第一章『英雄の後腐れ』 8フィルム目『機能する形見 ラズベリーベレー』

フンゴ「だから…勝てる訳ないじゃん……性懲りも無くそーゆー宣言すんの…やめて欲しいじゃん…ね。」


 フンゴは体格に見合わない大きくゴツゴツとしたバイクを器用にターンさせて、アリス達に突進する。

 まあ、その突進はぶつかる為のものではないのだが…。アリス達はバラけながら範囲の広がった繭と触れない様に避けるが槍の様に追跡をしてくる『ボーン・トゥ・ルーズ』に何度か攻撃が掠る。


アーサー「うおっ!」


ーーコイツ…さっきよりも攻撃の仕方が鋭くなってやしねーか?このままだと軽く掠るだけじゃあ済まなくなるぜッ…


 アーサーは『なんでアイツはあんな宣言をしたんだ?』と、心の中で呟き少しずつ深く体に当たっている攻撃から必死に逃げる…そこで一つある事を思い出した。

 フンゴのバイクが少し遠くへ離れたところでアリスに対し話しかける。


アーサー「おい、お前!最初俺とやった時に絶対に千切れなかった糸かなんかで俺のことを縛ってたじゃーねえかッ!普通の糸じゃーねえ!なんかのタスクの影響を受けた糸だっただろッ!あれは使えねーのかよ?!」


 アリスは少し嫌そうな顔を見せ、渋々といった顔で首からチェーンの付いた『懐中時計』を外す。

 懐中時計は金色に塗られていて時計の部分の中心には鍵穴があった。


アリス「これは…私の母の形見だ、幼い頃から大事に持っていたから頻繁に使うなんて事は嫌でね。だから、この戦いではもう使わない事にした!」


 アリスのふざけた発言にアーサーがキレた、さっき「命のやり取りをしているのだから集中したまえ」と言っていたくせに自分は我儘を押し通そうとしてくる姿勢が本気で頭に来たのだ。


アーサー「ふざっけんじゃねぇ!!」


 アーサーがアリスの胸ぐらを掴もうとする。


アリス「おや、前は見なくて良いのかね?」


 前を向くとフンゴがこちらに向かっていた、アーサーは海沿いギリギリの所へと避ける…が、フンゴの繭はアーサーではなくその足元を攻撃する。


アーサー「ーーなにぃっ!?」


 足場の無くなったアーサーは海へと落ちそうになるがタスクで腕を伸ばし崖を掴もうとする…


フンゴ「いや…見逃す訳ないじゃん…。」


 しかし、隙を逃す事もなくフンゴはタスクで崖をアーサーの腕諸共消す。

 アーサーは海へと落ち、残るはアリスだけとなる。


アリス「おやおや?わざわざ足場を消して攻撃するなんてね、それなら頭を狙っても当たっていただろうに!どうして海に落として逃がす様な真似するのかな?うーん、もしかして君…人を殺すのが怖いのかい?」


フンゴ「ーーーは?」


アリス「ああ、すまない!君がさっきからコソコソと遠くから逃げながら陰湿な戦い方しかしてないんでさ、ビビってんのかと思ってね」


フンゴ「びびってる…?僕が?お前に?……そんな訳ないじゃん…。」


アリス「そういえば君のタスク…それもよくよく考えると周りに壁を作って弱い弱い自分を守っているだけの卵の殻みたいなのうりょ…」


フン「黙りやがれこンの雑魚がぁッ!!黙って聞いてたら調子こいた事ウダウダ言いやがってよお!ここで今すぐに殺されてーのか!?あぁ?オイ…!?」


 激怒したフンゴにさっきまでの細々とした声はなくそれどころかその様子からは不良やギャング…格闘家のマイクパフォーマンスみたく荒々しさを感じる話し方だった。


「俺が逃げてるだと?ふざけんじゃあねえぞッ!さっきっからよお、攻撃もしねえで逃げ続けてたのはテメーらのほうじゃあねぇかッ!!俺は逃げちゃあいねぇっ!!」


アリス「おや、私は逃げる事を悪いなんて言わないさ…だって、逃げると言うのは後ろという正面へ進むことなのだからね…人間が通る道は様々な分岐点がある、そこでまっすぐの道を行くことだけが正しいんじゃあない…たまには、後ろを進むことだって大事なのさ。だが!何もせず、何も選ばず、何処へも行かず留まり続けること…!それをずっと続けること…これだけは、あってはダメなんだ!」


フンゴ「だからぁ…!!黙れっつんでんだろぉッ!!!俺は留まることを自分から選んだ!そうしたくて留まってるだけだ!!そこら辺の何もできないからその場に留まってるやつらと一緒にしてんじゃあねえ!!」


