を一方的に破り、領土をおびやかし、五龍将の一人の命までを奪った。

 そうだというのに、報復の意思を見せることなく、ただ無視しろという言葉に。


 この言葉にはガターと同じ五龍であるヤムとシャノンも驚きを隠せなかった。

 二人は何か言いたげな様子を醸すが、皇帝の意思に従い、沈黙を答えと返す。


 他の将官たちもまた二人にならい、沈黙とともにこうべを垂れる。

 だが――――一人の男は皇帝の意思に納得できなかった。



「陛下! ルミナを捨て置けとは!? いったい、どのようなおつもりなのでしょうか!?」



 皇帝の意思に逆らう声に数多の瞳が集まった。

 瞳の鏡面に映ったのは、異常なほど隆起した筋肉を覆い隠す、張り詰めた礼服に身を包む男。

 その男へヤムが怒りを乗せて言葉を返すが――


「控えよ! 皇帝陛下のご意思であるぞ!!」

「黙れ、ヤム! 私はガター様の参謀として敵を討たねば納得できぬ!!」


 男は巨木のような足で床を踏み抜き、怒りを露わにした。

 そして、皇帝へこう訴える。


「リヴァートン陛下、どうかこの私に――このギドラに、ルミナ討伐の命を! 必ずやガター様の仇であるアルトの首を陛下へ捧げて見せましょうぞ!!」



 ギドラ――ガターの参謀。彼もまたガターと同様、山のように逞しき肉体を持つ男。

 その彼は主の仇という、正当な言葉を皇帝へぶつける。

 だが――


「私はすでに命を発した」

「ですが――」

「人間どもが攻勢に出ている状況で、ルミナなどという小国に兵力を回しているときではない」


 この言葉に将官たちから納得の声が上がる。

「たしかに、ルミナの相手をしている場合ではないな」

「あのような小国はいつでも潰せる」

「ああ、その通りだ。それよりも、人間の四か国連合が四人の勇者を筆頭に、我が誉れ高き帝国領土を侵さんとしていることの方が重大」



「皆の者も理解できたようだな。では、散会」


 皆は皇帝の命、そこにあった優先すべき事項に頷きを見せた。

 それでも――ギドラの憎しみは止まらない。

「陛下、何卒ご再考を!! どうか、どうか、このギドラに仇を!!」


 この声に智将ヤムの喝破が飛ぶ。


「控えよ、ギドラ! あなたは個人の憎しみで兵を動かす気なのか!?」


「――くっ! うおぉぉぉぉぉ!!」


 ギドラは心に宿る慟哭を叫びとして表した――しかし、それ以上は言葉もなく、ただ去り行く皇帝の背中だけを見つめていた。



 だが、憎しみは何一つ色褪せることなく、その心に毒のように根差す。

(おのれ~、このまま黙っておるなど俺にはできん。兵を動かせぬならば、俺一人でも! アルトめ、待っていろ! その首、必ずへし折ってくれるわ!!)

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