【異能持ちニートの僕がバイトをしたら、超人相棒と出会って世界の裏に堕ちました】Epic of Harmonize 会紡色へ染まる道
妖叙九十
序章 出会い紡がれる場所へ
第一節 架空の青空の下で
寝ぼけ眼が僕を見ていて、頭上には画像ファイルの青空が貼り付いていた。
架空の青空が剥がれると、眼が見開き僕はそこに落ちていく。
永遠の闇に閉ざされ、僕は僕の手も腹も足も見えなくなって、僕は消えてしまう。
そんな風に感じることがある。
「どう? 負担は?」
眼鏡越しに見える床は曇りガラスみたいに鈍く光り、鉄の階段や板張りの通路はどれも人工的な冷たさを帯びていた。
壁際には、色で整理されたプラスチック部品や段ボールがぎっちりと並べられている。
整頓された乱雑、というやつだ。
機械音としか表現できない、幾多に重なった音はけたたましく響き、工藤さんの声はギリギリにしか聞こえない。
「工藤さっ……大丈夫でっす!」
工藤さんはいつも眠たげに瞼が垂れていて、物凄い二重にも見える。
ここは屋内の工場だというのに、不思議と日焼けしている彼は手元の機械とこちらに何度か視線を往復させる。
「これは?」
僕の右腕は自動的に上がる。
僕の各関節部分に装着された機械が持ち上げてくれているに等しい。
自分の意志とは別に、誰かが全力で腕を引っ張ってるみたいだ。
エクソスケルトン……? 外骨格? らしいが、本来は医療用のもの。
また肉体労働のような重筋作業向けにも開発しているとか、実に僕向きだ。
「違和感ありません!」
僕はそのエクソテックス社の新型エクソスケルトンのモニターらしい。
そのらしい、がいつまで経っても消えない。
結局なにをしてるのかイマイチ自分でもよくわからないのだ。
「じゃあ次それ持って!」
工藤さんは怒鳴る一歩手前の大声で、左側が異様に膨らんだ不均等な四角いブロックを指差す。
ゲルか硬いゼリーで作られたような物体だ。
筋肉の微小な反応を読み取った機械が動きをアシストしてくれるエクソスケルトンが僕の右腕を軽々と持ち上げるが、まるで他人の力を借りているようだ。
バランスの取りづらいブロックも器用に支えてくれる。最新技術って感じはする。
でも僕はちっとも、あまりにも、ワクワクしない。
胸が沸き立つような好奇心もない。
本当はもっと全身を包むヒーローのような、パワードスーツのモニターだと思って応募したんだ。
スーパーヒーロー着地やハイキックをカマすテストだと思ったんだ。
なんならマネキンみたいなハイテク人形にインプットされたカンフーを叩き込んだりするのだと信じていた。
「長内くん! そのまま歩いて!」
「はい!」
呼ばれて返事をしながら、ふと自分の名前を思い出す。
そして──軽く後悔していた。
この人工感しかないゴチャゴチャの空間、開いたシャッターからは青空とコンクリだけが見える空間、そこで無骨な工業機械のようなものを身に着けて、歩くだの持ち上げるだの、そんなのばっかり。
現実とはかくも残酷なものかと落胆させられる。諸行無常やで。
しかしこの僕がアルバイトをしている、その事実には我ながら胸を打たれる思いだ。
毎日ぐーたらでパソコンゲームかエクスタシーかの二択だった僕が、ひと様の役に立ち工藤さんという先輩? 上司? まで持てた。
ネット友達が持つコネで受かったバイトだったにせよ、僕はこうして社会の一員になれているんだ!
そして最後には、おニューのハイスペックパソコンを買えるんだ!
