二重詠唱(ダブル・キャスト)の最強悪役貴族〜魔法特化の悪役に転生したが、現代知識の並列思考で二つの魔法を同時発動し、脳筋勇者にざまぁする〜
kuni
第1話
「――ッ、ぐ、あぁ……!?」
脳髄を直接ミキサーで撹拌されたような、激しい頭痛。
俺は絶叫と共に、豪奢な天蓋付きのベッドから転げ落ちた。
冷たい床の感触と、全身に噴き出す脂汗。
荒い呼吸を繰り返すたびに、俺の頭の中に「本来あるはずのない記憶」が雪崩れ込んでくる。
コンクリートのジャングル。満員電車。深夜まで続くデスクワーク。そして、唯一の趣味だったRPGゲーム。
俺は、日本人だった。
それが、どうしてこんな場所にいる?
震える手で、近くにあった姿見を引き寄せる。
鏡に映っていたのは、くたびれたサラリーマンの顔ではない。
白金(プラチナ)ブロンドの髪に、宝石のように青いが、どこか冷酷さを湛えた瞳。整ってはいるが、性格の悪さが滲み出ているような傲慢な顔立ちの少年。
「……嘘だろ。ユリウス……ユリウス・フォン・アークライトか、俺は」
その名前を口にした瞬間、すべての事情を理解した。
ここは、前世で俺がやり込んでいたRPG『幻想のクロニクル』の世界だ。
そして俺は、ゲームの序盤で主人公の引き立て役として登場し、無様に敗北して破滅する「悪役貴族」、ユリウスに転生してしまったらしい。
「最悪だ……」
俺は頭を抱えた。
ユリウスというキャラクターの運命は悲惨だ。
明日――そう、まさに明日の「始業式」で行われる新入生代表同士の模範試合。
そこで主人公である勇者カイルに完膚なきまでに叩きのめされる。
激昂したユリウスは、禁じられた闇魔法を使おうとして暴走、自らの魔力回路を焼き切って廃人となり、家からも勘当されて野垂れ死ぬ。
それが、確定している未来(シナリオ)だ。
「……ふざけるなよ。なんで俺が、そんな理不尽な目に遭わなきゃならない」
湧き上がってきたのは、絶望ではなく激しい怒りだった。
前世では社畜として使い潰され、過労で死んだ(たぶん)。
転生してまで、また誰かの踏み台になって破滅するなんて御免だ。
俺は自分の両手を見つめる。
まだ、間に合うか?
明日の決闘まで、あと半日もない。だが、俺には「原作知識」がある。
原作におけるユリウスの設定。
それは『膨大な魔力を持っているが、制御能力が皆無』というものだ。
彼(今の俺)は、全属性の魔法適性を持つ天才的な素質を持っていながら、魔法を使おうとするとすぐに霧散させてしまう。だから「器用貧乏」「無能」と蔑まれてきた。
だが、俺の中に流れ込んできたユリウスの記憶と、現代人の知識がリンクした時、一つの仮説が浮かび上がった。
「違う。制御能力がないんじゃない……『処理落ち』しているだけだ」
この世界の人間の脳は、魔法式を構築する際、シングルタスクでしか処理できない。
だから、膨大すぎるユリウスの魔力を一度に流し込もうとすると、パイプが詰まって暴発してしまうのだ。
交通量の多すぎる道路に、信号機が一箇所しかないようなものだ。
「なら、信号を増やせばいい。車線を増やせばいい」
俺は目を閉じ、意識を集中させる。
前世の俺たちは、当たり前のようにマルチタスクをこなしていた。
スマホで動画を見ながら友人と通話し、同時に片手でポテトチップスをつまむ。
あるいは、車の運転中にラジオを聴きながら、次の仕事の段取りを考える。
意識を分割し、並列処理する技術。それは現代人にとっては呼吸と同じくらい自然なスキルだ。
「イメージしろ……脳内を二つの領域(パーティション)に分割する」
右脳で炎の術式を。左脳で風の術式を。
本来なら互いに干渉し合い、脳が焼き切れるほどの負荷がかかる行為。
だが、俺の脳はそれを「別の作業(タスク)」として認識し、スムーズに処理していく。
カッ……!
