境界都市-BlueHeart Crisis-

れいしぇる

Episode=01 邂逅:Contact


血なまぐさい臭いが取れるだろうか。そんなことを思いながら外に出てみれば、ここに向かうまでに少しづつ降っていた雨はより一層強まっていた。


(出かける時よりも勢いが強い。今日はまた、一段と降っているな)


憂鬱な気分をどうにかしようと、外に出てきたその青年は手に持っていたスマートスモーカーを口に近づける。ボタンを押し込み煙を吸えば、鼻先をくすぐる爽やかな香りが、都市に漂う腐臭を少しだけ誤魔化してくれる気がした。


「おい、そこの兄さんよ」


そうしてスモーカーを片手に頭の隅で情報を整理していると、どこかから向けられる声。聞こえてきた方向へ振り向けば、そこにはいかにもゴロツキと言わんばかりの、ボロボロの服装をした大柄な男がいた。


「何の用だ」

「用も何も、この辺は俺達の溜まり場だぜ?誰の許可なくスモークなんて吸ってやがる」


言われて男の背後を見れば、彼以外にも複数の人影が見える。誰もが質素な服装に身を包んでいるのを見ると、裕福とも取れる服装をしたこちらに対する嫉妬も、喧嘩腰の理由には混じっているのだろう。


「…喧嘩腰だな。要求してくるならすぐに立ち去るが、帰すつもりは?」

「ねぇよ」


スモーカーを胸元にしまいながら口を開いた青年の問いに、男は短いながらも明確な答えを返す。男の後ろにいる人影も反応している辺り、どうやら大人しく通しすつもりはないようだ。


「どこに居ても、仕事を済ませても…結局はこれか」


呆れながら、青年は脚のホルスターにしまっていた銃を取り出す。都市に満ちる光を反射し、それは鈍い輝きを映していた。


「後悔はするなよ」


男達の方へと銃口を向けて、青年は静かに言い放つ。

―――乾いた銃声が響いたのは、それからしばらくした後だった。


――――――――――


より強くなった雨が水溜まりとなり、それがまた都市の光を反射して、夜の街並みに灯るネオンの色を濃くしている。

そんな雨が降り注ぐ中で青年が髪を濡らしながら歩いていると、腕に付けたデバイスから聞こえてくる着信音。周りに会話の内容を悟られまいと、防水機能のついたイヤホンをつけてから、青年は電話越しにいる相手との会話を始める。


『シリウス、聞こえてる?』

「問題ない。何かあったか」

『いや、そっちの進捗はどうなったかなって』


電話の向こうにいる相手は、シリウスと呼ばれたその青年に依頼を送ってきた張本人だ。どうやら長時間が経過したことを踏まえ、依頼がどこまで進んだのかを聞きに来たらしい。


「依頼の相手は全部始末した。連中の抱えてたデータは送信済みだ。ついでに外に出てスモークを炊いてたら余計なゴロツキに目をつけられてな…纏めて黙らせた」

『…はは、流石に君らしいな』


余計に絡まれては始末する相手が増える。暴力が正当化された都市の常とはいえ、シリウスの容赦の無さに電話の向こうの相手も流石に苦笑いな様子だ。

そしてどうやらここで依頼の相手が抱えていたデータを確認したらしく、電話の向こうにいる相手は驚きの声をあげる。


『!この内容…彼ら、賛美会の一員だったのかい?』

「あぁ、懇切丁寧にこっちの事を死神と煽ってきた。恐らくはトップとの繋がりも少なからずあった輩だろう。全員、もう二度と口も聞けないだろうが」

『あれからもう1年も経つのに、懲りない奴らだね』


依頼の相手との会話を思い出しながら、どこか呆れた様子でそう語るシリウス。だが、電話越しの相手が放った1年という言葉に、どこか心に詰まったものがあるらしく、物思いにふけるように空を見上げ、その顔を雨に濡らす。