「そこで止まって」
休憩時間にはしょっぱい卵焼きを頬張りながら、ハイスペックパソコンを買うために働く状況を鑑みると、ちょっとだけ誇らしい。
「……長内くん! なぁにボーっとしてんの!?」
完全に怒鳴り声になった工藤さんのそれは僕を驚かせるには十分だった。
僕の心臓は毛も生えていないのに逆立ったかのように跳ね、背筋が粟立つどころか煮えるように引き攣る。
灰色に沈んでいた視界が真っ白に弾けた、頭も真っ白とはまさにこのこと。
そして一瞬だけ遠くで誰かの叫び声が聞こえた、まさか工藤さんの怒鳴り声に驚いたのだろうか? 仲間だ。
「その機材壊れたら弁償できないで……おぅ!?」
「すみませひぇ!」
未だかつて受けたことのない怒号に、目元が熱くなる。泣きそうだ……しかし、涙で滲んだ工藤さんの顔は……いや、目線は僕を向いていなかった。
僕の後ろを見ている。
その瞬間に僕はラッキー! と感じてしまっていた。なにか僕よりも大きなミスをしでかした奴でもいたのだろう、これで僕のミスは帳消しだ。
どれどれ、感謝の印に大失敗者のご尊顔でも見て……っ!?
そこには、いた。
僕が空想していた、スーパーヒーローが。
いや、全身を覆う軍用染みたパワードスーツが。
鉄から彩度を落としたような、濃い灰色に緑に光るゴーグルアイ。
関節もタイツ状ではなく、装甲が連結した形状をしていて体は直線的なフォルムで頭は曲線的。
肩にミサイルポットこそ付いちゃいないが、これはれっきとした兵器に見える。
そう、強いロボット感だ。男のロマンがそこにはあった。
男のロマンは一際異彩を放つ機械らしい動作音を響かせながら、走っていた。
走る姿と速度はまるで陸上選手のような有機さと、機械動作の精密性を持った無機質さが備わっている。
僕も工藤さんも、あんぐりと開いた口が塞がらない。
飛び交う驚愕の声、そこに紛れて誰かが追えと叫んでいた。
その野太い声に僕たちは時が止まったように静まり返り、次の瞬間には工藤さんが僕の名を呼んだ。
アレを、指差しながら。
「っ……はい!」
一歩遅れて指示を理解した僕は、エクソスケルトンを身に着けたまま走り出す。
いつもよりも軽快に、月面を走るような低負担、軽やかに走る陸上選手の動きが頭の中に浮かび、僕の動きと情景がシンクロしていく。
工藤さん、あの人の声が消えると現実までフェードアウトしていく気がした。
そしてパワードスーツをも遠ざかっていく。
スピードでまったく追いつけていない。
全力で走り続けた。
まだ明るい田舎道は雨跡の湿気が肌に纏わりつく。
いくらエクソスケルトンの補助があるとは言え、体力は限界だ。
都合がよいことに、パワードスーツは歩みを止めていた。
まるで僕を待っているのかように。
しかし距離は縮まっていた。横に目をやれば田んぼが広がる自然の中、エクソスケルトンを身に着けた僕と軍用のようなアレはさぞ浮いていることだろう。
後ろから走ってきたトラックの音、見て驚くがいい。
僕がこのパワードスーツを華麗に回収する様をな。
ジリジリと、接近するトラックの音に合わせるように静止した重装甲へ歩み寄る。
──僕が捉えていたはずの輪郭は、一瞬ブレた。
次の瞬間、空気が破裂した。
トラックが、潰れていた。
……視界から消えていた、続けざまに爆発のような轟音が耳に劈いたんだ。
それは真横、ただ通過し吹き抜ける風と化すはずだったトラックが……ブルドックの顔のように潰されていた。
理解が追いつかない。トラックが、潰れる音って、こんな音なのか?
パワードスーツは体中から蒸気を発しながら……トラックを両手で持ち上げる。
冷徹な機械の動作音は、轟音でおかしくなった耳でも聞こえてきた。
「うそ……?」
小さく呟く、僕の声さえも。
嘘みたいな状況で、それでもその音たちはこれは現実だと告げる。
胸の鼓動も告げる、今、まさに、ヤバい、と。
パワードスーツはゆっくりとした動作でこちらを向き、何トンあるかもわからない巨大なトラックを投げ飛ばしてきた。
粟立った背筋、硬直する足。
避けなきゃ死ぬ。
その思いが足をピクりと動かし、エクソスケルトンが意思を受け取る。
僕は跳ねた、バッタかウサギのように跳ねた。猫のように俊敏に避けられた。
あと一歩、一瞬の迷いで僕は……死ぬところだった?
