チートなしの転生者ですが、ハッタリと演技力だけで最強たちを圧倒していたら、いつの間にか「裏社会のボス」だと勘違いされています

悠木倫

入学試験編

第1話 「未来が見えている」とハッタリをかましたら、チート持ちが勝手に自滅しました

 「お得意のチートスキルを使ってくれてもいい。じゃあ、殺すなよ」


 ――殺すなよ、か。

 審判は軽く言うけれど、裏を返せば「殺しかねない奴もいる」ってことだよね? 結界が閉じられる音が、まるで処刑場の扉が閉まる音のように響いた。


 目の前に立つのは、正真正銘のチートスキルを持った転生者、ソウ・スレイマン。   対する僕は、転生者のくせにスキルを何一つ持っていない、ただの詐欺師。


 僕の武器は、ハッタリと基礎魔法だけ。  まずはこの、殺る気満々の男のチートスキルを「特定」しなきゃいけない。死にたくなければ。


 「あんたが噂のクレイヴか」

 ソウが嗜虐的に笑い、右手に持った木刀をだらりと下げた。

 「へえ、僕は君のことを知らないけど。よろしくね」


 余裕ぶった笑みを張り付け、僕は脳をフル回転させる。武器は木刀。距離は五歩。   あの構えからすると、強化系か、斬撃を飛ばすタイプか、高速移動か。転生者特有の傲慢さが滲み出ている。あの木刀がブラフの線は薄い。真正面から叩き潰す気満々だ。


 「君、能力者同士の戦いは初めてかい?」  「ああ、だが平気さ。この俺様が切れないものなんて、この世にないからな!!」


 ……はい、バカでよかった。「切断特化」確定だ。物理的な斬撃なら、間合いは最大でも五歩。それ以上は届かない。なら、一旦後退して仮説を確かめよう——


 そう判断した、瞬間だった。ソウが、その場から一歩も動かずに剣を振った。


 「ッ……!?」


 世界が、バグったように跳ねた。

 ソウの一閃が空間そのものを切り裂き——僕と奴の間にあった「五歩分の距離」が消滅したのだ。


 気づけば、鼻先数センチのところに奴がいた。


 「——!?」

 反射的に体をのけ反らせる。遅れて、空気が悲鳴のような断裂音を上げ、僕らの間の床が綺麗に消失していることに気づく。


 アイツ、空間ごと切りやがった……!

 高速移動じゃない。文字通りのワープ。  マジかよ。それって、クソ危なくない?


 心臓が早鐘を打つ。冷や汗が噴き出る。  ……けれど、おかしい。空間を切って距離をゼロにできるなら、なぜその延長線上で「僕の首」ごと空間を切らなかった? 奴はワープした直後、動きを一瞬止めていた。


 ……なるほどね。見えたぞ


 僕は震える膝を理性で抑え込み、表情筋を総動員して、あくびが出るほど退屈だという顔を作る。


 さあ、演技の時間だ。この最強の能力者を、偽りの言葉だけでハメ殺してやる。


 「……危ないなぁ。君、その能力、切る対象を選べないんじゃない?」


 ソウの肩がビクリと震えた。

 「なっ……お前、まさか……」


 見れば誰でも気づくことだ。彼の軌跡上にあるものは、床だろうが空気だろうが、無差別に両断されている。だから彼は、僕の手前で空間切断を止めざるを得なかった。僕ごと空間を切れば、それは「試合」ではなく「殺人」になってしまい、即不合格になるからだ。


 でも、僕はあたかも「全てお見通し」だという風に、大げさにため息をついてみせる。


 「やっぱり、今回もそこで驚くんだね」  「……あ?」

 「今の攻撃、3回目だよ。少しは学習したらどうだい? 同じ未来を繰り返すのは、僕も疲れるんだ」


 会場がどよめいた。ソウの目が驚愕に見開かれる。

 「3回目? おい、今始まったばかりだぞ」

 「繰り返す? まさかあいつのスキルは……」


 ——かかった。ソウの剣先が迷いで止まる。  勿論僕には「未来予知」も「時間遡行」もありはしない。あるのは、観察眼とハッタリだけ。


 「対象を選べないってことは、攻撃のたびに周囲ごと無駄に魔力を削るってことだよね? それ、長期戦は無理ってことじゃない?」


 そう言って、僕は両手を打ち鳴らす。   基礎魔法の水と火の同時展開。

 ジュゥッ!! という音と共に、爆発的な水蒸気が視界を白く塗りつぶした。


 「なっ、目くらましか!?」

 「いいや、マーキングさ」


 チートスキルを持たない僕が、生き残るために研ぎ澄ませてきた基礎魔法の応用だ。  ソウの斬撃は不可避の速攻。だが、空間を切れば真空が生まれる。濃霧の中なら、その「切断された軌道」がくっきりと見える。


 「ここで一つ、予言だ」

 僕は霧の中に身を隠し、高笑いを響かせる。  「君はあっけなく僕に負ける。そんな無様な未来を晒す前に、ここで降参する方がこれからの学園生活のためなんじゃない?」


 「ふざ、けるなあああああ!!」


 霧の向こうで、ソウが絶叫と共に剣を振るった。白い蒸気が、渦を巻いて裂ける。  ——見えた。斬撃の軌道。焦りと恐怖で狙いが定まっていない。僕はそれを、半歩下がるだけでやり過ごす。


 ……悲しいね。神に愛され、チートスキルを与えられても、結局このザマだ。


 「終わりだ。ストーン」


 僕は斬撃の起点——無防備な頭上を狙って、生成した岩塊を落とした。ドガッ、という鈍い音。遅れて、土煙と共に結界が解除される。


 「勝者、クレイヴ・デュセプ!!」

 僕は深呼吸する。……ようやく、演技の終幕だ。

 程なくして意識を戻したソウが、僕に一言。

 「殺して良いルールだったら、初撃で俺の勝ちだ」

 いや、マジでそうなんだよな。

 僕は笑って応酬。

 「違いないね、でも。僕もチートスキルを使っていたら、そんな負け惜しみは地獄で言うことになってた。あるいは、死んだら元の世界に戻るのかな?」

 僕は内心の焦りを隠すように、もう一度深呼吸する。この世界で生き抜くための演技は、まだ始まったばかりだ。


<次回更新:今日18:10>

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悠木倫

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