アリス「ほう…自分から留まった…か、自分にしか聞こえない言い訳がうまいんだね、慣れてるのかい?」


フンゴ「言い訳なんかじゃねえ!!事実だ!誰も来ないから俺から進むことをしねえだけだ…俺だって…アイツらから来てくれるんなら話しかけてやったさ!」


アリス「おー!勝手に過去のエピソードを話してくれてありがとね!というか…やっぱり怖がってるだけなんじゃないかい?」


 フンゴが首を激しく振りながら髪をガシガシと叩く様に引っ掻き癇癪を起こす。


フンゴ「もういい!!テメーはここで死ね!!」


 フンゴがアリスに向かって走り出す。だがさっきまでとは少し状況が変わっていた。


ーーあれ?繭が周りに浮いていない…イラつき過ぎてタスクを解除した…いや、あーなるほど。


 フンゴがアリスにぶつかる直前、視界からフンゴがいなくなる…というより、いなくなったのはアリスの方なのだが…。


ーーさっき少年を落とした時みたく地面を掘る形で消したのか…これは……かなりヤバいかも。


フンゴ「テメーはそこに埋められて死ね!!殺人現場がセットになった世界で唯一のお墓になるだろーよッ!」


 フンゴは能力を解除し、穴を塞ぐ。しかし、下の方から何かがブツブツと囁く音が聞こえる。


ーーここで言うのもなんだけど…私の母はタスクを持っていてね、自身の髪を操る事ができるんだ。あの懐中時計の鎖は髪を編んで作ってくれたんだ。そして、息子であるからか私はそのタスクを少しだけ使える…とは言ってもちょっと硬くしたり、伸ばす程度だかね。だが。母の髪で作ってくれたものだよ…だから、こんな使い方だけはしたくなかった。


 フンゴは自身の後方がなぜか暖かい事に気づく、恐る恐る後ろを向くと、そこには糸を伝って燃えているバイクがあった。


フンゴ「コイツ!!まさかッ!?」


ーーーボンッ!!


 火がバイクのガソリンに引火して爆発を引き起こす、フンゴは咄嗟にタスクを使い体をガードした…だが黒い煙が周りを包み周囲の様子が分からなくなる。


フンゴ「クソッ!!アイツ…最後に自爆して来やがった!」


 フンゴは咳をしながらアリスの異常な行動に対して恐怖を感じる。


アリス「おや、その言い方だと私が死んだ様じゃないか?」


 下の方から声が聞こえ、咄嗟にタスクを使おうとするが地面に空いた穴に引きずり込まれてしまう。


フンゴ「クソッ!なんでお前生きてやがる!?」


アリス「ここ、私を埋めた場所…何か気づかないかい?君がさっきまでバイクを埋めていた場所なのだよ、地面が緩んでいて爆発でも穴が開けられると思ってね咄嗟にバイクに糸を巻きつけて、火をつけておいた…全て、落ちる直前にね。全く…だから嫌だったのだよ母の形見を燃やすなんて…あの世でどう謝ろうか…」


 フンゴはタスクで周りを消滅させ、人がギリギリ入る程度の穴を3mの地下空間へと広げる。


フンゴ「テメー、さっきっから自分は正しいみてーな顔しやがったよお…アメコミのヒーローにでもなったつもりかあ?元英雄の分際でがぁ…わざわざ俺に近づいて来やがってなあッ!!バカなんじゃーねえのか?」


アリス「ノンノン、さっき言ったことを思い出したまえ。君はアイツらから話しかければ俺からも近づいた…そう言ったんだろ?…だから近づくのさ。君の能力が近づいたらダメな能力、それが分かっているから敢えて更に近づく事にしたのだよ。」


フンゴ「なに言ってんだ…お前?訳が分からない…」


 フンゴがアリスの発言と行動に疑問を持つがここで自身がすでに詰んでいることに気づく


フンゴ「お前……まさか!?」


アリス「おっと、気づいたかい?そう、君はもう詰んでいるんだ…君のタスク、選択して消滅させる能力。それは繭に入っているものの部位を選んで消す事はできないだろう?口に好きなものと嫌いなものを同時に入れて、好きなものだけを飲み込めないように、選択したら全ての部位を消滅させるんだ…だから、体の一部だけを繭の中に入れて消す必要があったんだ…思い切った行動をせずに遠くからチクチクと攻撃するしかなかったんだ。」


フンゴ「だが…お前は既に繭の中に身体全体を入れている…この状態で消滅をさしても解除すればすぐに復活できる…」


 アリスは指を鳴らし勝ちを確信した表情で歩み寄る


アリス「どうする?ここで大人しく仲間の情報を吐くか、1ヶ月の病院生活!選ぶといいよ。」


フンゴ「黙り…やがれ、戦えないっつってもよお、上に出れたら、ここから逃げられたらまだ俺の有利には変わりはないんだよッ!!」


 フンゴはタスクで自身の足元を削り、下に降りて逃げる、だが地下を十数mほど掘り進めた所で体が浮いたような感覚に覆われる。


ーーなんだ!?今度はなにが起こった…!ここは?まさか!アイツ…!?


 地下から上がったアリスが海の方向に向かって叫ぶ


アリス「オイオイ!気づかなかったかい?なぜ私が君に脅すような真似をしたか!その理由を…!私は『誘導』していたのだよ君が海へ下るようにね。」


 そう言ってアリスは海へ飛び込み、フンゴの真正面へと着水した。


ーー決着は今!ここでつける…!!

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