第1話 不死鳥が迎えに来た!

「なんでだよ!」

 俺は叫びながら、玄武げんぶの門に向かって走った。

 でも体がはじき返される。見えない壁。

「資格がない」

 冷たい声が響いた。

 なんで俺だけ! みんな通れたのに!

 

 ――だがそのとき、俺はまだ知らなかった。

 これから起こることを。


——————


 “玄武の門は、おまえを通さない”。

 

 声だけが聞こえた。触れたはずの門が冷たく閉じ、次の瞬間、全身が弾かれた。

 俺は目を開けた。布団を蹴って、上半身を起こす。


「なんだ、これ」


 寝汗の感覚だけが残っている。夢の輪郭は曖昧なのに、体の芯にだけ“跳ね返された感触”が張りついていた。


「ラウスさーん。お迎えっスよー」


 外の声。窓を開けると、金色の鳥が庭に降りていた。不死鳥のファルクだ。なんか羽広げてる。俺んちの庭で。


「なんだよ、ファルクか。朝からでけぇ声出すなよ」

「いやー、報告っス。次の聖獣、玄武っス」

「玄武? 強ぇのか」

「最強クラスっス。マジでヤバいっス」


 俺はラウス。ヒグマ獣人だ。反応も体つきも、人間とはまるで違う。思わず耳が動いた。


「最強! 行く」

「即断っスね。まあ予想通りっスけど」


 襖が静かに開き、宗田エムが姿を見せる。しばらく俺の顔とファルクの顔を見比べて、口を開いた。


「ラウスさま。どこへ向かわれるのです」

「玄武んとこ。会う」

「理由を……うかがっても?」

「玄武が最強だからだ!」


 宗田が何も言わずに、じっとこっちを見る。その糸目につい、今朝の夢の話をこぼす。

「妙な夢、見た。門に触れたら弾かれた。見たことねぇ感じだった」


 宗田は短く息を整えた。

「……危険の可能性があります。わたくしも行きます」

「よし、頼んだ。一緒に行こう」


 靴をつかんで外へ出ると、門の前に二人の姿があった。


「おーい、ラウス。飯食ったか? 朝練行くぞ」

「ラウス。おはよ? 制服まだ着てないの?」


 岩尾いわお謙剛ケンゴーとルルだ。俺たち三人は同じ高校、同じ部活の仲間。


「飯はまだ。でもファルクが迎えにきたから行く!」


 ルルが庭に入ってくる。岩尾も続く。

「ラウスが飯より優先だと?」


 二人をファルクが羽を広げて出迎える。

「ルルさん、お久っス」

「おはよう。ファルク」ルルが軽くファルクの羽を叩くように撫でる。

「おい、俺には挨拶なしか」

「ケンゴーさん! アシャさんは元気っスか?」

「お、おま! いきなりそれかよ。焼き鳥にしてやろうか」

「ぐええ」

 

 まったく朝からうるせえな。

「早く行こうぜ! 最強の聖獣のところへ」

 俺はさっさとファルクに乗る準備をする。

「だから説明しろって」まだ岩尾が言う。


「玄武の夢見た。門に触れたら、弾かれた」

 あ、そういえば二人には言ってなかった。

「で、起きたらファルクが迎えにきた」

 これで伝わったよな?


 ルルは短く呼吸を整え、言った。

「その夢、放置しないほうがいい気がする。行こう」

「だろ。行く」

「ルルまで即決かよ!」岩尾が苦笑する。「まあ、俺も行くけどな」

 

 さすがルルと岩尾だぜ。

「サンキュ。じゃあ行くぞ。玄武の門だ」


 宗田が家を閉めて出てくる。

「参りましょう。準備は整いました」


「皆さん、しっかり掴まるっスよ!」

 ファルクが大きく羽根を広げる。


 俺は翼へ手をかけた。あの夢の感じは、まだ消えていない。


 ——"資格がない"。


 胸に残っていた嫌なざわつきを、力任せに押し流すみたいに息を吸った。


「面白ぇな。任せろ!」

 

「四人さん、玄武様の元へ出発っス!」

 ファルクが金色の翼を打ち、地面がわずかに揺れた。浮き上がる感覚とともに街並みが遠ざかっていく。


「玄武が何だろうと、弾いた理由をたしかめる。それに」

 俺は前を見据えた。

「最強なら、会いに行くしかねぇだろ」


 家も街もすぐ小さくなった。

 高く飛ぶにつれ、俺の気分もどんどんあがる。興奮してつい熊耳が出ちまう。

「玄武! いま行くぞ!」

 俺は北の空に向かって大きく叫んだ。

 

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