第3話 星降る夜の魔法
安十六(アン・シーリウ)は、月餅(げっぺい)をちびちびとかじっていた。その時、扉の外からノックの音が聞こえた。
青銅のドアノッカーが三度目に鳴らされた瞬間、光蝕灯(こうしょくとう)が不意に金の輪を吐き出し、敷居の上に浮かべた。四つ年上の楊柏洛(ヤン・バイルオ)が背伸びをしてその光る輪に触れると、扉が開く。彼女の腕の中に抱えられた袋から、あやうく石榴(ザクロ)がこぼれ落ちそうになり、赤い絹の衣の裾が揺れるたびに、入り口の小さな花たちが揺れた。
安温(アン・ウェン)が閂(かんぬき)を外し、目尻に笑じわを浮かべて出迎える。
「十六(シーリウ)ちゃんと遊びに来たのかい? おや、柏洛(バイルオ)ちゃん、石榴山(ざくろやま)を丸ごと持ってきたのかね?」
「うん、パパとママも安おじさんに宜しくって」
老人は体を斜めにし、微笑みながら促した。
「入りなさい。新作の月餅が焼けたところだ、食べていくといい」
安十六が石臼の後ろから顔を覗かせると、親友の三つ編みの先に、摘みたての木犀(モクセイ)の枝が挿してあるのが見えた。その花は夜の闇の中で、七色の光暈(ハロー)を帯びて流れるように輝いている。
「安おじさん、これ見て!」
楊柏洛が突然、胸元のポケットを揺らすと、包装された十数個のミニ月餅が隊列を組んでふわりと宙に浮き上がった。それぞれの表面には、異なる月相の模様が浮かんでいる。
「父さんが省都から持ち帰った『幻形シロップ』で作ったんだよ。舌につけると、月の宮殿が見えるんだって!」
「ほっほぉ、なんだい、自分でもまだ味わってないのに持ってきたのかい」
「えへへ」
「珍しいものだねぇ。さあ、十六ちゃんのところへ行っておあげ」
老人が笑いながら煙管(キセル)で軽くつつくと、月餅の隊列はたちまち白い煙となって回転し、三日月の形をした船へと姿を変え、安十六のもとへと滑り出した。
安十六は思わず半歩近づき、弦月状のマストに鼻先をぶつけそうになる。包装された小さな月餅たちが、テーブルの上に可愛らしく積み重なった。
楊柏洛は小走りで駆け寄ると、抱えていた石榴を無造作に地面に置き、割れた石榴の一つを手に取って、隙を見て安十六の口に一粒押し込んだ。
「十六ちゃん、石榴食べて!」
弾けた果汁が、舌先で冷たい甘雨(かんう)となって広がる。
楊柏洛は笑って安十六の鼻先をちょんと突き、彼女が手に持っている月餅に目を留めた。
「後であたしが持ってきた月餅も食べてみてよ、すっごく甘いんだから」
「……柏洛(バイルオ)ちゃんも、まだ食べてないって言ってなかった……?」
楊柏洛は四つも年上だが、以前彼女自身が「名前で呼んでほしい」と言ったのだ。「お姉ちゃん」と呼ばれるのも悪くはないし、むしろ少し嬉しい気もするけれど、なんだか距離を感じてしまうから、と。安十六もそれを受け入れたのだった。
「あーもう、細かいことはいいの! 一緒に食べようよ」
安十六はこくりと頷き、また月餅を一口かじった。 不意に、楊柏洛が安十六の柔らかな頬をむにゅっと揉んだ。
「やっぱりうちの十六ちゃんは可愛いなぁ」
しばらくして、彼女は突然安十六の手首を引っ張った。
「行こう! 石頭(シー・トウ)婆さんが言ってたよ、今夜は露を踏んでも靴が濡れないって!」 (注:架空の神話伝承より)
安十六は手の中の月餅を見つめた。
「まだ食べ終わってない……それに、柏洛ちゃんは食べないの?」
「食べる時間はいつだってあるし、大丈夫! 手に持ったまま、歩きながら食べればいいじゃん」
「でも、柏洛ちゃんの月餅はどうするの……」
「ここに置いてくよ。もともと十六ちゃんへのプレゼントだし。ほら、行こうってば!」
安十六は手に持っていた食べかけの月餅を取り落としてしまった。 だが、地面に落ちる寸前で一筋の煙がそれを受け止め、ふわりと彼女の手の中へと戻した。
「早く帰ってくるんだよ」
安温は多くを語らず、手にした煙管を軽く叩き、静かに頷いた。
「じゃあ行ってくるね! バイバイ安おじさん、後でちゃんと十六ちゃんを返すから」
「私、おもちゃじゃないんだけど……」
楊柏洛は安温に手を振り、そのまま安十六を外へと連れ出した。
