第35話 復活のFJ25
レイジはとっさに耳を澄ます。
固く閉じられた扉の向こうで、何か争うような物音がする。
言い争う声も聞こえたが、うめき声共にそれも止む。
静まり返った空気の中、低い軋みを伴って扉が開く。
その向こうに立っていたのは、数日前に王都で別れの挨拶を交わしたばかりの男だった。
「リグナス!」
褐色の偉丈夫は「しっ」と顔の前に人差し指を立てる。そして低めた声で続ける。
「遅れて申し訳ありませんでした。看守役が交代するタイミングを見計らっていたのですが、なかなか好機が訪れなかったもので」
リグナスは、レイジたちの剣や拳銃といった護身用武器も持ってきてくれていた。
「どうして私たちを助けてくれるの? あなたも奴隷でしょう? 仲間を裏切ることになっちゃうじゃない」
ミアベルがいぶかしげ訊ねる。
おそらくは罠か何かだと疑っているのだろう。
「誤解無きよう言っておきますが、私がお助けしたいのはあくまでレイジ様一人です」
「……つまり、他の者はついでだと?」
「そうです」
リグナスは、全く悪びれる様子も無く真顔で断言する。
イシュメイルがふっと笑う。
「しかし、これからどうする? 身は自由になっても、周囲は敵だらけという状況は変わっておらん」
「知れたことだよイシュメイル艦長、敵を全て排除してディアルナを取り戻すまで」
「やれやれ、これは命がいくつあっても足りんな」
「リグナス、君も手伝ってくれるんだろう?」
「はい。最初に士官室を目指しましょう。そこに主だったランフィリア兵たちがまとめて捕らわれています」
「よし。逆反乱といこうじゃないか」
男たちが盛り上がる中、レイジは自分の太刀の重さを確かめるように手に持って上げ下げする。この流れだと、他人を斬るか他人に斬られるかということなるのだろうが、正直どっちも嫌だった。嫌な汗が流れ始める。
しかし、
「レイジ、君は先に一人で王都シルヴァリウスに帰るんだ」と、ベルナルドは意外なことを言う。
「――え? は? どうやって帰るんだよ?」
「そんなこと決まってるではないか、君には君にしか使えない翼がある。だろう?」
まさか。
「格納庫に行きたまえ。すでに完成している」
※
拘禁房を出ると、すぐに歩哨役の男と出くわした。
「!」
目が合うなりリグナスの得物が空気を裂いて唸る。
男は自分に何が起きたのか理解する間も無いまま左肩から右横腹を切り裂かれて絶命する。
リグナスが使っているのは、グレイブと称される薙刀のような武器だ。
リーチに優れ、槍のように突くことも剣のように斬ることもできる。しかし重さがある為に完全に使いこなすにはそれなりの技量が必要という武器だった。
五人は進む。
しかし次に遭遇した敵には通路のずっと向こうから発見された上に集団だったので、一撃で葬るというわけにはいかなかった。
すぐに大音声で警告が発せられ、兵士たちが集まってくる。
が、鮮血に染まったグレイブを構えてずんずん間を詰めてくるリグナスに、そいつらは途端に逃げ腰になる。
「リ、リグナス! おまえ裏切りかっ!」
その先頭に立った兵士を、リグナスは問答も無しに首を刎ねて一撃で殺す。
あまりに凄惨な有様に、レイジが気後れしていると、ベルナルドが横方向に続く通路の一本を示す。
「レイジ、格納庫はこっちに進んだ方が早いぞ! 行け! 急ぎたまえ!」
「お、おお、わかった」
「ミアベル、護衛について行ってくれるか」
「了解よ」
レイジは心中でほっとした。
情けない話だが、もし敵兵と遭遇して戦闘になってもやはり自分一人で対処するのは不可能に思えるのだ。
リグナスたちが乱戦に突入する物音を背後に聞きながらレイジとミアベルは走る。
通路を進み、階段を降り、さらに通路を進んだ。
幸いなことに一度も敵に遭遇せずに格納庫まで進むことができた。
遠く聞こえてくる騒乱とは裏腹に、ここはシィンと静まり返っている。
二人を待っていたのは二機の戦闘機。それから庫の片隅に使い残しの材料か何かだろうか、布に巻かれた十メートルくらいの棒状の何かが置かれている。
久しぶりに見るFJ25は、完全に別物になっていた。
全体的に表面はインフラクターの装甲のようなもので置き換えられているが、これは元々の表面全体が腐食していたせいであろう。せっかくのステルス性能が台無しだと思ったが、この世界にはレーダーが未だ存在しないので全く問題無い。
その表面を手で叩くと、明らかに金属質とは異なる感触が返ってくる。
「それは、砂漠地帯に住むサンドワームの甲殻を加工したものね。他にも、海竜の角質部や牙なんかも使われてるみたい」