僕の真後ろには、田んぼに頭から突っ込んだトラックがあることだろう。
歯がガチガチと触れあい、嘘みたいな状況に寒気が増す。
逃げる、逃げるか? 回収は無理だ、逃げるべきだろう。
このままでは……こ、殺される。トラックの運転手も、もう死んでいるだろう……生き死にだ、これは。
パワードスーツの歩みと同時に、別の足音も生まれる。
これは震える僕の足の音ではない、誰か居るのか?
「ハッ、トラックが田んぼに落ちてンじゃねぇか!?」
死が差し迫る無情な田舎道に似つかわしくない、少年の声。
視線をパワードスーツから外せないまま、少年の声だけが一人歩きする。
「ンだァ? ……あんたら、コスプレか?」
嘲笑気味の彼の声色に、僕は更に身を固めてしまう。
判断が、鈍る。
アスファルトに接着されたかの如く、僕は少年の声に聞き入ることしか出来ない。
「あァ……覆面被って不法投棄か! ってぇとお前らは……ッ!」
風が吹いた、それに煽られるように僕は体勢を崩しへたり込む。
絶望を思わせるような濡れたアスファルトに反して、その風には希望を感じた。
田んぼの青々とした緑色の絨毯を揺らすその風、その正体。
少年だ、少年の姿が見える。
風に靡く茶髪に食いしばった口元。好戦的な目つきの割にそうガタイは良くない。
しかし、少年の拳はパワードスーツを捉えていた。
「犯罪者だよなァ?」
勢いよく倒れ、ゴガンッと重低音を響かせるパワードスーツ。少年はそれに興味を失ったように僕へと視線を向ける。
「……お前もだよなァ?」
その瞬間僕はなにを問われているのか、問われてすらいないのかわからなかった。
ただ混乱と恐怖が上回り、股間から暖かい何かが滲んだ。
僕は何かを叫んでいた。
暖かさ、安心感、不快感、混乱、恐怖が同居する混沌とした脳も言葉は、自分でもなにを言っているのか捉えられない。
後ずさりする中、パワードスーツは起き上がる。
少し顔面の装甲がひしゃげている、化け物はパワードスーツか少年なんだか、わからない。
きっと、どちらともだろう。
「ど、どうしたらいいですか?」
思わず僕は聞いてしまった。意図せずに、ただ疑問がするりと口の中から滑り出た。
「自首に決まってン……しつけぇなァ!」
少年の足を掴み、軸にしながら立ち上がろうとするパワードスーツを少年は蹴り上げる。しかし今度の攻撃にはビクともしない金属の塊。
パワードスーツは少年にメンチを切るように顔を突き合わせ、胸倉を掴んで放った。
──丸めたテイッシュが如く、いともの簡単に吹き飛ばされる少年。
彼を僕は無意識に抱えていた。
「テメェ……小便つけんじゃねぇよ!」
「……しょうべ? なんです……!?」
少年は舌打ちを木霊させ、僕を引っ張りあげた。
僕のほうがまだ身長も高く、エクソスケルトンでかなりの重量であるにも関わらず、軽々しく。
あのパワードスーツに匹敵する力がある、そう思うだけでまた股間が暖かくなりそう。
「あぁいいわ、テメェは後! とにかくアイツだ、シバくンだよオラァ!」
「……はい? はい!」
もう考えられない、少年はどうやら味方らしい、戦うってんなら回収だ。
「俺がブン殴るからテメェは羽交い絞めにしろ!」
言葉と同時に少年は駆ける。
十メートルはありそうな距離を、地面を蹴っ飛ばしながらわずか六歩で駆け抜ける。
迎撃しようとするパワードスーツの突進をひらりと避けたまま後ろを取り、僕のほうへ蹴り飛ばしてきた。
話が違う。
僕はウギャァとオワァの中間のような声を発しながら、高校生の頃に猛特訓した構えを自然と見せていた。
効果はあるかわからない、しかし頭でも理解する。
これしかない、と。
腰を落とし、右手を引き、左手を突き立てる。