光蝕灯が驟(にわか)に光の束を伸ばし、二人のために道を切り開く。驚いた蛍たちが光る鯉のように集まり、少女たちの手首で鳴る銀の鈴を追いかけて遊弋(ゆうよく)し始めた。
安十六が月餅を口にくわえたまま振り返ると、叔父が崖蜜(がけみつ)を自分用の月餅に丁寧にかけているところだった。 古い槐(エンジュ)の枝の隙間から月光が漏れ落ち、蜜の表面に「十六」という二文字を凝結させたかと思うと、瞬く間に新しく滴り落ちた琥珀色に飲み込まれていった。
「とりあえずしまっておくとするか。この天気じゃ、虫がついて汚れちまうからな……子供ってのは、考えることが多いもんだ……」
安温は月餅の乗った皿を持ち上げ、屋敷の中へと入っていった。
二人の少女はすでに遠くへ行ってしまったが、門の外ではまた多くの足音が響き始め、彼女たちの足跡を追うように続いていった。
……
無意識に……いや、あるいは意識的に、彼女たちは明湖(ミンフー)のほとりへと辿り着いた。
明湖は、春苗村(チュンミャオむら)のそばにある最大の湖だ。中には水面から飛び跳ねる魚もいて、確かに面白い生き物たちだ。 子供たちは湖畔で遊ぶのが大好きで、楊柏洛と安十六も例外ではない。
楊柏洛は安十六の手を引いて湖畔の草地に座り込み、安十六もその隣に腰を下ろした。
月光が湖面で砕け散り、見る者の目をくらませる。 風が湿気を帯びて耳元を掠め、まるで絹の紗(うすもの)が青磁の縁を撫でるようだ。その冷たさが首筋を這い上がると、安十六は首をすくめたが、指先は無意識に風の行方を追い、虚空に漂う湿った夜の空気を掴もうとした。
「ここで見る月が一番丸いんだよねぇ、えへへ」
「ここに来たのは……ただ月を見るため?」
安十六は小首を傾げ、隣に座る楊柏洛を見つめた。
「そうだよ、月、綺麗でしょ」
楊柏洛は掌を掲げ、月に向けてかざし、指先から顔へと月光を滴らせた。
「それなら……どこでだって見られるんじゃない?」
「あー……それは違うの!」
安十六にはよく分からなかったが、それ以上は何も言わず、静かに楊柏洛の隣で月を眺めた。
それから間もなく、楊柏洛は腕時計を確認すると、すっくと立ち上がった。安十六の数歩前まで歩み進み、くるりと振り返って彼女に向き合う。
「ねえ、手品を見せてあげる。どう?」
「うん、十六(わたし)、手品すき」
「じゃあ、よーく見ててね」
そう言うと、楊柏洛は胸の前で両手を固く握りしめ、組んだ手を高く掲げた。
――バンッ!
彼女が掌を開き、両腕を広げた瞬間。
背後から一輪の花火が驟(にわか)に昇り、夜空で轟音と共に咲き誇った。 続いて一輪、また一輪と、光の花海が夜空を埋め尽くしていく。
湖面は絢爛たる夜空を映し出し、燃えるような朱砂(しゅさ)色の牡丹がまだ散らぬうちに、コバルトブルーのアイリスが妖艶に旋回して開く。 銀色の星の滝が流れる中、いくつかの琥珀色の流星がいたずらに遠くの隅へと飛び出し、「パチパチ」と小気味よい音を立てた。
花火が咲くたび、大地は白昼のように照らされ、瞬息万変の色彩を帯びる。 安十六の横顔もまた、その明滅の中で万華鏡のように色を変え、瞳の中には驚きの火花が踊っていた。
空気中に漂う微かな硝煙の匂い。それは祭りの後の余韻のようでもあり、命が燃焼した後の厳かな芳香のようでもあった。
「お誕生日、おめでとう!」
「……え、ええ?」
安十六が空を流れる火の粉に見とれていると、楊柏洛がいつの間にか背後に回り込んでいたことに全く気づかなかった。不意に視界が暗くなり、一対の手がそっと彼女の目を覆う。そして、髪の間に何かがひんやりと乗せられた。
「ジャジャーン!」
指の隙間から暖かな光が漏れ込み、手が退けられると、草地には赤いチェック柄のピクニックマットが敷かれ、三段重ねの苺のショートケーキが静かに鎮座していた。クリームの先端には、露のようなアイシングシュガーが飾られている。風に乗って漂う甘い香り、間違いなく苺の匂いだ。
彼女は頭に乗せられたものを手に取った――それは、野菊とラベンダーを編み込んだ紙の王冠で、花びらはまだ夜露に濡れていた。
……すごく綺麗……でもこれって、今日の主役専用の冠なんじゃ……?
