第3話 奇妙な馴染み方――青年と忍び、異世界の道すがら
マサノリの腕に抱えられたまま、夕暮れの大通公園を歩いている。
サスケは見慣れない風景を無言で見つめていた。
人々の足音、風を裂く鉄の箱、冷えた空気に混じる甘い匂い。
――どれも、かつて己が駆けていた世界とはまるで違う。
そのときだった。
ふと、店先のガラスが視界に入る。
透明の板は、通りを歩く人間たちを淡く反射している。
(……?)
サスケは何気なく視線を向け――そして、固まった。
ガラスには、マサノリの姿。
そしてその男の胸元に――
小さな、布の身体、スグハと一緒に作ったぬいぐるみが映っていた。
理解がゆっくりと滲むように広がっていく。
冷たい事実が、胸の奥で硬質な音を立てた。
――ガラスの中にいるのは、ぬいぐるみ。
――そしてそれが、今の自分。
マサノリが、自分のことをぬいぐるみだと言っていたことを初めて理解出来た。どうしてそうなってしまったのかは解らないが、それを受け入れる以外にない。
あとはマサノリが助けてくれるというのだから、まずは彼を信じようと、自分に言い聞かせた。
街の喧騒。
奇妙な格好の人々。
光る看板。
馬もいないのに走る鉄の箱。
驚くような景色に整理することができない頭のまま、目だけはヒカルを探しているサスケがいた。
(ここは……どこの国だ……?
蝦夷でも京でもありえぬ……)
サスケは自身が置かれた状況に混乱しつつも、ヒカルを早く見つけたい焦りで、気持ちに余裕がなかった。
そんなサスケの状況を知るよしもないマサノリは、頭上を鳥の群れが横切った瞬間、「この夕暮れに鳥の群れっ!うわっ素敵なシーンやな!今の写真撮りたかったなー」とつぶやいた。
すると、鳥の群れが、戻って来てマサノリが撮りたかったと言っていた同じコースを飛んだ。「うわ! さっきの子らまた飛んでくれた!
写真撮ろうとしたの気づいてくれたんかなぁ〜ありがとう!」
「カー!」
「ほら! 今の返事や! ありがとう!」とキャッキャッと大喜びをしている。
(返事……?
いや、“偶然”というものを知らぬのか……?)
サスケは本気でこの男の正体を疑い始めた。
(人ではなく……何かの精霊……?
しかし……妙に人間臭い……
いや……ただの天然なのか……?)
今度は、マサノリはスマホを取り出し楽しげに画面を見ていた。
「さっきは案内ありがとうな。ほんま助かったわ。今度はアリスとの待合せ場所の案内を頼むね。」
(……また板に話しかけた……
この世界では、板が人の言葉を伝えるのか?)
サスケは混乱しつつも、
胸の奥に小さな温もりを感じていた。
(この男……奇妙だが……
悪意は……まるでない……
むしろ……ヒカルに似た……優しい波長……)
マサノリを見ていると、不思議と一杯いっぱいだったサスケの気持ちが少し緩んだ。
『……マサノリ殿……』
「ん?」
『……礼を言いたい……
拙者の声を……拾ってくれて……』
「いやいや。普通やで?
困ってる人見たら助けるのが」
『それは……“普通”なのか……?』
「うん、普通や」
(……この男……本当にただの人の子か……?)
緩んだ気持ちが、サスケに、今置かれている状況を整理しようとする余裕を与えてくれた。
サスケは、そこでまず目の前を行き来する鉄の箱について質問をすることにした。
『馬も人も引かない鉄の箱が……
勝手に動いておるぞ……!
なぜ誰も驚かぬのだ……!?』
「車やで。みんな使うよ」
『戦場に出たら真っ先に矢の餌食だろう……』
「戦わんのよ」
『戦わぬ……世界……?』
その事実に、サスケは言葉を失った。
『マサノリ殿。
あの、柱の上の光はなんだ……?』
「あれ信号やで。赤止まれ、青進め」
『灯火で兵を動かすのか……?』
「まあ、そんな感じや」
サスケは少し考え込み——
『ならば拙者が“突撃”と叫べば、
この者たちは一斉に——』
「どこに突撃すんねん(笑)」
『……突撃せぬのか?』
「せぇへんよ。みんな買い物行くだけや」
『……現代の戦は……奥深いのぅ……』
しばらく歩いたころ、
マサノリがふと優しい声で言った。
「……サスケ。
今日まで、よう頑張ったな」
(……!)
その言葉は、戦国のどんな励ましよりも温かかった。
サスケは、ゆっくり心で話した。
『……拙者は……
大切な……息子“ヒカル”を……探しておる……
あの夜……守れなんだ……拙者には、もうヒカルしかいない』
マサノリはすぐに答えた。
「うん。聞いたで。
アリスにも相談したらええと思うわ。
怖がりやけど、頭は冴えとるしな」
『怖がり……?』
「うん。ホラー映画1分で泣くタイプや」
(……拙者の姿を見て大丈夫か……?
もはや泣くのは確定では……)
マサノリがスマホを取り出し、アリスに連絡した。
ピロン♪
「アリス、もうすぐ着くでー」
(……今の音……板の“鳴き声”か……?
何度聞いても慣れぬ……)
サスケは不安と共に、
これから会うという“アリス”を想像した。
(……怖がり者か……
ぬいぐるみの拙者を……どう見る……?)
マサノリはサスケを優しく抱え直して言った。
「大丈夫やで。
サスケ、優しいもん」
(……その根拠の無さが……
むしろ恐ろしいのだが……)
それでもサスケは、
ほんの少しだけ胸の奥が温かくなった。
(……ヒカルよ……
拙者は……一人ではないのかもしれぬ……
ならば……この世界でも、まだ歩けるかもしれぬ……)
夕暮れの風に揺られながら、
サスケはマサノリに抱えられ、
“運命の友”アリスの待つ場所へ向かっていった。
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