迫りくるパワードスーツと交差する瞬間に、体をひねって脱力した右手を添える。
崩術、そう呼ばれている超常武術の基本形。
──
受け止めるように右手を腹部に当て続け、確かに感じる暖かい流れを注ぎ込む。
満ちた。流し込んだのように
成功、した……。
「なに受け止めてンだぁ!?」
「ちが、そういう技なんです!」
肩で風を切るように詰め寄る少年に、僕はパワードスーツを投げ捨てながら弁明する。
こ、怖い面、ガキの癖に。
「技ァ……? あいたたた……ってオイ、あのコスプレ野郎まだ動いてンぞ」
僕を煽りながら、そう危機感を抱いていなさそうな声に僕も釣られる。
パワードスーツは確かに動いていた、しかし先ほどよりも、なんだか。
「動きが鈍ってんな……俺のキックがァ、効き過ぎたんだァ!」
いや有効打は僕の
我ながら惚れ惚れする
しかし、しぶと過ぎる。
一般的な
僕みたいな素人であっても筋肉弛緩くらいは……ってそうか、厚い金属の上から撃っても効果は薄いか。
「うぅ……きっと殺すまでついてくるに違いないですよ! 逃げましょう!」
「逃げるだァ!?」
僕は少年の手を引き、走り出す。
まだエクソスケルトンは壊れていないようでパワーアシストは機能している。
暗くなりつつ田舎道を、手を繋ぎ走る少年と僕。なにやらロマンスのようだ。アオハルを感じる。
「なんかぁ、そのぉ、青春みたいじゃないですかぁ?」
恐怖を紛らわせるように僕は猫撫で声で少年に尋ねると、彼は不服そうな顔はどこへやら、心底うんざりしたように眉を落とす。
半開きの口からからは、何を言うかすぐにわかる。
「キッンモ……」
そして僕は油断している自覚を取り戻して、首のハンドルを後ろへ切った。
僕もまったく同じ言葉を発してしまった。
パワードスーツが、仰向けで、腕と足の関節を逆にして……なんだあれ、蜘蛛みたいだ。
もはや化け物に追われる恐怖から幽霊に呪われる恐怖へと変貌しつつある。
恐怖が僕の肌に貼り付いて、思考が暗く閉ざされていく。
あれはパワードスーツではなかった、ロボットだ。
人間の関節はかように曲がりはしない。
もしも、中に人間がいるなら……とっくに死んでる。
「逃げてもしょうがねぇだろ! 家まで連れてってペットにでもすンのかよォ!?」
僕はもう、返事すらできなかった。
泣いている、涙と過呼吸で喋れない。足だけ動く、マシーンみたいに。
エクソスケルトンが止まることを許さない。
少年は僕の手を離し、物凄いスピードで走り去った。
「お、置いていかないでくだ……!」
思考の暗闇がまどろう中、絞り出した言葉。
その言葉が止まったのは必然、少年が踵を返していたからだ。
先ほどまで持っていなかった、道路標識を片手に携えて。
「オラァ!」
肩に担いでいた道路標識が、一時停止が──パワードスーツお化けの首元を抑え込んでいた。
もう終わりたい、この恐怖を終わらせたい、その一心で僕も走る。
「
辿り着いた瞬間、僕はパワードスーツへそれを撃ち込む。
何度も場所を変え、体中をまさぐるように
「なんだその光!?」
やがて──パワードスーツは、電池の切れた玩具のようにぐったりと倒れ込んだ。
「……やった、勝った! 勝ちました少年!」
「俺の名前は少年じゃねぇ小便タレマジシャン!」
僕の名前も小便タレではないのだが……。
「俺の名前は
「オオエド……ヤマトさん……」
僕はまたへたり込みながら、貼り付いた架空の青空を見上げる。
「僕の名前は……長内王雅で──」
「オサナイ小便タレガで十分だろォ」
ビショビショになって、冷たい股間を感じながら。手には未だ絶望を想起させる感触の中。
僕の意識は遠のいた。
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