パンッ! パンッ!
背後で数本のクラッカーが弾け、金箔と紙吹雪が舞い散り、天から降り注ぐ星の雨と美しく重なり合った。 ケーキの周りには薄い白霧が漂い、瞬く星屑たちを優しく草地へと押しやっている――この甘美な時間を守るために、優しい霧が寄り添っていたのだ。
「「「お誕生日おめでとう!!」」」
安十六は勢いよく振り返った。いつの間にか湖畔には村人たちが勢揃いしており、灯火に照らされた一人一人の顔には、花火よりも明るい笑みが躍っていた。彼女は思わず半歩後ずさり、指先で服の裾をぎゅっと掴んだ。
「で、でも、今日は私の誕生日じゃないよ……」
声は次第に小さくなっていく。
「私には……誕生日なんて、もともとなかったもの」
「なら、今日からあるの!」
楊柏洛は笑顔で彼女をケーキの前へと押し出した。
「ちょうど満一年だよ。あんたがこの町に来た日から――」
テーブルと椅子がぶつかる賑やかな音が響き、光蝕灯が朝日のように明るく輝いた。いつも村の入り口のガジュマルの下で将棋を指している陳(チェン)おじさんが、片手で椅子を担ぎ、もう片方の手でパイプを振り回しながら喚いている。
「安(アン)の爺さんの顔に免じて、お前らガキんちょの夜更かしに付き合ってやるんだからな! 嬢ちゃん、いい気になるんじゃねぇぞ。今度こそ一局勝ち取ってやる!」
首をすくめて意地を張ってはいるが、目尻の笑じわは隠せていない。 連れ合いの陳おばさんが、彼の額を叩くふりをした。
「あんたは一言多いの! 私らの十六ちゃんに一度も勝てないくせに、毎日将棋だなんて、村中の笑い種だよ」
おばさんは振り返ると、少女の手に金木犀の飴を握らせた。
「いい子だね、こんな頑固じじい、放っておきな」
「へっ、何言ってやがる。俺の将棋の腕前は村でも有名だぞ。都会から来た安の爺さんだって、本気出さなきゃ俺には勝てねぇってのに」
「はいはい、それでも小さな女の子には勝てなかったんでしょ」
「「そうだそうだー」」
「あれはたった一局だろ! 調子が悪かっただけだ! 安の爺さん、止めるなよ、この嬢ちゃんともう一局やらせろ!」
「ほっほっほ、うちの十六ちゃんは、将棋を習ってまだ数ヶ月じゃよ?」
「ぐっ、お前!」
「さっさとテーブル運びなさいよ、口閉じて!」
今度は本当に、陳おばさんの平手打ちが彼の頭に落ちた。
……
大人たちはまだ騒いでいるが、主役である安十六は言葉を発しなかった。
安十六は、キャンディの包み紙の上で揺れる細かな光の斑点を見つめていた。陳おばさんはいつもこうだ。豆を干すのを手伝えばこっそりポケットに蜜餞(ドライフルーツ)をねじ込んでくれるし、雨季には服を着込むように口うるさく言ってくる――その眼差しの意味を、彼女は知っている。とても優しくて、繭(まゆ)のように柔らかい。
彼女は無意識に、以前お祖父ちゃんにねだって買ってもらった繭の形をしたペンダントを見下ろした。 とても、温かい。
村の大人たちは賑やかに会場の準備をし、子供たちも走り回って手伝っている。主人公であるはずの安十六は、静かに草地に座り、皆が忙しく働く姿を眺めながら、無意識にスカートの裾をいじっていた――こういう場面で何をすればいいのか、本当にわからなかったのだ。
不意に、目の前に水色の包装紙で丁寧に包まれた小さなギフトボックスが現れた。結ばれたリボンは、几帳面な蝶結びになっている。
「これ……やるよ」
いつの間にか目の前に立っていたロ伊(ロイ)が、いつもより低い声で言った。この十三歳の少年は視線を泳がせ、決して彼女と目を合わせようとせず、耳の根元まで真っ赤に染まっている。
「誕生日プレゼントだ」
