第4話
駅前の裏路地、雑居ビルの隙間にて。
「じゃーんけーん……」
「「「ぽん!!」」」
乾いた音が響き、その直後、三人の少女たちの歓声と、一人の少女の絶望的な溜息が重なった。
「うっそでしょ……また?」
御剣凛子は、自分の出した「チョキ」を恨めしそうに見つめた。
対する三人は全員「グー」。完全なる敗北だ。
「じゃ、運搬よろしくぅ!」
タンク役のマコが、満面の笑みで自分の背負っていた麻袋を凛子に押し付ける。
「魔力切れで腕が上がらないのよねぇ。頼んだわよ、力持ち」
魔法使い役のカレンも、優雅に自分の荷物を追加する。
「……ん。お疲れ」
偵察係のスイに至っては、無言で一番重い袋を乗せてきた。
「はぁ……みんな薄情すぎない? 私だって体力がカツカツなんだけど」
凛子は文句を言いながらも、パーティ全員分の戦利品の魔石が詰まった麻袋を両手で抱え上げた。
魔物の腹の中に溜まっているこれらは、パッと見はただの宝石の原石。だが、然るべき機関で換金することで多額の報酬を得られる仕組みが整っている。
しかし換金場所までは自力で運ぶ必要がある上に、今回の総重量は約四十キロだ。
「じゃあ、解散! お疲れぃ!」
仲間たちは手を振って去っていく。凛子は一人、ずしりと重い「報酬」を抱え、いつもの聖域へと足を進めた。
◆
カランコロン、とドアベルが鳴った時、俺はカウンターの中でコーヒーミルの分解清掃をしていた。
暇なのだ。この店『純喫茶・ハイカラ』の午後の静寂は、深海3000メートルのそれに匹敵する。俺が窒素酔いになるか、店が潰れるか、どちらが先かというチキンレースの真っ最中だ。
「いらっしゃいませ」
俺は油で汚れた手を布巾で拭きながら顔を上げた。そこに立っていたのは、いつもの人だった。
セーラー服の少女、御剣凛子。
今日の彼女には、いつものような「怪我」や「焦げ跡」は見当たらなかった。
その代わり、重そうな麻袋を両手で抱え、よろめく演技をしながら入ってきた。歩くたびに、ジャラ、ジャララ、と硬質で不穏な音が店内に響く。
凛子はカウンターにたどり着くと、その麻袋をドサリと床に置いた。その衝撃で砂糖壺が小さく跳ねる。
「……重そうだね。何が入ってるの?」
「これ? パチンコ玉……に近しいもの」
「なら近くで換金してからおいでよ!? 持ち歩く必要なくない!?」
「や、本当にそうなんだよね。ここが換金所までの通り道でさ。疲れちゃったから休憩がてら寄ったんだ」
凛子は可笑しそうに笑うと、麻袋の口を少しだけ広げて見せた。中から、赤や青、紫色に輝く不揃いな結晶体が覗いた。
「ま、中身はただの石ころ。けっこうイイ値がつくんだけどね」
「……綺麗な石だね。宝石の原石?」
俺の脳裏に、ニュースで見た「貴金属店強盗」の映像がよぎる。あるいは、外国から密輸された非合法なブツか。
「凛子ちゃん。その石、どこで? 通報するつもりはないけど……危ないことに巻き込まれたりしてないよね?」
俺は声を潜めた。もし盗品なら、関わるわけにはいかない。
だが、凛子が犯罪に巻き込まれているなら話は別だ。俺の深刻な表情を見た彼女は、口元に手を当ててふふっと笑った。
「どこだと思う?」
彼女は試すような上目遣いで、俺を見た。その瞳は、いたずらっ子のように輝いている。
「港?」
「や、身体の中から」
「……え?」
「あいつらの、お腹の中。こんなの溜め込んでて、欲張りだよね」
「……!」
俺は息を呑んだ。腹の中に、溜め込んでいる。その言葉の意味するところは、一つしかない。
運び屋だ。
違法薬物や宝石をカプセルに入れ、飲み込んで密輸する。人によっては体内に入れて持ち込む人までいると聞いたことがある。
そして、国内での運び屋が彼女……?
いやいや、そんなリスキーなことをしないといけないくらい困っているのか……
「切開して取り出すのが大変で。ナイフが滑って、何度も失敗しちゃったんだよね」
彼女は自分の手を見つめ、楽しそうに言った。爪の間に、わずかに赤黒いものが残っている。
「切開……」
俺はめまいを覚えた。彼女は、運び屋の腹を裂いて、ブツを取り出したと言うのか。いや、まさか生きたままじゃないだろう。死体から回収したのか?どちらにせよ、猟奇的すぎる。
「凛子ちゃん、悪いことは言わない。その仕事からは足を洗うんだ」
「や、それは無理。世界が滅亡しちゃうから」
「世界はそんなことじゃ変わらないよ。そうだ! ここでバイトしたらどうだい? 給料は弾むよ? 生活はできるくらいは出すから。本当……悪いことはしないでほしいんだ」
このまま凛子が道を踏み外したら寝つきが悪くなる。
俺が真剣にじっと目を見てそう言うと凛子は穏やかに微笑んで頷いた。
「ん……私もね、喫茶店の店員ってやってみたかったんだ」
「なら……」
「だから、もう忘れていいよ。これはただの加工された石だから。私ね、服飾学科に通ってて、そこの制作で使うんだ。だから、怪しいバイトとかじゃないから」
「それは……本当かい?」
「ん。本当だよ。店長さんの反応が面白いからからかってたんだ」
凛子は本当にそうだとわからせるために少し大袈裟にニッコリと笑っている。だけど、本人がそう言うなら信じるしかない。
「わかったよ。なら……それで。ちなみにバイトと話はどうする? 本当に募集してるよ?」
凛子は店内をぐるりと見渡してふふっと笑った。
「私の人件費だけで赤字になりそうだけど?」
「凛子ちゃんがいない時は混んでるんだよ」
「本当に?」
「凛子ちゃんも本当のことしか言わないなら俺も本当のことを言うよ」
「ふふっ。ならいいよ。私がいない時は満席なんだなーって思っておくから。けど……バイトの話は大丈夫。色々と忙しくて、シフト入れそうにないし」
「……そっか」
「でも……本当にありがとう。そこまで心配されると思わなかったよ」
――――
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