鬼哭(きこく)のモルモット侍
taghei888
【エピソード1】:奪われた家族
ここはモルモット族の人里離れた家。
夜は、いつもと同じ静けさだった。
家の小窓からこぼれる橙の灯りが、
外の草をやわらかく照らしている。
ちったは家の前に立ち、深く息を吸った。
家の中からは妻リリの優しい声、
そして二人の子どもの笑い声が漏れてくる。
その音が夜の闇に溶けて、
小さな世界の幸せを形づくっていた。
この瞬間だけを切り取れば、永遠のようだった。
——その時までは。
「……ズシン。」
大地が低く唸り、草が一瞬揺れた。
まるで“何か巨大なもの”が遠くで踏みしめたような重み。
ちったは耳を立てる。
音がまた響く。
「……ズシン……ズシン……」
風ではない。
獣でもない。
“音そのものがこっちへ向かって近づいてくる”
ような、粘つく振動。
ちった
「……リリ。子どもたちを奥へ。」
ただの言葉なのに、
その声はどこか掠れていた。
不安が混じり、それを押し殺すような響き。
戸口に近づくちったの背を、
家の灯りが淡く照らす。
その光を引き裂くように——
闇の奥から咆哮が轟いた。
「ウォォォォォッ!!」
闇を背景に、
巨大な影が逆光で浮かび上がる。
角。
棍棒。
ずるりと引きずる足。
濡れた獣の吐息。
月明かりが雲間から差し、
鬼の姿がスローモーションで露わになる。
ちった
「鬼……だと……?」
喉が乾く。
心臓の音が夜気に溶けだす。
家族を巻き込ませないために、
ちったは反射で外へ飛び出す。
足元の土が跳ね、
揺れる視界。
刀を抜く音が、やけに大きく響いた。
ちった
「来るな!!」
鬼は鼻息を荒くしながら棍棒を振り上げる。
その巨大さは、月を隠すほど。
棍棒が落ちる——
その瞬間だけ、世界が遅くなる。
ちったは飛びかかり、刀を振る。
刃が布を裂き、火花が散る。
しかし、鬼の厚い皮膚には届かない。
鬼
「グルァァァァ……!」
空気が震えた。
鬼の手がちったを掴む。
次の瞬間、首の後ろへ牙が突き立つ。
「バキッ」という生々しい音が響く。
世界が揺れ、
色が薄れ、
音が遠ざかる。
ちった
「……ガアッ!!」
視界は白いノイズのように揺れ、
地面がぐんと近づいた。
鬼はちったを捨て、
家の方へゆっくり歩いていく。
砂を踏む音が遠ざかる。
ちった
「……やめ…ろ……やめて……くれ!」
声は震え、
身体が言うことを聞かない。
家の扉が破られる音がした。
そして、静寂。
ほんの短い沈黙。
その沈黙が、最も残酷な伏線だった。
「ドシャッ!!」
「ゴッ……!!」
「グチャ……ッ」
棍棒が振るわれ、
骨が砕かれ、
命が塗り潰される音。
ちったは地面に手を押しつけて前に進むが、
首の後ろの傷が痛み、力が入らない。
視界は滲み、
床の影が赤く揺れる。
「クチャ……クチャ……」
咀嚼音。
それはまるで、家族の時間を
食いちぎるかのようだった。
灯りが倒れ、油がはじけ、
炎が家の壁を這うように広がる。
温かな家だった場所が、
赤く揺れる地獄へ変わる。
燃える家を背に
鬼は口をぬぐい、
振り返ってニヤリと笑った。
鬼
「へへ……美味かったぜ。」
その一言だけ残し、
闇へ消えていく。
夜明け前の薄い光の中、
ちったは焼け落ちた家に戻った。
焦げた匂い。
黒い灰。
冷えた大地。
家族の痕跡を探し、
震える手で土を掘る。
ゆっくりと、
丁寧に、
まるで壊れ物を扱うように。
そして、墓を作った。
ちったは刀を握りしめて、
震える声で誓う。
ちった
「必ず……必ず仇を討つ……
この世界に……生かしておかない……」
涙で濡れた瞳に、
炎の揺らぎが映る。
その揺らぎは、
悲しみではなく——
“怒りの灯火”。
胸の奥で、鬼哭の炎が燃え上がった。
朝日が昇る。
光がちったの背を照らす。
力無い足取りながら、
それでも一歩、また一歩と前に進む。
どこに鬼がいるかも、
どこに向かえばいいかも分からない。
だが——歩く。
鬼を探し出し、駆逐するために。
モルモット族の小さな侍は、
静かに復讐の旅へ踏み出した。
その背中は、
もう“ただのモルモット”ではなかった。
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