「…そうだな。もう1年だったか」

『ごめん、余計なこと思い出させちゃったかい?』

「気にするな。むしろ、今の己のことを顧みるには丁度良かった」


あくまで心配される必要は無いと、電話越しの相手にそう返したシリウス。そんな時、不意に近くから聞こえてくる騒がしい物音。


「…すまない、少しミュートする」


胸騒ぎゆえか、あるいは直感か。聞こえてきた音に探りを入れたいとばかりに言葉を送り、シリウスはそのまま1度マイクを切断。

そのまま大体の感覚で方向を掴むと、建物の陰に隠れながら物音のした場所へと足早に向かっていった。


――――――――――


あれほど響いて来ていた物音も、聞こえてきた方角を進むにつれて段々と大人しくなってくる。そうしてやがて物音が消え、耳に響くようになったのは変わらず降り続ける雨の音のみ。

それでも進み続けていたシリウスは、やがて差し掛かった広めの通り道に人の気配を感じ、直前で立ち止まっては物影に隠れ様子を伺う。

やがて現れた気配の正体は、背中に不釣り合いなほど大きいバックパックを背負い、全身を武装した2人の人物。

それぞれ別の方向から向かってきた彼らがつけているヘルメット、そこに刻まれたエンブレムに、シリウスは嫌という程の見覚えがあった。


(…B.A.B.E.Lの巡回、なら先程の物音は抗争のそれか。しかし、また随分と大武装を注ぎ込んでいる…ザインめ、何を考えている?)


ただの巡回にしてはあまりにも大掛かりな武装に、シリウスが訝しみながら様子を見ていると、彼の気配に気づくこともなく、2人はその場で会話を始めた。


「そっちはどうだ?」

「ダメだ、居なかった。連中も見失ったらしいから、既に地区を移動された後かもしれない」


何かを探しているのだろうか、目当ての物に関する会話をしているようだ。

しかし仮に捜し物だとしても、これ程の大武装をかつぎこむ必要などあるだろうか。シリウスが生じたその疑問は、次に片方の口から飛び出た言葉が答えとなって解消させた。


「しかし本当なんだろうな、そいつが"境界の向こう側"から来たって話は」


境界の向こう側。彼にとってはある意味での因縁であり、そして何度も聞きなれた場所を示す言葉。

B.A.B.E.Lの関係者なら知り得るその場所が示されたことに、シリウスは驚きのあまり声を漏らしそうになる。


「確かな情報だ、目撃者も多かったらしいからな。お陰様で、俺達以外にもあちこちの組織が躍起になってるそうだ」

「邪魔してくるなら粛清すればいい。俺達が先に見つければいい話だが」

「数少ない"境界"への手がかり…きっとリーダーも喜ぶはずだ。もしかしたら、"死神"の後進になったりしてな」

「バカ、夢見すぎだっての。さっさと行くぞ」


驚きに溢れたシリウスを他所に、2人は会話を終えると同じ方向へ走り出す。恐らくは、先ほど話に出ていた人物を再び探しにいったのだろう。

脅威が近くから消えてシリウスが安心するのも束の間、彼は先程交わされていた会話の内容を改めて思い出す。


(今の話は本当なのか?あの場所から人が現れるなどと…)


境界の向こう側の脅威、そしてそこに本来なら事実は、身をもって体験したシリウス自身がよく知っている事だ。

だが、彼らの話していた内容が嘘だとは思えないし、仮に偽の情報であるならば、あそこまでの重武装を用意する必要性が見当たらない。


(単に迷い込んだ人間が戻ってきただけなら、あそこまで騒がれるはずもない。何か特別な例だということか…)


