幕開け

戦争の幕開けを告げる鐘の音が、

ギルドホールの石壁に重く響いた。


兵が整列する音、装備が触れ合う微かな金属音。

ふだん騒がしいはずのギルドが、不気味なくらい静かだった。


大陸の中心に位置する広大な転送広場に、

クオリアを中心にギルドメンバー8,000名が並び立つ。


 


「……始まるんだね」


誰ともなく漏れた声に、空気が揺れた。


 


世界地図が光とともに表示される。

各国の領土、城塞、要塞都市、資源の位置、

そして戦力予想のランクまですべて解析されている。


目に映る国すべてが敵。

味方はここにいる者だけ。


クオリアは転送陣の刻まれた地面を見つめ、

深く息を吸ってから静かに指を鳴らした。


 


「行くぞ。西の王国から落とす」


 


その一言で、戦争は動き出した。


転送の光が視界を飲み込み――

次の瞬間、目の前に広がるのは堅牢な城塞都市。


高い城壁、鋭い監視塔、矢の射出口。

防御に特化した国として知られる場所だ。


だが――街全体がこちらを見て凍りついた。


 


「……きた。」「ぎるど……オリジン・ユナイト……」「なんで初手でここなんだ……」


兵士たちの声は震えている。

この国は戦争の中盤で攻略される予定の難所だった。

誰も初日から強豪ギルドが来るとは思っていなかった。


 


「本当に城塞から始める気……?」


誰かが息混じりの声で漏らす。


 


「無謀なんかじゃない。必然だよ」


ストーカーの囁く声は、優しさと狂気の混ざった甘さを含む。


「先輩の実力を理解させるには、一番固いところを最初に砕くのが一番なんです」


 


銀髪の少女が静かにクオリアの手を握った。


「にぃに。無茶はしないで。……でも勝って。絶対」


握る力は強いのに、震えていた。


 


黒衣の女は城を睨み、呟いた。


「城塞都市が、恐怖で沈黙している……

もはや勝利ではなく、想像できない支配の予感だな」


 


クオリアは城壁を見上げ、

静かに前へ歩き出した。


たった一歩。

だがその一歩で城壁の上の兵士たちが身をすくませた。


剣や魔法ではなく、

“勝てない”という確信が恐怖になって広がっていた。


 


沈黙。

風の音だけが響いた。


 


「――道を開けろ」


その一言が、城塞全体に染み渡る。


兵士のひとりが膝をついた。

続いて二人、三人、十人。

やがて城壁全体で武器が地面に落ちていく。


 


「降伏……するのか?」


誰かが驚き混じりに呟いた。


 


「違う。これは気持ちだよ。

“戦っても勝てない”って認めた、あの気持ち」


ストーカーが静かに目を細めた。


 


次の瞬間、城の大門が内側から開いた。


兵士たちの代表らしき人間が震える声で告げた。


 


「……戦って勝てないと分かっている。

だから、無駄に命を捨てないことを選ぶ。

この国は……あなたのギルドの支配下に入る」


 


クオリアは頷いた。

それだけで決着はついた。


戦争は、戦う前に終わった。


 


城は無血占領された。


NPCたちは膝をつき、

プレイヤーたちは呆然と立ち尽くし、

システムログは世界中に告げた。


 


《オリジン・ユナイトが西の王国を制圧しました》


《大陸制覇率:12%》


 


城塞都市が歓声に包まれる――のではなく、

静かな畏怖と混乱と驚きが渦巻いた。


勝利という名の支配。


 


ストーカーはクオリアの手を嬉しそうに握った。


「先輩、始まりましたね……。

この世界は全部、先輩の色に染まっていくんですよ」


銀髪の少女はクオリアの肩に額を寄せた。


「ねぇ……次も勝とう。ずっと、私の隣にいて」


黒衣の女は皮肉気に笑いながら言った。


「世界は想像以上に脆い。

クオリア、お前の一歩で全てが変わる」


 


クオリアは城を振り返り、

静かに宣言した。


 


「――次に進む。まだ始まったばかりだ」


 


《次の国が選択されました:北方帝国》


休む間もなく、

新たな転送陣が光を放ち始める。


 


戦争はすでに始まっている。

そして止まらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る