第一章『英雄の後腐れ』 5フィルム目『悪寒を溶かす優しさに』

アリス「この勝負……勝つのは…私だ!」


 脚を開き両側の掌で腰辺りを掴みながら宣言する。

その顔には普段の飄々とした笑顔ではなく、自信に満ち溢れた眼と笑顔をしていた。


 始めこそは嘲笑をしていた男たちはアリスの毅然とした表情に、強い敵意を抱いていた。

 先までニタニタとしていた既に口元は固く閉ざされ、瞬きをすることが無いその眼光に油断は1つたりとも無い。


ランスロット「この数相手に1人でやれんのか?こっちには人質だっているんだぜ…」


 ランスロットが威嚇を全力でするが以前、アリスの

態度に変わりはない、安っぽい挑発をしてくる程自身を脅威に感じているのだろう。…と


アリス「ほう……ただの一般人が少し集まっただけで私には敗北を感じられないのだよ。君は…違うのかね?


 

 ーー殺す…内心で同じ言葉を何度も繰り返す。

繰り返し敵意を高めながら大きく息を吸い短く吐く、そうして頭を冷静にしレイピアを構える。


ランスロット「そのうざってえ口から刻んでやるよ」


アリス「おや、少年?宣言というのは実力が伴ってから許される行為なのだよ」


 ランスロットは表面上はまだ冷静でいたが実際には血が滲むほど奥歯を強く噛み締めていた。

 アリスは2m程度の距離を保ちながら相手から先に動くのを待った。



 我慢が最高点に達したランスロットはレイピアをアリスの口へ目掛け突き刺す。

 アリスは右方向へと避ける…が、その動きに合わせてレイピアの刃先も右方向へと曲がった。


アリス「お〜!なるほどね……っと!」


 間一髪で後ろへと飛び追撃を避ける。


ーー少年が倒れているからまさかとは思っていたが…やはりこの子もタスクの持ち主だったかあ


 アリスがさらに後ろにいる敵にも警戒をしながらランスロットの次の動きを注視する。


ランスロット「どうよ?俺のタスク!ビビったかあ?さっさと降参してソイツもろとも死にやがれ…」


 ランスロットが部屋の隅を指す。

そこにはアーサーの首元にナイフを当てている大柄な男がいた。


ランスロット「アレの意味分かるか?それ以上動いたらアイツを殺すって言ってんだよ!」


 アリスの背後から5、6人が近づいている気配を感じる。だが、アリスは未だに堂々と立っていた。


アリス「それが出来るものならやってみたまえ」


ランスロット「ぶっ殺せえぇッッ!!!」




 合図を聞き大柄な男がナイフを刺そうと力を入れる…だが、体はたった少しとも動かなかった。

 まるで金縛りにあったように脳からの命令に肉体が答えてられなかった。


ランスロット「何してんだ!?サッサと殺れ!!」


 焦った表情で命令をするが誰一人としてその使命を全うする者はいなかった、それどころか少しの物音もしなくなっている事に気づいた。


ランスロット「なんだ…?何をしたんだ!お前は、まさか…能力を、タ・ス・ク・を持っているのか!?」


アリス「どうかな?そんな事より続きといこうじゃ無いか」


 アリスは戦いが始まったばかりの時とは打って変わって、またいつも通りの余裕そうで飄々とした笑顔に戻っていた。

 そんなアリスとは反対に仲間が謎の力で制圧された惨状にランスロットは息を荒くして冷や汗を流す。



ーーもういい!!早く逃げよう…こんな無能らの事

なんて知った事じゃねえ!


 ランスロットはレイピアを長く伸ばしアリスに攻撃を仕掛ける、アリスは当然のように避けながら、長々とした解説を始める。その余裕からはもう既にこの闘いに勝者は出されていることを示した。


アリス「恐らくは君のタスク……そのレイピアを自在に操る力なのだろう?うん、シンプルで良い能力だね。体も鍛えられていて、本体の脆弱さをカバーできている!ただし、使い方があまりにも荒すぎる。こんな風に…ひたすらに伸ばしながら攻撃しても近づかれた時にどうやって身を守るんだね?」