疑問は尽きないが、情報を得たのなら交換しておくことに越したことはない。シリウスは周囲をもう一度確認してから、ミュートしていたマイクを再びオンにする。


「戻ったぞ。面倒事は去ってった」

『OK、それは何より。それでシリウス、データを解析してたらとんでもないものが見つかってね…追加で依頼したいんだけど』

「何だ?」


どうやらミュートしている間に、通話越しの相手の方も何かを発見したらしい。シリウスからの聞き返しに対し、電話越しの相手は解析によって表示された内容を説明する。


『賛美会の奴ら、どうやら一人の子を狙っていたらしい。その子がどうも特別みたいで、なんでも…』

「"境界の向こう側"から来た。それで間違いないか?」


シリウスからのその言葉に驚いたのか、電話の向こうから聞こえてきた声が数秒途切れる。どうやらシリウスが立てた予測は正解だったらしい。

それをどうやって知ったのか。恐らくは聞かれるであろう内容に、彼は続けて話す言葉で、予め解答を返しておく。


「さっきB.A.B.E.Lの連中が話していたのを盗み聞きしてな。どうやら他の組織もその子のことを狙っているらしい」

『…それはまた、厄介な話だね』

「出し抜けばいいだけの話だろう。依頼はその人物の保護で問題ないな?」

『うん、よろしくね』


一通り会話を終え、今度はしっかりと通話を切断する。依頼の内容こそ増えたものの、シリウス自身も探すことになったその人物については気になっていたので、ある意味都合がいいと語るべきだろう。

しかし問題は、B.A.B.E.Lの構成員が近くにいる中で、どうやって目的の人物を探しながら移動するか。悩みに悩んだ末、彼は近くのビルの壁に手を当てる。


「…上から行くか」


そう言った直後、手のひらから一瞬だけ乗じたプラズマが、ビルの壁全体へと広がるように行き渡る。そこへシリウスがブーツを当てれば、一体どういうカラクリなのか、ブーツが壁に対して並行に張り付いたではないか。

同じように反対の足のブーツも張りつけたシリウスは、そのまま垂直にビルの壁を登っていった。


――――――――――


息を切らしながら、建物の立ち並ぶ通りを駆け抜けていく影。

背後から聞こえる足音から、逃げるように走り続けるその影は、都市のそれとは似ても似つかないほど、みすぼらしいという言葉があってしまいそうな服装をした、少女と思われる人物。

少女は時折通りを逸れて脇道へと移動し、どうにか足音を振り切ろうと全力で走り続けていたものの、あまりにも長い時間走り続けているからか、雨に濡れ続けるその顔には、明確な疲れが見え始めていた。


(どれだけ逃げた?どれだけ時間が経過した?なんだっていい。今はただ、後ろにいる人達を振り切らないと…!)


本能で感じる身の危険は、何よりも優先して払うべきものだ。右も左も、ましてや繋がっている道も分からない中、少女はただひたすらに走り続ける。

だがしかし、それもいつかは終わりが訪れてしまうもので。やみくもに走り続けていた先、少女の目の前に拡がったのはどこにも繋がっていない道――いわゆる、行き止まりと呼ばれる場所だった。


「うそ…!?」


偶発的とはいえ、逃げ道が閉ざされた。しかし今なら、今すぐに引き返して別の道へ移動することが出来れば、まだ振り切れる可能性はあるかもしれない。

少女が抱いたそんな儚い願望は、だが虚しくも一瞬のうちに消え去り、否定される。


「随分と逃げ回ってくれたじゃねぇか」


聞こえてきた声。未だ耳に残る、逃走劇の発端となった声。少女が反応して振り返れば、そこには統一された灰色の服を着込む男達の姿があった。

声を発したのは、中央にいるリーダーと思われる大柄な男だ。男達は少女の捕縛を確信し、ゆっくりと歩いて近づいてくる。

逃げることさえ許されない絶望と恐怖に、少女がへたり込み、目尻に涙を浮かべた―――その直後だった。鈍い音が聞こえると共に、最後尾にいた男の頭へと、何かが勢いよくぶつかったのは。

生じた異変に男達が一斉に振り向けば、時すでに遅く頭にぶつけられた男は血を流しながら息絶えており、ぶつけられた何かは宙を舞い、近くへ放置されていたゴミ袋の1つへと突き刺さった。


「鉄パイプ…誰だ!?」


突き刺さったものの正体を鉄パイプと認識しつつ、男達はそれが降り注いできた頭上を見上げる。

そうして高くそびえるビルの屋上に人影を認識したかと思えば、それはビルの壁をまるで滑るように下りながら、男達の歩いてきた方角…唯一道が繋がっている場所を塞ぐようにして着地した。