目を開くと、俺の右手には赤蓮の炎が、左手には鋭利な真空の刃が渦巻いていた。
「できた……!」
思わず口元が歪む。
【二重詠唱(ダブル・キャスト)】。
『幻想のクロニクル』において、ラスボスを含む一部の上位存在しか使えないはずの神業。
それを、俺は手に入れてしまった。
現代人の脳という、この世界には存在しないOSをインストールすることで。
今まで「無能」と嘲笑ってきた連中を見返してやる。
特に、明日の対戦相手である脳筋勇者カイル。
あいつは魔法使いを「男らしくない」と馬鹿にし、常に上から目線で説教してくる偽善者だ。原作でも、ユリウスを精神的に追い詰めた元凶。
「待っていろよ、カイル。明日の決闘、原作通りにはいかせない」
その時、部屋の外が騒がしくなった。
ノックもなしに扉が乱暴に開かれる。
現れたのは、煌びやかな鎧を身にまとった茶髪の少年。明日戦うはずの宿敵、勇者カイル本人だった。
後ろには、彼に取り入ろうとする腰巾着の生徒たちが数名控えている。
「よう、ユリウス! 部屋に引きこもって泣いてるのかと思って見舞いに来てやったぜ!」
カイルはニカっと爽やかに笑ったが、その瞳の奥には明確な侮蔑の色がある。
俺が明日の試合に怯えていると決めつけているのだ。
「……何の用だ、カイル。私の部屋に土足で上がり込むなど、礼儀を知らないのか?」
俺は炎と風を消し、静かに彼の方を向いた。
自然と口から出た言葉は、悪役貴族らしい尊大な口調だった。だが、不思議と不快ではない。むしろ、今の俺の心境には合っている。
「ハハッ、相変わらず口だけは立派だなあ! 明日の試合、手加減してやろうかと思ってたけど、その様子じゃ必要なさそうだな」
カイルは腰の聖剣(まだ覚醒前の模造刀だが)をポンと叩く。
「お前のちんけな魔法じゃ、俺の剣にかすりもしないだろうけどさ。精々、派手な花火でも上げて俺を引き立ててくれよな。魔法使い(マジック・ユーザー)らしくさ」
取り巻きたちが下卑た笑い声を上げる。
なるほど。こいつは本当に、魔法というものを舐め腐っているらしい。
剣こそが至高であり、魔法は臆病者の飛び道具。そんなステレオタイプな価値観に凝り固まっている。
――以前のユリウスなら、ここで激昂して顔を真っ赤にしていただろう。
だが、今の俺は冷静だった。
むしろ、哀れみすら感じる。
(可哀想に。お前は知らないんだな)
俺はベッドから立ち上がり、カイルにゆっくりと歩み寄った。
身長は俺の方がわずかに高い。
至近距離でカイルを見下ろし、俺は薄く笑った。
「忠告を一つやろう、カイル」
「あぁ?」
「明日は、死ぬ気で来い。……さもないと、その自慢の顔が黒焦げになるぞ」
一瞬、部屋の空気が凍りついた。
俺から放たれた圧力(プレッシャー)――膨大な魔力が、無意識に漏れ出したのだ。
カイルの顔から余裕が消え、動物的な本能で後ずさる。
「ッ……な、なんだ今の……」
「帰れ。明日の準備で忙しい」
俺はそれ以上相手をせず、背を向けた。
カイルは何か言い返そうとしたが、俺の纏う異質な空気に呑まれたのか、「ふ、ふん! 明日吠え面かくなよ!」と捨て台詞を吐いて逃げるように去っていった。
静寂が戻った部屋で、俺は再び両手を見つめる。
指先を動かすだけで、大気中のマナが面白いように従う感覚がある。
シングルタスクの無能? 器用貧乏?
とんでもない。
右手で「拘束」、左手で「砲撃」。
あるいは、右手で「防御」、左手で「回復」。
無限の戦術(コンボ)。
俺はもう、ただの噛ませ犬じゃない。
二つの魔法を同時に操る、この世界唯一の理外の存在(バグ)。
「楽しみだな……。この力で、どこまでシナリオを壊せるか」
鏡の中の俺は、凶悪に、しかし最高に楽しそうに笑っていた。
最強悪役貴族の、伝説の始まりだ。
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