由衣ちゃんの血を舐めたい。

・みすみ・

全力投球

 寒いな。

 朝、部屋のカーテンを開けて思った。


 空がくらくて、どよどよしている。

 天気とつながってるみたいに、起きたときから、からだがおもたい。


 朝食は、いつもと同じ、トーストと野菜ジュースとヨーグルトだ。

 いつもより、うすっぺらな味がする。


 だからって、わたしの親は、熱もないのに、学校をやすませてなんてくれない。

 ギリギリ昭和生まれは、これだから、困るよ。


 わたしは冴えないきぶんで、いつものように登校した。


 さいわい明日は土曜日。小学校は休みだ。

 1日乗りきれば、なんとかなる。


 だるさをなるべく意識しないようにして、給食まで過ごした。


 給食には、けんちん汁が出た。おなかがあったまったのがうれしかった。

 冷たい牛乳は、となりの席の西山にしやま宇宙こすもにあげた。


 昼休み、友だちの阿久里あぐり信太しんたが、ふらふらわたしの席にやってきた。

三木みき〜、今日ってさ、夕方から寒くなるんだって」


 ちょうど、前の席が空いていた。

 阿久里は、イスを横向きにして、こちらを向いて、すとんとすわった。


「阿久里、外あそびに行かないの? 西山たち、もう行っちゃったよ」

「今日はいい」

 5年3組の教室には、はんぶんくらいの子が残っていた。


 高学年になると、だんだん、やすみ時間に外あそびに行く子も減ってくる。

 とくに女子は、ドッジボールなんかよりも、友だちとしゃべるほうがだいじみたいだ。


 好きなアイドルの話。

 好きな男子の話。

 いつのころからか、なかよしどうし、教室のすみにかたまって、くすくす、コイバナを楽しむようになった。


 同じ池でちゃぷちゃぷ泳いでいたおたまじゃくしの仲間たちは、足が生え、尾がなくなり、陸に上がって、楽しく恋を歌っている。

 わたしは、ぬるい水の中で、いまだ知らない陸の上をぼんやり感じてているだけだ。


「寒くなるって、雪でもふるの?」

 自分の机にからだの上はんぶんをうつぶせて、だらだらしていたわたしは、起き上がった。

「かもね」

「つもるかなぁ」

 2月、世界でいちばん寒いときに期待するものといえば、年に1、2度、数センチばかり積もる雪だ。


 わたしの席は窓ぎわ、前から3番目だ。

 阿久里とふたりで、窓の外を見た。

 朝よりもっと、空が下りてきている。

 灰色の雲が、うごうごしている。


「積もったら、あしたの朝、第3公園で雪合戦しようぜ。なるべく早めに!」

 阿久里が誘ってきた。

「いいね。あしたまでに元気になろうっと」

 わたしが、やる気を出して答えると、

「やっぱり、しんどい?」

 阿久里が気づかってくれた。

 いいやつだな、阿久里。


 クラブチームに入って、サッカーをやっている阿久里は、冬でも肌が浅黒い。

 去年から同じクラスだけれど、風邪なんかで休んだことはない。


 病気知らずのわりに、他人のからだを気づかえるやつだから、阿久里はめっちゃ、モテる。

 見ならいたいものだ。


「なんだろう、熱はないのに、熱っぽい」

 うーんと考えながら答えた。

 阿久里が、無造作にわたしのひたいと、自分のひたいに手を当てた。

 阿久里の手は、あたたかかった。


「熱はないな。でも、6時間目の体育は、休めば? インフルエンザの始まりかもよ」

「計画帳に、見学しますって、書いてもらってない」

 親からの連絡がないと、体育は休めないルールだ。


「書いてもらってなくても、女子って、しょっちゅう、急に足が痛いとか言って、体育休んでるだろ」

「いっしょにするなし」

 わたしは、文句をつける。

 男友だちからは、あまり、女子あつかいされたくない。


「オトコマエ〜」

 阿久里が茶化ちゃかしたので、

「あたりまえ〜」

 わたしもふざけて返して、笑いあった。


   ❆ ❆ ❆


 5時間目が始まる前に、そうじ時間がある。

 今週、わたしたちの班は、女子トイレの担当だった。


 階段のとなりにある、暖房のついていないトイレは、ただでさえ冷える。

 おまけにそうじ時間は、換気のために窓を開けなければならない。


 北風がヒャーって言いながら入ってくる。


 使い捨てのビニール手袋1枚では、カバーしきれない寒さだ。

 教室のロッカーに、ぎゅうぎゅうに突っ込んでいるジャンパーを着てくれば良かったな、と思った。


「ミッキー、ゴミ集めてくれる?」

 同じ班の子に言われ、

「はいはい」

 と、軽く返事をする。


 ほんとうは、この作業はきらいだ。

 5年生フロアにあるトイレは、毎日、汚物入れに、使用済みナプキンが捨てられている。

 

 ふたを開けた瞬間にただよう生々しいオンナノコの気配。

 いつも、「開けるぞ」と、気持ちをきゅっと準備してからでないと、取りかかれない。


 便器の横にかがみこんだら、ぴりっと胸がひきつれた。

 ため息が、でる。


 運動会の練習がはじまる前の日曜日、お母さんが新しい下着を買ってきてくれた。

 胸のぶぶんが二重になったタンクトップだ。

 

 わたしがむすっとだまると、

「遅いくらいよ。今まで早苗さなえは、背が小さいからよかったけれど、この夏、だいぶ身長が伸びたでしょう。さすがに5年生なんだから。クラスのみんなもそうよね?」

 お母さんはあきれ顔で、でも断固として言った。


 たしかに、成長のはやい子は、4年生のはじめには、もうカップ付きの下着をつけていた。


 こそこそと前かがみになって、体操服に着がえる姿を、かわいそうだなと思って見ていた。


 5年生もおわりの今では、ノーマルのタンクトップ1枚なんて子はいない。

 ちゃんとした、ホック付きブラジャーをつけている子だっている。


 みんなこうやって、痛むのをがまんして、ふくらんでゆく胸と付き合いながら、大人になっていくんだ。


 わかってる。


 外あそびがイヤなのだって。

 男女混合ドッジボールは死んでもムリって拒否するのだって。


 生理中は、動きたくないものらしいし。

 男子の全力ボールを胸で受けたら、死ぬほど痛いし。


 ……本気で女子にボールを投げつけてくる同学年の男子なんて、もう、ほとんどいないけどね。

  

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