――――――――――


「ただの少女相手に寄って集ってとは。そんなに特例で現れた奴が珍しいか」


男達を前に淡々と語る青髪の男―――シリウスは、全く同じものを身につけた、彼らの服装を見てあることに気づく。


「賛美会の制服でも、清掃屋のスーツでもない…お前達、さては根の教団の出身だな?」


そう、ここに至るまでに目にした人物達のそれと、彼らの身につけているものは全く一致していなかった。そして彼が知る限りでは、こうした統一された服を着るのは教団と呼ばれる組織群のみ。

その中の片方である"葉の教団"は、信徒を多く抱えトップ層にも認められるほど、都市の中では正常な組織として機能している。であれば残るのはもう片方―――危険団体として指定されている根の教団のみ。


「だったらどうした。大体てめぇは何の用だ」

「言ったはずだ、ただの少女相手に寄って集ってと。理解できなかったか?」

「…そういうことかよ」


―――目の前の男は、敵だ。自分達を始末して、奥にいる少女を自分が捕まえようとしている。シリウスの言葉をそう受けとったリーダー格の大柄な男は、腕を上げた後それをシリウスの方に向けて下ろし、叫ぶ。


「やっちまいな!」


合図を受け、ナイフやらバトンやらと武器を取り出し、一斉に襲ってくる男達。そのうちの2人から振り下ろされたナイフを、シリウスはそれぞれの腕を掴んで受け止める。


「…さっきの連中の方がまだ骨があるな。一直線にかかる相手など、実力のたかが知れている」


呆れながら呟いた直後、そこから繰り広げられたのは攻防戦というよりは、もはや一方的な殺戮だった。

反撃に転じたシリウスが、ナイフを振り下ろしてきた男の顎にアッパーを叩き込み、すぐさま反対の男も左頬を勢いをつけて殴る。

吹き飛ばされた2人にそれぞれ別の男が巻き込まれる中、シリウスは顎を殴った方の男へ、追撃とばかりに右足の蹴りを叩き込む。

衝撃波が錯覚で見えるほどの一撃は倒れた男に巻き込まれた別の男にも伝わり、2人はまとめて気絶する。

シリウスは間髪入れず、バトンを振り下ろしていた男の攻撃を身体をひねりスレスレでかわすと、男の腕を取り後方へと回り込むとそのまま背負い投げ、頬を殴った男と彼に巻き込まれた別の男、その上へ向けて叩きつけ3人まとめて気絶させた。

投げていた時にはもう別の男がバトンを叩き込もうとしていたが、シリウスは足払いでバランスを崩させると、足払いで下方へと下げた身体を起こしながら、倒れてきた男の顔面に向けて膝蹴りを打ち込む。

重い音を立てたその一撃は男を気絶させ、気づけばそこに立っていたのはシリウスただ1人だった。


――――――――――


(さて、後は…)


襲いかかってきた全員を気絶させ、残されたのは指示を出していたリーダー格の男のみ。すぐにでも終わらせようと男の方を見すえるシリウスだったが、その時には既に不利な状況へと放り込まれていた。


「動くんじゃねぇ!」

「あぐっ…!」


男を放置していたのがまずかったのだろう。男は倒れていた少女を起こし、その首元を腕で締め付けながら、頬に隠し持っていたナイフを当てていた。

してやられた、と内心で思い焦りかけるシリウスだったが、とあることに気づいた瞬間には、もう焦りもどこかへと去っていた。


「動いたらどうなるか分かってんだろうな…分かったらその両手を上に挙げやがれ!」

「…やれやれ」


男から支持を受け、シリウスは両腕を上に向け、無防備な状態を晒す。男は今のうちにと出口の方へ少女を抱えたまま動こうとするが、そのタイミングでシリウスが口を開く。


「卑怯な手を使うのは許容するが…後方注意だ」

「あぁ!?何言って…」


両手を上げ続けるシリウスに男が怒鳴った直後、男の背後から聞こえてきたのは、何かが空を切り猛烈な勢いで迫る音。

突然の出来事に振り向くよりも早く、男の後頭部に直撃したそれは、先程シリウスが投げ、近くに放置されていたゴミ袋へと突き刺さった鉄パイプ。

本来なら出せるはずもない速度で飛来したそれの直撃を受け、男は前のめりに倒れ伏し、同時に人質として抱えていた少女を離してしまう。


「【電磁誘発マグネット・パルス】。俺の右手には+、左手には-の電流が流れている。無機物に触れればそれは電磁石となり、触れた手とおなじ電極を持つ」


そう言いながらシリウスは自身へ飛んできた鉄パイプを受け止め、おもむろに強く握りしめた後近くへ放り投げる。彼の語るとおり仄かに帯電した光を放つ鉄パイプは、アスファルトの上に溜まった水溜まりに反応し、バチバチという音を鳴らし続けていた。