 アリスがランスロットの猛攻を掻い潜りながら本体のすぐ側に近寄った。


ランスロット「や…やめてくれ!」


 ランスロットがレイピアを手放し外へと向かい走りだすが、足首が何かに縛られ動けなくなっていた。

既に荒れていた息は、敗北を目前として酸素を吸えないほどに震えていた。


ランスロット「頼む…もう、手出しはしない。だから、許してくれ…本当に……すまなかった…」


 ランスロットは額を床につけるほど低い姿勢を

とり、両手を組み合わせて懇願した。既に闘いの意思どころか逃げる意思すらない程に屈服している。


アリス「おーやおや!私は戦う意志のない者に攻撃なんてしないさ!うん、まあ、私はね?」


 ランスロットは希望を持ちながら顔を上げるがアリスの含みある言い方に胸騒ぎを感じ、アーサーがいた部屋の隅っこを見た。


ーーそこに立っているのは、刺傷をタスクで処置した

アーサーだった。


ランスロット「あぁ…」


 アーサーが血だらけの口から掠れた声を出しながら拳をゆっくりと握り、ランスロットの元へと近づく。


ランスロット「ヤメロォ!!頼む、見逃してくれ!!お前の部下もすぐに返す、だから!!」


 ランスロットは再び懇願をするが前進し続ける、

報復に塗れた目の前の男を見て何かに気づいた様に

スッと黙ってしまった。

 そして小さく呟く。


ランスロット「俺達は操られていたのか…アイツに…」


 

 その言葉を聞いてアリスがアーサーの振りかぶった拳を止めようとするが間に合わず顔面に的中した。


アリス「今、この子…まあいいか、少年!動けるかい?」


アーサー「…おう。」


 アーサーはアリスに背中を貸してもらい、車がある場所まで移動する




アリス「少年、さっきの違和感に気づいたかい?」


アーサー「よく分かってねえけどよ、気になる事はあった……あいつらは何故か俺がお前に負けた事を知っていた、そんで…なんでその事を知ってる?って聞いたらよ、『お前に教えて貰った』って言いやがった」


アリス「それはあり得ない話しだね。私たちは今日ずっと一緒にいたのに伝えれる筈はない」


 その言葉を聞いてアーサーは内心とても安心していた。だからと言ってそれを言葉にしたり行動にする事は絶対にしなかった。


アーサー「何が起きてる?」


アリス「恐らくだが…私のことを既に知っている組織がいる…何者かに尾行されていたのだよ…私たちは」


アーサー「だとしたら…いつからだ?そもそもどうやって見ていた?俺たちが戦ってた路地裏には誰の姿も見えなかったんだぜ。」


アリス「この私が生きている事を知って尾けてくる組織だ…追跡をする為のタスクがいたっておかしくはないさ」


アーサー「だったら…尾けてるやつから倒すのか?」


アリス「そうしたいが、戦っているうちに情報を知られたり、増援が来ると厄介なんだよねー。明日出る予定だったけど…仕方ない、今すぐ車でここを出よう。」


 そんな話をしている内に車のある場所まで到着した、黒色で大柄な体格にあったデカい車だった。

(それでも一緒に入ると窮屈だったが…)

 後部座席にはバックがいくつかあり、中には食べ物や薬品が丁寧に包装されている


アリス「ここから最短の道なら5時間程度でつくんだが、今回はできるだけ人のいない道を通るから少し長い運転になる。もう疲れているだろうし、今日は寝ると良い。」


アーサー「何言ってんだ…いつ敵が来るかも分かんねえのに寝てられっかよ。」


ーー先の戦いで急な襲撃に対応できなかった事に悔しさを感じたのか…。まあ、1日に何度も負けて削られた精神では、休む事さえ怠慢だと思ってしまったのだろう。


 アリスはアーサーの言葉を否定する事もなくゆっくりと話しながらグンと車を飛ばす。

 タスクや好物なんかについて話をする。その会話に笑いが起きる事はなかったが、安心した。服以外に温度を感じる事ができなかった筈の車内で、干したばかりの布団を被ったかの様に安らぎを感じられたんだ。

 たった少し話すと、アーサーはガーガーとすぐに眠っていた。



ーーーススススススス………


 平穏が漂う車の後を地面から這い出た糸屑がそそくさと尾けていた…

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