あなたに花を、この手には刃を。〜片思いの相手を魔王に殺され、天才魔法使いは覚醒する〜

春生直

第1話 彼女の全ては恋だった


──私はあいつを、一生許さない。


それは、彼女が英雄と呼ばれるようになる、5年前のことだった。



☆☆☆☆☆ シルマ村にて


「……ねえ、大きくなったら、私のことをお嫁さんにしてくれる?」


ミラリアとネリウスは、兄弟のように仲の良い幼馴染だった。

二人はいつも一緒にいて、いつしかミラリアの胸の中には、彼に対する恋心が育っていた。


「もちろんだよ、ミラリア。君の願いは全て叶えたいんだ」


ネリウスが恋について理解していたかは、分からない。

けれど、彼がミラリアのことを人間として好きなことには、間違いがなかった。


二人は、自然豊かな辺境の村で育った。

ネリウスは豊かな黒髪の巻き毛につぶらな黒い瞳をしていて、12歳とあどけないのに、どこか人を魅了するところがある少年だった。

ミラリアは長い栗毛に、ヘーゼルナッツ色の瞳。お洒落でませた女の子で、同い年のネリウスの妻になることだけが、彼女の夢だった。


ある日のことだった。

ミラリアとネリウスはいつものように村の奥にある山で遊んでいた。


花畑で花冠を作りながら、ミラリアは恥ずかしそうに言う。


「──ねえネリウス。私、あなたのことが好きよ」


彼女の栗色の髪が、風に揺れる。

ネリウスは笑って答える。


「もちろん、僕も君のことが好きだよ!」

「もう!好きって意味、本当に分かってる?」

「他に、意味があるのかい?」


やはりネリウスは、あまり彼女の気持ちについて分かっていないようだった。


ミラリアは、ネリウスに恋をしている。

好きと言う言葉の意味について、彼女が説明しようとした時──


ざわり。


周りの木々が不気味にざわめいて、辺りが急に暗くなった。

なんだか、ひどく嫌な胸騒ぎまでする。


ざわざわざわざわ。


月が昇ったのかと思って、空の明るくなった方を振り向くと──


「ミラリア!」

「ネリウス……!」


二人は、顔を見合わせて青くなった。


──そこには、山羊のような角を蓄えた、赤い瞳の男が空に浮かんでいた。

背丈も肩幅も、並みの男の三倍ほどもあって、人間ではないことが分かる。

黒い衣をはためかせる、その者の正体は──


「魔、王……」


ミラリアとネリウスは、その姿を見て呆然と立ち尽くした。

国境の村を魔王が襲っていることは知っていたけれど、まさか自分たちの村にやってくるとは。


彼の口は両側に裂けるほど大きく、それを歪ませてにたりと笑った。

──二人の子供の姿を捉えて。


「あぶない、ミラリア!」


ネリウスは木の棒を拾い、ミラリアをかばって前に飛び出した。


「僕が時間をかせぐ間に、逃げるんだ!」


棒を構える彼の身体は、がたがたと震えていた。


「そんな、だめよネリウス! 一緒に逃げて!」

「二人ともやられるよりはマシだ!」


彼女は彼を説得しようとするが、彼は魔王の前から動こうとしない。


「ああ、せめて剣士や魔法使い様が近くにいれば!」


ミラリアは歯噛みするが、辺りに人影はなく、彼らは何の能力も持たない、ただの子供だった。


魔王は彼らの様子を見て、地獄の底から湧き起こるような低い声で笑った。


「ははは……弱き人間の子よ! どうせ二人とも死ぬのに、殊勝なことだ!」


そして、びゅうんという音を立てて、ネリウス目掛けて飛びかかる。


「それなら、まずはお前だ!」

魔王は彼の木の棒を、いとも容易くへし折った。

「くそっ!」


ネリウスは、あっという間に魔王の大きな手に掴まれる。


「やめろ! 離せ!」


彼は苦しそうにもがくが、魔王の身体はびくともしない。

魔王は、陶然とした顔で彼を見つめた。


「ああ、若くて良い匂いがするーー食ったら、さぞかし旨いことだろう!」


「やめて!」


ミラリアは、手当たり次第周囲の石を拾っては魔王目掛けて投げつけるが、上空に飛んだ魔王には、何一つ当たらない。


「そう急がずとも、お前もすぐに食ってやる」


眉根を寄せた魔王は、次の瞬間大きく口を開けて、その奥に牙が光ったかと思うと──


「やめてえええええ!!!」


ごきり。


骨が折れる音がして、ネリウスの頭が、魔王の口に噛みちぎられた。

噴き出す血飛沫が、ぼたぼたとミラリアのそばにまで落ちてくる。

野原にいくつもの、血溜まりができる。


バキ、バキバキバキ。


そしてあっという間に、ネリウスの身体だったものは咀嚼され、魔王の腹の中に収まった。


「あ、ああ……」


あまりのことに、ミラリアは声も出ない。魔王は満足そうに口を拭った。


「──あああああああっ!!」


暗い野原に、彼女の絶叫のみが響いた。

涙も出ず、彼女は放心して──


「さあ、次はお前だ」


魔王は、今度はミラリアの方に飛んでくる。にたにたとした、悪魔のような笑みを浮かべながら。


「……してやる」


彼女は俯いたまま、呟いた。


「何だ? 聞こえないぞ。冥土の土産に、聞いてやろう」


おかしそうに、魔王は彼女の顔を覗き込む。


「……殺してやる!!!」


彼女が目を見開いた、その刹那。


がたがたと地が揺れ、いくつにも足元が割れた。


「殺してやる、殺してやる、殺してやる……!」


風がごうごうと吹き荒び、雷までも轟いた。森の木々が千切れて、魔王目掛けて襲いかかる。


「何っ……『魔力持ち』だと……⁈」


「あああああああっ!!!」


彼女の攻撃は、止まらない。

魔王は迫り来る木の枝をへし折って回るが、あまりに多いので、いくつかは彼の身体に突き刺さる。


「ちっ……こんな辺境に魔法使いがいようとはな」


そう舌打ちすると、彼は高く飛び上がり、勢いをつけてその場から飛び去った。


「殺してやる、殺してやる、殺して……!」


ミラリアの力はしばらく暴走を続け、森を切り裂いていたが、しばらくして、事切れたようにその場に倒れ、意識を失った。

魔力が切れたのだった。


──この世界では、『魔力持ち』として生まれた人間は、鍛錬の末に魔法使いになれる。

ミラリアが自分の持つ魔力に気づいたのは、皮肉にも、一番大切な人を失ったときだった。


彼女が欲しかったものは、もう永遠に手に入らない。


「殺して……やる……」


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