「さっき投げていた鉄パイプがあっただろう?たった今貴様に当てたあれは、このグローブで触れて事前に電流を流しておいたんだ。どうせ貴様のようなやつは姑息な手を惜しまないと思っていたからな」


頭の後ろから血を流すリーダー格の男に、シリウスは淡々と説明口調で告げながらも、脚に着けたホルスターから銃を引き抜き、ゆっくりと近づいていく。


「ひ、ひいっ…!」


迫り来る殺気から発せられるあまりの恐怖に、男は人質をとっていたことなど忘れてしまったのか、捕まっていた少女から離れ、情けない表情で後ずさっていく。

しかしその背後にあったのは、無慈悲にも通路を塞ぐように経つ建物の壁。青ざめた男が振り向けば、目の前には既にシリウスの姿があった。

そこで男はようやく気づく。風になびいて浮いたシリウスのジャケットの下、そこにある彼が身につけているベルトのバックルに刻まれた、鏡合わせのBの文字を映す紋章に。


「…その紋章…まさか、お前は…バ、バババババ、B.A.B.E.Lの死神…!」

「今更気づいた所で遅い」


シリウスが口を開いた直後、後悔などさせまいとばかりに鳴り響く銃声。恐怖に振るえていたリーダー格の男は、シリウスに頭を撃ち抜かれそのまま事切れた。


――――――――――


「…さて」


姿を見られた人物達には、どう足掻いても消えてもらわなければならない。男の持っていたナイフを使い、教団のメンバー全員の"始末"を終えたシリウスは、怯えたまま動けずにいた少女の方へと近づき、手を差し伸べる。


「驚かしてしまってすまなかったな。立てるか?」


シリウスの対応を見て、彼が警戒すべき相手ではないことを、少女も何となくながら悟ったらしい。伸ばされた手を受けとり立ち上がると、少女は礼を述べつつシリウスに話しかけてくる。


「…あ、あの、助けてくれてありがとうございます。あなたは、どうして私を…」

「…成り行き、というのが正しいだろうな。色々と経緯があり、お前のことを保護してほしいと依頼があった」


経緯があり。その言葉を聞いた少女が、帽子を目深に被り表情を曇らせたのを、シリウスは見逃さなかった。そして同時に、この少女が目的の相手であることを、改めて確信する。


「原因には心当たりがあるようだな。今はそれだけで十分だ、無理に話す必要はない」


聞きたい情報は山ほどあるものの、今は無理に話させるべきでないこともまた事実だ。無理矢理にでも聞き出そうとすれば、少女の警戒心を買ってしまう。

シリウスの言葉に少女が安堵して頷いたのも束の間、近くから聞こえてきたのは少女にとっては初めての、しかしシリウスにとっては聞き馴染みのあるサイレン。


「…まずいな。B.A.B.E.Lの連中が嗅ぎつけてきたか」


聞き慣れたそのサイレンは、かつてシリウスが所属していたB.A.B.E.Lで幾度となく使われたものだ。それはつまり、彼らが騒ぎを聞き付けて公務として操作に当たっている事のサインに他ならない。


「この辺りにもじきに来るはずだ。すぐにでもここから出て工房まで…」

「おっと、そうは行かねぇぞ」


少女を連れてシリウスが場を離れようとした直後、彼の足元を掠め撃ち込まれた弾丸。銃声の聞こえてきた入口の方に目を向ければ、そこには都市が放つネオンの光を濡れた服で反射し、影のように暗く姿を映す女性の姿。


「まさかこんなところで再会できるとはな。嬉しいぜ、シリウス」

「…ネーヴェか…?」


黒い髪に青色の瞳、そして褐色の肌をしたその女性を前に、シリウスは驚きの混じった声でそう呟くのだった。

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