【エピソード2】:玄斎の地獄の修行と鬼化の宿命

家族を失ってからのちったは、

どうすれば

強くなれるのかも分からないまま、

ただ闇雲に刀を振り続けていた。


しかし剣は空を裂くだけで、

“鬼を斬る力”には届かない。


ちった

「……俺は弱い。

 このままじゃ、何も守れない……」


疲れ切った身体で森を歩いていたとき、

突然、鬼の咆哮が木々を震わせた。


木陰から覗いたその光景は、

彼の運命を変える“出会い”だった。


巨大な鬼が棍棒を振り回し、

大地を砕きながら暴れている。


その前に――

杖一本を構えたアライグマ族の老人が

立っていた。


老人は深い呼吸をひとつ置き、

霧が流れるように姿を霞ませた。


次の瞬間、

鬼の巨体が音もなく斜めに崩れ落ちた。


血しぶきも悲鳴もない。

まるで風が通り抜けただけのような

静けさだった。


ちった

「……すごい……こんな強い人が……」


老人は倒れた鬼に一瞥をくれると、

何事もなかったように森の奥へ歩き出す。


ちったは慌てて駆け寄った。


「待って!

 剣術を教えてください!」


老人は静かに振り返り、

鋭い目をちったへ向けた。


玄斎

「……その首の傷。鬼に噛まれたな。」


ちったは咄嗟に傷へ触れた。

噛まれた部分は今も熱く脈打ち、痛む。


玄斎

「普通の者なら、欲望を抑えられず“鬼化”する。

 仲間を喰い、家族すら襲うようになる。」


ちった

「……鬼化……?」


玄斎

「鬼とはな……心を失い、欲望に呑まれた

 “異形の末路”よ。

 種族に関わらず、弱き心が折れれば

 誰でも堕ちる。」


その言葉に、ちったの胸が強く揺れた。


玄斎

「しかしなぜかお前は噛まれても

 鬼化しておらん。

 鬼の力を抱えながら、心を保っている。

 これは異常じゃ。」


ちった

「だったら……

 この力を、鬼を倒すために使いたい……!

 お願いです!剣術を教えてください!!」


玄斎は短く息を吐き、背を向けた。


「よかろう。

 だが覚えよ。

 わしの修行は、弱き心をすべて殺す。」


その背中は、山のように大きく見えた。


そして玄斎の地獄の修行が始まる


● 鬼の力の暴走


玄斎と刃を交えた瞬間、

噛み傷が赤く脈打ち、全身に鬼の力が暴走する。


ちった

「ぐ……ッ! 体が……勝手に……!」


玄斎

「心を失えば鬼になる!

 己の力をねじ伏せろ、ちった!!」


倒れても、何度意識が遠のいても――

ちったは立ち上がり続けた。


● 瞑想 ― “内なる鬼”と向き合う


瞑想は、どの修行よりも過酷だった。


岩を引くより、

滝に打たれるより、

千本の素振りよりも——

“自分と向き合う”ことが一番苦しい。


森の澄んだ空気の中、

ちったは目を閉じる。


闇の奥から、

黒い気配が這い寄ってくる。


噛まれた首が脈打ち、胸の奥で

鬼の気がうねる。


玄斎の声が蘇る。


「鬼とは……己の弱き影。

 拒めば暴れ、受け入れれば馴染む。」


ちったが内側へ潜ると、そこに

“影の鬼”がいた。


怒り。

憎しみ。

焦り。

後悔。

そしてあの夜の絶望――。


それらが黒い塊となり、牙をむく。


ちった

「……お前は……俺の中の“怒り”……なのか。」


影は答えず、

胸に炎のような怒りを流し込んでくる。


家族の笑顔。

そして無残に奪われた光景――。


怒りが爆発し、鬼の力が暴れ始める。


玄斎

「鬼化する者は、怒りに飲まれ、

 己を失う者だけじゃ。」


ちったは必死に呼吸を整えた。


ちった

「……これは……俺の一部だ。

 もう目を背けない……!」


影の鬼は徐々に形を曖昧にし、

暴走していた力が静まり返る。


怒りは残る。

悲しみも残る。

だがそれらは“力”へと変わり、

握る手はちった自身のものになっていた。


玄斎

「そうじゃ……それでええ。

 鬼を否定するな。

 飲まれるな。

 抱えたまま、前へ進め。」


ちったはゆっくりと目を開く。


風が頬をなで、

胸の奥を流れる力は穏やかだった。


鬼は敵ではない。

己の影——力の源。


ちった

「……これが……俺の力……鬼哭の力……

 もう、負けない。」


瞑想から立ち上がったちったの瞳は、

先ほどとは別人のように澄んでいた。


● 三倍の岩を引く


身体の三倍もある岩を引きずる修行。


腰は悲鳴を上げ、

掌は血で染まり、

それでもちったは歩き続けた。


玄斎

「鬼に家族を奪われた痛みの方が、

 よほど重かろう。」


● 凍える滝に打たれる


針のような冷水が噛み傷に突き刺さる。


ちった

「し、師匠……冷たすぎて……やばい……!」


玄斎

「これも修行じゃ!」


● ひたすら走る


日の出から日の入りまで、山道を走り続ける。


足がもつれ倒れても、玄斎は待たない。


玄斎

「立て。鬼はお前を待ってはくれん。」


「もっと早く……もっと強く……」


● 岩を斬る


ひと月が過ぎた頃。

玄斎は森に置かれた大岩の前で言った。


「これを斬れたら、一人前じゃ。」


ちった

「……岩……」


しかしその瞬間、

岩の“弱点”が線のように見えた。


刀を構え、深い呼吸をひとつ。

鬼の力が静かに流れる。


「ハァァァァッ!!」


刃が走り、岩が真っ二つに割れた。


玄斎

「……見事。これで鬼を斬れる。」


ちったの胸に、静かな炎が灯った。


ある日

森に鬼が突然現れる。


ちった

「…鬼?」


棍棒を振り上げる鬼を前に、

ちったはすぐに刀を構えた。


もう以前のちったでは無い。

震えはない。

鬼の動きが、かつてよりも遅く見える。


ちった

「来い……!」


鬼が突進する。

全ての攻撃を見切り

いなす。


歯を食いしばり

ちったは半歩横へ。

懐に飛び込み、回転斬りを放つ。

ちった

「いまだっ!!」

「ッ!!」


鬼の胸元が大きく裂け、

巨体が崩れ落ちた。


ちったは刀を天に掲げ、

初めての雄叫びをあげた。


ちった

「うおおおおおおおッ!!やったぞ〜!!」


森に反響し、木々が震える。

遂に鬼を倒せるまで強くなった。


遠くで玄斎が呟いた。


玄斎

「……あの夜泣いていた弱き者は、

 もうどこにもおらん。」


ちったの瞳に宿る炎は、

復讐と覚悟の色だった。

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