第2話 殺したいなら、剣を取れ

ミラリアが倒れているところを、通りがかった村人が助けてくれたらしい。 

彼女がいなくなって心配していた母親は、血まみれになりながらも無事だった彼女を見て、たいそう喜んだ。

しかし彼女は憔悴しきっていて、そこから三日三晩寝込んだ。


ーー殺さなきゃ。あいつを。


魔王の夢を見て、ミラリアは自宅のベッドの上で飛び起きた。


「ああ良かった、ミラリア! 目が覚めたんだね!」

つきっきりで看病していた彼女の母親の顔には、疲労と安堵が浮かんでいた。


「ネリウス、ネリウスは⁈」

まだ混乱した頭で、ミラリアは母親に掴みかからんばかりの勢いで訊ねる。


母親は、顔を歪めて下唇を噛んだ。

「かわいそうなミラリア、ネリウスは魔王に殺されたのさ。あの子のかわいい巻き毛が、野原に落ちていたそうだよ」

「そんな……」

では、やはり自分が見たものは、夢ではなかったのだ。


もう、この世界にネリウスはいない。

その事実が、ミラリアを絶望の底に突き落とす。


ミラリアの目から、涙が溢れ出し、とどまることを知らない。

「……ネリウスがいない世界で、私生きていたくないわ」

ネリウスのお嫁さんになることだけが、夢だったのに。

彼がいてくれれば、何一つ他に要らなかったのに。


「ああ、ミラリア!」

母親がミラリアを抱きしめる。

ミラリアは母親の背中をわしづかみにし、身体を大きく震わせて泣き声を上げた。


「ネリウス、ネリウス、ネリウス……!」

いくら呼んでも、彼が戻ってくることはない。

ミラリアは、いつまでも泣き続けた。


1週間経っても、ミラリアは生きる気力が湧かなかった。

ご飯もろくに食べず、部屋にこもっていた。

このまま、ネリウスのとこのに行ってしまいたい。そんな願いさえ、頭をちらついた。


「ええっ、また魔王に襲撃された村があったのかい⁈」

ある晩、居間で両親が話している声が聞こえてきた。


「ああ、何でも今度は、村ごと皆殺しだとよ。ひでえもんだ」

「ネリウスのこともあったし、うちの村も他人事じゃないね」

ミラリアはその話を聞いて、思い出した。魔王に感じた、あの憎しみを。


ーーそうだ、あいつを殺さなくては。

ミラリアの身体がぞくりとして、家がかたかたと震える。彼女の魔力は、まだコントロールされていなかった。


「あらいやだ、鼠かしら」

両親がうろたえていても、構うものではない。


魔王を殺すためには、どうしたらいい。ミラリアは、一生懸命考えた。


☆☆☆☆☆


「剣を習いたい⁈」

ミラリアがそう言い出したら、両親は仰天した。


「ええ、だって、魔王を倒すには力が必要でしょう? この村に魔法使いはいないから、せめて剣を習いたいわ」

堅い意志を持って、ミラリアは宣言する。魔法を習うには、王都まで行かなくてはいけない。

しかし、それまでに、せめて自分の身が守れるぐらいの剣の腕が必要だと思ったのだ。


「かわいそうなミラリア、ネリウスを喪って、頭がおかしくなってしまったんだね」

父親が腕組みをして考えた。

「あんた、いずれ正気に戻るさ。今はミラリアの好きなようにさせてやろう」

母親も加勢してくれる。

「……そうか、そうだな。それじゃあ、父さんの知り合いの剣術道場に連れて行ってやろう」


☆☆☆☆☆


その剣術道場は、村のはずれにあった。

父親が師範らしき老人に挨拶して、ミラリアを紹介すると、たちまち老人は機嫌を悪くした。


「きみ、女の子とは聞いていないぞ。女の子は、剣なんてやらないもんだ」

そう言われた父親は、恐縮した様子で同調する。

「はあ……そうですよね、ガーモンド先生。どうも、申し訳ない」

そして、ミラリアに帰るよう促した。


しかしミラリアは、帰ろうとはしない。老人を睨め付けて、口の端を少し上げた。

「……剣を振るえないのは、私が女だからですか」

面倒臭そうに老人は答える。

「そうじゃ。女の子は、家で大人しくしていればいい。分かったら、帰るように」


それでも、ミラリアは食い下がる。

「では、私が女でなければいいのですね」

「そうじゃが……?」

だんだん老人も冷たい返答になってきた。


ミラリアは、笑みを浮かべてつかつかと歩き、道場に置いてある剣を掴んだ。

「あっ! それは真剣じゃ、危ない!」

老人が注意するのも聞かず、ミラリアは剣を持ち上げーー


じょきり。


彼女の長い栗色の髪が切り取られ、ばらばらと床に落ちた。

「何をしている、ミラリア!」

父親が大きな声を出すが、ミラリアは平静のまま老人に言った。


「魔王を倒すためであれば、女であることなど、捨てます。私のことを鍛えてください」

肩の上で切られた髪を揺らして、ミラリアは言った。

ネリウスがいない世界で、女である必要はなかった。


あっけに取られたように彼女を見つめていた老人は、しばらくして、おかしそうに笑った。

「ふぉふぉ、面白い小娘じゃ! よかろう、それほどの覚悟があるのなら!男として生き、剣を学ぶが良い!」

「先生!」


父親の心配する声も聞かず、老人はミラリアに言った。

「儂の名は、グレゴリオ・ガーモンド。以降、先生と呼ぶように」

ミラリアは、大きくうなずいた。

「先生、私の名は、ミラリアーーいえ、です」


そして彼女は、男として剣術道場に入門した。

ミラリアは、ネリウスと共に死んだのだ。

彼女は、強くなると心に決めているーーミラリアスの名と共に。

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あなたに花を、この手には刃を。〜片思いの相手を魔王に殺され、天才魔法使いは覚醒する〜 春生直 @ikinaosu

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