第3話 これは教育的指導です
翌日の放課後、誠之はお悩み解決部の部室に入る。昨日、明日も部活はあると桃子から教えられていたからだ。
「よぉ」
部室は二つの部屋に分かれていて、手前の部屋にはテーブル一つに椅子が五脚、右の棚の上には鞄を置いていて、左には本棚がある。奥には誠之が昨日寝転がされていた六畳ほどの和室がある。
部室には誠之以外の全員が来ていて、誠之が今日一番会いたかった瑠香もいた。誠之はまっすぐ瑠香に向かって歩いていく。
瑠香は誠之の様子には気づいていないようでスマホをポチポチといじっている。
「朽葉っつたか。お前俺に何か言うことねぇか? 」
呼びかけられた瑠香はスマホから目を離し眉を顰めて誠之を睨みつける。
「何? 文句ならいっぱいあるけど」
瑠香の態度に誠之は昨日の怒りが再燃する。
「昨日のこと覚えてねぇのか? 」
できるだけ声を荒げないように意識するものの怒りで震えた声となる。
「何よ? 」
瑠香は誠之の様子にビクッと体が反応する。が、負けじと瑠香は睨みつける目をさらに鋭くした。
誠之は鞄から昨日着けられた足枷を取り出して、瑠香の前に置く。ゴトンと重い鉄の音に興味のなかった周りも顔を上げてテーブルの上を見た。
瑠香は目の前の足枷を見て最初は怪訝な顔をしていたが、徐々に昨日のことを思い出したのか「あっ」と声を出した。
「どうやら思い出したみてぇだな? 」
瑠香は足枷を見つめたまま冷や汗をダラダラと流し始める。目がう右往左往とキャラキャラ動く。
「で、何か言うことはねぇのか? 」
瑠香はチラチラと誠之を見る。誠之はジッと怒りを込めて見つめる。瑠香はビクッと怯え体を小さくし顔を俯かせてぷるぷると震える。
「だ、だって」
「あ゙?」
「だってしょうがないじゃない! あん時私も大変だったの! アンタに構ってる余裕なんてなかったのよ!! 私は悪くないの! バーカ、バーカ! 」
「開き直った上に逆ギレかよ! 」
涙目で誠之を睨みつけ叫ぶ瑠香。誠之も睨みつけると瞬時にビクッと怯える瑠香。瑠香は体をさらに小さくし、誠之から見て可哀想になるくらい怯えてしまった。文句を言いたかっただけでここまで怖がらせるつまりのなかった誠之はやりすぎたかと反省した。
「事情くらい聞いてあげたら? 」
誠之達の会話に興味なさそうに頬杖をついてスマホをいじっていた彩葉が事態を見かねたのか誠之に提案した。一理あると思った誠之は瑠香から事情を聞くことし、瑠香に何があったんだと聞いた。瑠香は昨日のことを話そうと口を開こうとして、みるみると顔が赤くなっていった。
「何言わせようとしてんのよこの変態! 」
「今度は濡れ衣かよ! いいからちゃんと話せ! 」
誠之の迫力に押し負けた瑠香はまたぷるぷると体を震わせ泣きそうになりながら話しはじめた。
「うぅ、昨日部室を出た後誰にも会わないようにトイレに向かって、鞄からパンツを取り出そうとしたらなくって、それで能力でパンツを取り寄せて、履いて部室に戻ろうとしたら先生に見つかって、リボンがないって怒られて、そんなはずないと思って確かめたらなくって、多分パンツと交換で持ってかれてて、見つかった先生が生徒指導の高木先生だったから、指導が怖くて鞄の中を必死に探してそれでもなくて、そしたら説教されて、ようやく終わったと思ったら鐘が鳴って、最後に罰としてトイレ掃除をしてから帰れって言われて、掃除し終わって帰る頃にはもう忘れてました。……ごめんなさい」
「……」
瑠香の声が段々と小さくなっていく。誠之は瑠香の不憫さに何も言えなくなった。チラチラとこちらを伺う瑠香の頭に誠之はポンと手を置いた。その手に瑠香はビクッと体が反応した。
「お前も大変なんだな」
誠之は瑠香の不運さが他人事のようには思えなくてつい妹を宥めるように頭を撫でる。
「ところで鍵がないのにどうやって足枷の錠を外したんですか? 」
桃子が誠之に問いかけた。
「あー。ダチに手伝ってもらってな。なんとか外したんだよ」
「なんでもいいけど、それものづくり部から借りてきた物だからアンタが責任持って返してきてよね」
「何で俺なんだよ! お前らが返せよ!」
勝手につけられ、自力で外した挙句に返してこいと言う理不尽な要求に誠之は声を荒げた。
「嫌よ。めんどくさい」
「めんどくさいで押し付けんな! 」
「いいから、部長命令ね」
「っ! 」
部長命令に従う義理は誠之にはないと思ったが、いつの間にか彩葉の右手には昨日眠らされたスプレーが握られていたため不満を飲み込むことにした。
「ちなみにこれは化学部ね」
彩葉は右手に持ったスプレーを掲げて振る。
「こっちにも今度からアンタに言ってもらうから」
「だから何で俺なんだよ! 」
「部長命令ね」
「っ」
彩葉は掲げたスプレーをいつでも発射できるように誠之に向けた。その圧に負ける誠之。誠之は自分が少し情けなく思った。
「い、い」
彩葉の圧に負けるし、よく分からん部活に今後顔を出さなければならないと辟易していた誠之の耳に瑠香の小さい声が聞こえた。
「ん? どうした? 」
「いい加減頭を撫でるのはやめなさいよー! 」
瑠香は誠之の手を払った。誠之は無意識だったが、彼の手は瑠香の頭をずっと撫で続けていた。
