第2章-7 後編:世界樹ユグドラシルの伝説

昇華の門へ向かう前夜。

広場の焚き火を囲んで、村の古老(爺さんの師匠にあたる100歳を超えるエルフの老婆)が、ゆっくりと世界樹ユグドラシルの“本当の伝説”を語り始めた。


火の粉が夜空に舞い上がり、逆滝の水しぶきが虹を残す中、

老婆の声はまるで世界樹そのものが語っているように響いた。


「いいか、子どもたちよ。

 ユグドラシルはただの木ではない。

 あれは“願いを叶える代わりに、願いを試す”生き物じゃ」──古の伝説はこう語る──遥か昔、世界は闇と混沌に覆われていた。


そのとき、地上に一つの種が落ちた。

種は“全ての願いを叶える”と約束し、

代わりに“願いの重さに耐えられる者”だけを空へと導くと言った。種は芽を出し、幹を伸ばし、根を大地に深く張った。


そして九つの島を生み、滝を逆さに流し、虹を常世に架けた。

「願いが純粋であればあるほど、

 ユグドラシルは高く枝を伸ばし、島を増やし、

 願いが穢れていれば、島は雲海に沈む」


だからこそ、

・アクアコインは持ち出し禁止(欲の穢れを世界樹が嫌うため)

・ゴレちゃんたちに人権がある(世界樹が“小さな願い”も大切にするため)

・悪魔や過剰な天使は大罪(世界のバランスを崩す願いは許さない)老婆は焚き火に枯れ葉を一枚くべた。


葉は虹色に燃え、灰になっても小さな虹の粒が残った。

「ユグドラシルは今も生きておる。

 誰かの願いを聞き、誰かの願いを試しておる。

 だから、昇華の門はただの魔力テストではない。


 「『お前は何を願い、何を捨てられるか』を問うておる」

爺さんが珍しく真剣な顔で頷いた。

「昔、欲に溺れた天空貴族がいた。

 コインを地上にばらまき、私腹を肥やそうとした。

 次の日、その者の島は雲海に沈み、二度と浮かばなかった」


ゴレちゃんが俺の肩で小さく震えた。

「だからゴレちゃん、借金しすぎたとき……

 世界樹が『もう空にはいられない』って言った気がしたの~」


老婆は俺をじっと見つめた。


「太郎よ。お前は何を願う?」

俺は焚き火を見つめながら、はっきり答えた。


「友達を100人作ること。

 地上と空を、ちゃんと繋ぐこと。

 ……欲かもしれないけど、これだけは譲れない」

老婆が、100年ぶりに満面の笑みを浮かべた。

「いい願いじゃ。

 世界樹はきっと、虹の階段を最後まで用意してくれる」


その夜、村人全員が昇華の門の前まで見送りに来た。

焚き火の残り火が小さく揺れ、

世界樹の滝が遠くで轟音を立て、

雲海の上に浮かぶ9層の灯りが、まるで俺を待っているように瞬いていた。ゴレちゃんが俺の肩で大きく手を振る。


「たろちゃん、いっしょに空に帰ろ~!」


俺は村人たちに深く頭を下げて、

世界樹ユグドラシルの伝説を胸に、

昇華の門へと一歩踏み出した。虹の光が俺たちを包み、

ゆっくりと、ゆっくりと、

天空へと導いていく──


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