「生物の一部かよ」
「生物部品は、騎士の甲冑の他にインフラクタ―の装甲にも一部使われてるわ。信頼性のある素材よ」
「ふうん」
そうは言われても、これで強度的に問題無いのだろうか、と不安がこみ上げてくる。
しかしもう状況は走り始めており、時間も無かった。
こいつに賭けてみるしかない。
「どうする? やめる?」
「いや、使ってみよう。壊れるにしてもシルヴァリウスまでもてばいい」
「で、どっちを使うの?」
FJ25は二機並んでいる。
最初に見つけた洞口機は青黒く仕上げられており、後から発見されたレイジの機体は騎士の鎧のような白銀系だ。一方青黒い方のはもしかしたら夜間迷彩を意識しているのだろうか。
レイジはしばらく悩んだ後、結局自分本来の機の方を選ぶ。
ミアベルがシャッターを開くと、深更の暗い空が視界に入ってくる。
冷たい風がどっと吹き込んでくる。
レイジは格納式の搭乗ラダーを出して操縦席に上がる。
実に四年ぶりの操縦席は、信じられないくらい様変わりしていた。
右に操縦桿、左にスロットルレバーという構成はそのままだったが、正面の液晶パネルはそっくり取り払われていた。補器類の操作スイッチも見当たらない。統合電源スイッチも無い。かつてフライト前に散々見てきたREMOVE BEFORE FLIGHTのリボンも当然無い
「ええ……、どうすりゃいいんだよ。これ?」
最低限の部分の操作方法をベルナルドに教えてもらってくれば良かった、と後悔し始めた時。
「ちょっとレイジ! お見送りが到着しちゃったみたいよ、行くなら早くして!」
見ると、格納庫の奥の通路から反乱兵たちがやってくるのが見えた。
ミアベルは自分の剣を抜いて走っていく。
レイジは苦し紛れに操縦桿とスロットルレバーをがちゃがちゃ動かす。
「ちくしょう! 頼む! 動いてくれよ!」
恐怖にかすれた情けない声が漏れる。
そこで初めて変化が生じた。
ドクン……。
唐突に、鼓動が、大きく、頭の奥で鳴る。
生まれて初めて感じる、なにか五感を超えた不思議な感覚が一挙に頭に流れ込んでくる。
それは、強いて言うなら夢の中で誰かに語りかけられているのにも似ていた。
レイジはようやく思い出す。
ベルナルドが言っていた『インフラクター制御の中枢であるゴーレムの脳には操縦者とリンクする精神感応力がある』という言葉。
そして次の瞬間には、FJ25を動かすにはどうすればいいか全て理解していた。
『回れ』と、明確な思考で念じる。
双発ターボファンエンジンに左右一個ずつ予め仕込まれた付与魔法『旋風』が反応し、タービンが回転し始める。
キャノピー閉鎖。
パーキングブレーキ解除。
機体内三十カ所に仕込まれた浮遊用アースライトが補助揚力を発揮し始め、機体が浮き始める。
ランディングギアを格納。
操縦桿を引くとアースライトの浮力調整が行われ機首がわずかに上がる。
スロットルレバーをじわりと押し込む。
エンジン前方から取り込まれた空気がコンプレッサーで圧縮され、高出力アースライトの熱によって一気に膨張。後方ノズルから吹き出し始める。
「よし行けるぞ」
そこではっと気づいて格納庫に視線を落とす。
ミアベルは、格納庫入り口で侵入しようとしている敵兵と激しく戦っていた。
「生きててくれよ」
レイジは低くつぶやき、前を見る。
推力をさらに増加させると、FJ25は押し出されるようにしてディアルナを離れた。
普通なら失速して墜落そうな状態だが、全て理解しているレイジは焦らない。
スロットルをミリタリーへ入れるとエンジンから激しく青い輝きが粒子になってぱあっと飛び散り、一気に加速。
「飛んだ」
ついにFJ25がエストリウム世界の空に舞う。
衛星測位システムも無いので自機がどこに居るのか、どちらを向いているのかわからない。
――ということを思った瞬間には次の変化が生じる。
機体にセットされた広域マッピングスキルが自動発動し、情報が前方に発生した透過型ウインドウに投影され、表や図形が表示される。文字は慣れないランフィリア語だったが、読むまでもなくおおよその内容は頭に流れ込んでくる。
浅くバンク角をつけながら旋回。
アナトリアに乗っ取られた空中艦が、だいぶ鈍い反応で砲座を向けてくるが最初の砲弾が放たれる前にはもうレイジは射程外に逃れていた。
「すっげえよ。最高じゃんこれ」
レイジは歓声を上げる。
目指す先はランフィリアの王都シルヴァリウス。
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