現実にて
世界侵攻が始まり、1つ目の国を制圧したその日の夜。
クオリアはログアウトした。
視界が暗転し、ヘッドセットを外すと――
部屋はやけに静かだった。
広いリビングの中に、微妙な空気が漂っている。
「……兄者、遅いのじゃ。ご飯は冷めるのじゃ」
銀髪の少女がピタッとくっついてくる。
VRの中と全く変わらない距離感。
「兄さん、風呂は?洗濯物も残ってるよ?」
黒衣の女が、家事リストのメモを無言で押し付けてきた。
ゲームでは戦略家、現実では現実的すぎる。
「先輩〜〜〜♡ 現実の先輩、尊いんですけどぉ♡
VRで1秒見れない時間がどれほど苦しかったかぁ♡」
ストーカーがうっとりした目で近づいてくる。
髪をくるくる指に巻きながら、もはや完全にスイッチ入ってる。
クオリアは深いため息をついた。
「戦争より家に帰ってきた後のほうが疲れる気がするんだが」
「当然なのじゃ。妾は兄者の妹じゃから、最優先なのじゃ」
腕にしがみつきながら言うその姿は誇らしげ。
「私は兄さんの健康管理担当だから当然でしょ。
ゲームばかりじゃなく生活を整えるのも大事」
黒衣の女の言葉は正論すぎて反論ができない。
「先輩の精神安定は私の役目です♡
先輩成分の摂取は必須なんですよ〜?
ちなみに、さっきから供給が少ないのでそろそろ危険です♡」
怖い。
VRより怖い。
ちょうどその時、インターホンが鳴った。
「あ、宅配でーす。オリジン・ユナイトの限定グッズお届けでーす」
全員が固まった。
ストーカーが先に爆発した。
「先輩グッズが来たぁぁぁぁぁぁ!!!
抱き枕!? アクリルスタンド!? 等身大タペストリー!?
どれどれどれどれどれどれ!!!!」
宅配の兄ちゃんが引き気味の笑顔で箱を抱えて立っている。
「サインは……クオリア様でよろしいでしょうか」
「兄者のサインは妾が代わりにするのじゃ!!!!」
ペンを奪って書こうとする。
「何勝手なことしてるの。領収書は私が持つ」
黒衣の女が箱を回収しようとする。
「だぁぁぁぁぁ!!箱は私ですってばぁぁぁぁ!!!
先輩のグッズは私が管理しますぅぅぅぅぅ!!!」
ストーカーが箱にしがみつく。
玄関前がカオスになる中、宅配の兄ちゃんは無表情になり、
静かに言った。
「……なんか、頑張ってください」
そして逃げるように帰った。
グッズ争奪戦は続く。
「にぃにの抱き枕は妾のものなのじゃ!!」
「兄さんの誕生日記念のアクリルは私の管理下!!」
「先輩の等身大タペストリーは私の部屋に飾りますぅぅぅ!!!壁一面にしますぅぅぅ!!!」
大惨事。
結局クオリアが全員を引き剥がして仕分ける羽目に。
・抱き枕 → 銀髪の少女
・アクリルスタンド → 黒衣の女
・タペストリー → ストーカー
「……これで文句ないだろ」
静かに宣告すると、三人とも不満を抱えながらも納得した。
そして――
「兄者、一緒に寝るのじゃ」
「兄さん、今夜は健康管理という名目で一緒に寝るほうがいいと思う」
「先輩♡ 一緒に寝るしかないですね♡ トリプルで♡」
地獄。
クオリアは深く息を吐き、
冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出しながら、ぼそりと言った。
「戦場より家のほうが命の危険がある」
三人の声がピッタリ揃った。
「「「当たり前でしょ?」」」
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