安十六は瞬きをし、とっさに反応できなかった。
「か、勘違いするなよ!」
彼女の躊躇を見て、ロイは慌てて付け加えた。箱を持つ手を頑なに突き出す。
「ただの誕生日プレゼントだ……ついでに、その……詫びだ」
正直、ロイが何を謝る必要があるのか、彼女には全く見当がつかなかった。けれど、引き結ばれた口元と、微かに震える手を見て、彼女はそれを受け取った。
その時、楊柏洛が悪戯っぽい笑みを浮かべて近づいてきた。自然な動作で安十六の肩に手を回し、ロイに向かって眉を跳ね上げる。
「十六ちゃん、誰かさんが言ってたよねぇ? 君が来たばかりの頃、字も読めないし喋れないって」
「え、そう?」
「誰だったかなぁ~? 全く見当もつかないや」
楊柏洛はわざと語尾を伸ばし、顔をますます赤くするロイを横目で見やった。
「でたらめ言うな!」
ロイは焦って声を荒らげた。
「おや? じゃあ、『おし(唖)とは遊びたくない』なーんて言ったのは、どこの誰だっけ~?」
楊柏洛は唇を引き結び、それ以上の酷い言葉を飲み込んだ――孤児であることを嘲笑うような言葉は、こんな日にはふさわしくない。
「うっ……あー……悪かったよ!」
ロイはうつむき、指で服の裾を強く握りしめた。
「あの時は、俺がガキだったんだ……」
彼は本心から、言うことを聞く妹が欲しかったのだ。血が繋がっていなくてもいいから。父と母はずっと外で商売をしていて、一年に数回しか帰ってこない。幼い頃から一人で育ち、孤独に耐えきれなかった彼は、溢れ出る感情で思考を濁らせてしまった。
大叔母さんと暮らす彼は、安おじさんや楊おじさんの家とは親しい方だった。村の人々は皆親切だが、そこまで親密だとは感じられなかったのだ。 楊柏洛というおてんば娘は、男と言っても過言ではないし、安おじさんには子供がいないという噂だった。友達とふざけ合っていても、どこか自分が独りぼっちだと感じていた。
なのに、あの日初めて会った、内気でうつむいてばかりの安十六を見た瞬間、どうしてあんな突発的な嫉妬に我を忘れてしまったのだろう――なぜ一番親しい安おじさんが、どこの馬の骨とも知れない子供に、あんなに良くするのか?
けれど、安おじさんに安十六の面倒を見るよう頼まれた時、上の空だった自分が誤って水に落ちてしまった時……必死になって大人を呼びに行ってくれたのは、その「ガキ」だった。口から漏れるのは、まだ完全には覚えきれていない、意味にならない声だったけれど。
泳げるから大丈夫だったとはいえ、心には言葉にできない感情が込み上げてきた。そんな妹に対して、これ以上嫌悪感など抱けるはずがない。
「謝ったんなら、いつまでも引きずらないの。湿っぽいのはナシ!」
安十六は二人を見つめ、何かを言おうと口を開きかけたが、結局は手の中の小箱をそっと摩るだけだった。
「さあ、十六ちゃん。ケーキ入刀といこうか!」
楊柏洛は自然に彼女の肩を抱いてケーキの方へと歩き出し、ロイの横を通り過ぎる時、少しだけ足を止めて、二人だけに聞こえる声で囁いた。
「今のあんたがどう思ってるか知らないけど、うちの十六ちゃんに妙な気は起こさないことね」
そして、あっかんべーと舌を出した。
ロイは楊柏洛の背中に向かって睨みつけたが、今はその時ではないと悟ったのか、あるいは諦めたのか、ぷいっと背を向けて去っていった。
少しの後悔を背負いながら。
けれど、そんな些細なハプニングも、皆の気分を害するには至らない。
明るい光の下、三段の苺ケーキの上で、蝋燭の火が優しく揺れている。楊柏洛はいつもの明るい口調に戻っていた。
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