第4話 アリスのキャラエピソード

サスケを抱えて歩く途中、マサノリはふっと笑って話し始めた。

「サスケ。今から紹介するアリスって子な、同じ社労士事務所の同僚なんだけど、

 めっちゃ怖がりやけど……ほんまにええ子なんよ」と同じ台詞でアリスのことを説明する。

『怖がり……?』

「うん。ホラー映画....怖い話なんか一分で泣く。

 でもな、誰かが困ってたら真っ先に駆け寄るタイプなんや」

(怖がりで……勇敢? 矛盾しているようで……妙に人間らしい)

マサノリは楽しそうに続ける。

「アリスとは高校からの知り合いなんよ。

 俺、声かけられたと思ったら、

 “あの……教室の電気ついてるけど……幽霊います?”て言われてな」

『……なんだその挨拶は』

「やろ? でもな、そのあと普通に迷子になった幼稚園児を助けてて、

 “怖いから二人で歩こうね”とか言うてんの。

 あの子は、怖くても逃げへんのよ」

(……ヒカルも、怖くても……必ず拙者の影に隠れながらついてきた……)

胸の奥に温かい痛みが走る。


「アリスってな、人のちょっとした変化に気付くんよ」

『変化……?』

「俺がちょっと落ち込んだ日があって、

 何も言ってないのに差し入れ持ってきてくれてな」

『……気遣いの術か?』

「いや、ただの優しさや」

(……スグハも、拙者の痛みを見抜いてくれた……)

マサノリは柔らかく笑った。

「アリスって、怖がりなくせに“人の痛み”には強いんよ。

 誰よりも先に気づいて、誰よりも先に抱えようとする。

 そういう子なんや」

サスケは黙って聞いていた。

(……ヒカルが泣くと、スグハも同じように抱きしめてくれた……

 この世界にも……ああいう者がいるのか……)


「あっ、そう言えば、文化祭の準備で夜の学校に行ったとき、アリスは、あまりの怖さに、泣きながら掃除用具入れに隠れてたことあったな」

(なんと頼りない……だが……愛嬌はあるな)


『そなたが、拙者の秘密を話しても良いと思える者なのだな?』

マサノリは歩みを少し緩めた。

「……ああ。

 アリスはな、他の誰にも話せへんことでも……

 なぜか“話せてしまう”人なんや。」

サスケの胸の光が、わずかに揺れる。

『……理由を、聞いてもよいか?』

マサノリはしばし黙った。

足音だけが、静かに響く。

やがて──口を開いた。


「……サスケ。

 俺な……昔、一人友達を失ったんや。」

サスケが息をのむ。

『……亡くした、のか?』

「些細な言い合いをしただけやった。

俺が言い返したら、向こうも熱くなる。

俺が、余計な一言を言ってしもうて、そのまま別れたんやけど……」

マサノリは小さく笑って自嘲した。

「“明日謝ろう”と思った夜、

 その友達……持病で亡くなってもうて。」

サスケは胸がじんと痛んだ。

(……マサノリ殿……

 そなたも……失っておったのだな……)

「せやから俺は……

 それから人を言葉で傷つけるのが怖くなった。

 言い返す価値のない相手には、言わせておけばええ。

 感情的になるぐらいやったら……黙った方がええ。」

サスケはそっと問いかけた。

『……そのことを……アリス殿に話したのか?』

マサノリは頷く。

「不思議なんやけど……

 アリスには言えた。

 あの子は“フィルターがない”。

 人の話を、真正面から受け止めてくれる。」


「サスケ。

 お前は……全部失って、

 今も心がボロボロなんやろ?」

サスケは胸が痛み、言葉も出ない。

(……否定できぬ……

 拙者は……もう折れてしまいそうだ……)

マサノリは静かに続けた。

「だからこそ……アリスに会わせたいんや。

 俺じゃ支えきれへん心の傷も……

 あの子なら、受け止められる。」

サスケの瞳が揺れた。

『……そなたが……そこまで信頼する者なら……

 拙者も会ってみたい……』

「大丈夫や。

 アリスは、変な先入観で人を見たりせん。

 サスケ、正直にな。

 アリスは弱いとこもたくさんある。

 すぐ泣くし、驚くし、パニックにもなる。

 でもな──」

マサノリはサスケをそっと撫でた。

「”ぬいぐるみ忍者”でも、ちゃんと“一人の存在”として扱う。」

そういう……

サスケの“味方”が増えるのは、悪いことじゃない。」


二人は歩き続ける。

空が茜色に染まり、遠くでカラスが鳴き始めた。


マサノリは前を指差す。

「ほら、あそこのベンチや。

 あれが──アリス。」

サスケは小さく息を呑んだ。

ベンチに座る女性。

静かに空を見つめている横顔は、

どこか悲しみを知る者の強さと優しさがあった。

『……あの者が……アリス殿……』

「紹介するで。

 俺が唯一……“心の傷”を話せた人や。」

マサノリは息を吸い、

ベンチのアリスに向かって歩き出した。

こうして──

サスケは、運命の仲間と出会う一歩手前まで来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る