「あ、悪りぃ、悪りぃ気づかなかった」
苦笑いを浮かべて誠之は瑠香に謝った。瑠香は頭を両手で押さえて涙目でキッと睨んでいる。
「ねぇ」
声が聞こえて全員が振り返ると、開かれた扉に背中を預けた女子生徒がいた。
「悩みあんだけどいい? 」
彼女は身長160cmほどでくすんだ金髪に両耳にはピアス、スカートをかなり短くしている少女が扉に背を預けてこちらを見ていた。リボンの色から三年生とわかる。誠之が部活に入ってから初めての依頼者であった。
「どんな悩みですか? 」
彩葉は座ったまま相手の方に体を向ける。
「……彼氏について」
金髪の少女は下を向き、毛先を左の人差し指でくるくるいじりながら答えた。
彩葉は振り向き誠之達の顔を一人一人じっくり見た後金髪の少女に向き直った。
「無理ですね。他を当たってください」
「断んのかよ! 」
誠之が予想外の返答に叫んだ。少女も断られるとは思っていなかったのか狼狽した顔をしている。
「仕方ないわよ。私達で力になれることなんてないんだから」
彩葉はこんなことも分からないなんてといいたげな呆れた表情をした。誠之はイラっとしたが依頼人の手前グッと堪えた。
「何でだよ。聞かなきゃわかんねぇだろ? 」
「アンタは何も分かっていわね。いいうちの部員は恋人が誰一人としていないのよ。どうやって悩みを解決するのよ」
「ちょっと待ってよ! 」
瑠香が彩葉の発言に立ち上がって抗議した。
「何? 」
彩葉は顔色一つ変えることなく堂々と構える。
「私に恋人いないってどうして決めつけるのよ! 」
「ならいるの? 」
瑠香の剣幕に動じることなく淡々と切り返す。
「そりゃ、いる……わけじゃないけど」
瑠香は桃子の視線と急に持ち出したスタンガンに気づき、発言を修正した。
「過去には? 」
「……いないです」
瑠香は最初の威勢を無くし静かに座った。その体は小刻みに震えている。そしてキッと赤くなった顔で誠之を睨みつけた。
「笑いたきゃ笑えばいいじゃない! この変態! 」
「俺に当たんなよ! 」
彩葉は瑠香以外の女子メンバーに視線を移した。
「一応聞くけど恋人いたことある? 」
「ないです」
「……ない」
「私に選ばれた幸運な人は残念ながらいませんね」
桃子のスタンガンが炸裂しないことから全員嘘を言っていないことが分かった。誠之は昨日桃子と話した時に人となりを知った。その時少なくとも桃子には嘘を判別できる能力があると誠之は信じることにした。
彩葉は今度は誠之の方を向いた。
「で、アンタもない」
「そうだな」
誠之の恋人事情は昨日部員全員に知られているので今更気にすることでもなかった。
そして彩葉は桃子の方を向く。
「先生もない」
「はい」
「私もいたことないから、悩み聞いたって碌な解決策でないわよ。それにあの様子じゃ相談内容は彼氏の浮気よ」
彩葉はチラッと金髪の少女に視線を送った。
「なっ、まだ疑惑だし! 」
図星だったのか声を荒げる金髪の少女。
「ね? そんなめん……難しいこと恋愛未経験者達には手に負えないわよ」
「今、めんどくさいって言おうとしなかったか? 」
誠之の言葉には何も返さず、彩葉は立ち上がり金髪の少女に近づく。
「というわけで、先輩には悪いけど帰ってもらえ ますか? 浮気調査なら諜報部なり風紀委員会なりにやって貰えばいいですから」
彩葉はぐいぐいっと、金髪の少女の体を部室の外に追い出そうとする。
「それが出来ないからここにきてんでしょうが! 」
金髪の少女は押し出されないように抵抗する。相談だけでも受けようと思い誠之が二人の間に入ろうと近づこうとするが、それより早く桃子が二人に近づいていた。
「まぁ、緋宮さん。せっかくですから相談だけでも聞きませんか? 実は私、その浮気男について知りたくて」
バチバチ、バチィとスタンガンを鳴らせながら笑顔で彩葉に問いかける桃子。
「……はい」
桃子に案内されて中へと入る金髪の少女。壁にかけてあったパイプ椅子を持ってきて少女を座らせた。冷蔵庫から小さいお茶を一つ取り出し少女の前へ置く。
「そういや俺はどこに座ればいいんだ? 」
この部室には椅子がパイプ椅子含め六脚しかないため、誠之が座る場所がなかった。
「アンタはそこにでも立っといて」
彩葉は入り口付近を指差した。
「いえ、こちらに座ってください」
桃子が自分が座っていた席を引いて、誠之に座るよう促す。
「いや、いいよ。先生が座ってくれ」
誠之は断ってドアの前へ移動する。
「いえ、先生が生徒を立たせるのは体罰にあたりますから」
「……それはそのスタンガンをしまってから言ってくれ」
「これは教育的指導です」
ニコッと笑顔でスタンガンを掲げる桃子に誠之は体をぶるっと震わせた。
「最近鍛えようと思ってたから気にすんな」
「……嘘ではないようですね。でしたら生徒の自主性を尊重するのも先生の役目ですね」
桃子は席につき、誠之はドアを閉めてから背中を預ける。
「ではお話を聞かせてくれますか? 」
桃子の一声で金髪の少女は自分の悩みを話し始めた。
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