第4話 帰還への希望

「さぁて、アンタの力を丸裸にしてあげるわ! だから、逃げるんじゃないわよ!」

「だからその顔と声をやめろ! 逃げたくなるだろうが!」


 嬉々として杖をぐるぐる回しながら追いかけてくるアリアに、俺は恐怖しか覚えない。


 逃げながら、頭の中に響く『魔法の効果を無効化しますか?』のアナウンスには、全部「無効だ」と叫んで対応している。


 ここは、アトラが俺にあてがってくれた部屋。明日に備え、俺の能力を検証するため、アリアと実験中だ。


 俺が王様への仕返しを決意し、アリアと手を組んだのはいい。問題はアリアのノリだ。


 しかも部屋の外では、扉の淵を握り潰しながら低い声で呟くアトラの姿が見えるからさらに怖い。


「……はぁ」


 逃げても仕方がない。腹をくくり、立ち止まった。


「わかったよ。好きにしろ。ただし、変な意味じゃないからな!」

「なら好きにさせてもらうわ!」


 その瞬間、乱入してきたアトラが俺の服に手を伸ばしたので、俺は全力で叫んだ。


「だから、そういう意味じゃねぇよ!」



「えー、改めて」


 咳払いして、椅子に座り直す。


「もう観念した。『鑑定』って魔法を使ってくれ」


 アトラをなんとか外に押し出し、正面に構えたアリアの杖を見つめる。


 頭の中ではまた『魔法の効力を無効化しますか?』のアナウンスが聞こえる。


 ……アトラの抱きつきには反応しないくせに。


 こらえて『いいえ』と心の中で答えた。


「さぁて、見せてもらうわよ。アンタの力!」


 アリアが杖を振りかざし、叫ぶ。


「鑑定ッ!」


 俺の足元に魔法陣が浮かび、黄色い光が広がった。


 まぶしいと思った瞬間、アリアは口に手を当てて難しい顔になった。


「おい、何がわかったんだ! 早く教えろ!」


 アリアはうーんとうなるだけ。仕方なくチョップを一発。


「痛いわね! 何すんのよ!」

「黙ってるからだろ!」


 しばらく睨み合ったあと、観念したようにアリアが口を開く。


「アンタのスキルは『無効』よ。しかも、かなり強力なやつ」


 ふてくされたように続ける。


「下手したら、この間召喚された勇者より強いかもしれないわよ……」


 やっぱり無効化スキルか。それ自体はなんとなくわかってた。


「で、発動条件は? 俺はそれが知りたいんだけど」

「簡単よ。触れたものに関して発動できる。触れた対象に影響する効果を、無効化するかどうか選べるだけ」


 なるほど。


 アリアの魔法も俺を対象にしたものだった。野菜のえぐみも舌で直接触れて感じたものだ。


 一方で、アトラの暴走は無効化されなかった。


 ……まあ、あれは効果じゃない。愛情表現だ。


 つまり『物理的または魔法的な効果』に対してだけ反応するということか。


 俺が召喚された瞬間には無効化できなかったのは、おそらくこっちに来てから能力が発現したからだ。


「……使えない能力だぜ」


 思わずぼやくと、アリアがムキになる。


「何言ってんのよ! 王国最強の魔法使いの魔法すら無効化できるんだから、すごいのよ!」

「興味ないね。俺がしたいのは、王様への仕返しだけだ」


 そのためにも、勇者たちを出し抜く必要がある。


「なあ、俺の力で勇者を出し抜けるのか?」

「当然でしょ。条件さえ合えば、あらゆる効果を無効化できるんだから!」


 アリアは急に目を輝かせる。


「そして、勇者達よりも魔王を先に倒しちゃえば、私、世界最強になれるかも!」

「勝手に話を進めるなよ。俺は魔王なんて倒すつもりないからな」


 最優先は、日本に帰ることだ。


 ところがアリアは、あっけらかんと続けた。


「何言ってんの? アンタ、元の世界に帰りたいんでしょ? なら魔王を倒すしかないわ」

「は?」

「アンタが追い出されたあと考えたんだけどね。魔道具をちょっと弄れば、アンタを元の世界に戻すこと、可能よ」

「なっ……!」

「ただし今は魔力が枯渇してるし、手元に魔道具もない。でも、魔王の魔力を使えば、すぐにできるわ!」


 ……なるほど。


 魔王の魔力を奪い、魔道具を起動すれば日本に帰還できる。


 もちろん、魔王がどんな存在かは知らない。


 だが、俺には無効化スキルがある。


 ——戻れる希望が見えた。やるしかない!


 俺は思わず手を握りしめた。

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