第4話 初スキルの正体

正直に言って。

俺は、

スキルの名前が派手だったらどうしようかと、

少しだけ期待していた。


【剣聖】とか。

【時間操作】とか。

最低でも【身体強化】くらいは欲しい。


ダンジョンの石壁にもたれながら、

俺は目の前に浮かぶ文字列を、

まばたきもせずに見つめていた。


【スキル解析中】


まだ、確定していない。

取得した、という感覚だけが残っている。


「……佐倉さん?」


隊列の後方で、検査役の自衛官が声をかけてきた。


「何か、見えましたか」


「ええと……

なんか、頭の中にメッセージが」


そう答えた瞬間、

周囲の視線が一斉に集まった。


羨望。

警戒。

期待。


その全部が、重たい。


「無理に喋らなくていい。

戻ってから確認しよう」


その言葉に、

俺は黙って頷いた。

正直、

確認するのが少し怖かった。


ダンジョンから出た瞬間、

空気が軽くなった。


太陽の光。

アスファルトの匂い。

それだけで、

生きて帰ってきたと実感できる。


簡易施設の一室で、

俺は椅子に座らされた。


向かい側には、

眼鏡をかけた研究員風の女性。


「では、意識を集中してください」


俺は目を閉じた。


頭の奥に、

確かに“何か”がある。


それに触れると――


【スキル確定】


音がした。


【技能名:耐性補正(微)】

【効果:環境・状態変化への適応力を僅かに向上】


……。

沈黙。


「……以上、です」


俺は、絞り出すように言った。


研究員の女性は、

一瞬だけ表情を固め、

すぐに事務的な顔に戻った。


「確認しました。

記録します」

それだけ。


隣の部屋から、

誰かの声が聞こえた。


「マジかよ!

【炎属性付与】だって!」


「当たりじゃん!」


胸の奥が、

少しだけ冷えた。

耐性補正(微)。

強くもない。

派手でもない。


ゲームなら、

真っ先に切り捨てるスキルだ。


「……やっぱり、ですよね」


思わず、口から零れた。


「俺、適性低いって言われましたし」


研究員の女性は、

ペンを止めた。


「佐倉さん」


彼女は、

はっきりした声で言った。


「このスキルは“外れ”ではありません」


「え?」


「ただ――

“目立たない”だけです」


意味が分からず、

俺は首を傾げる。


「多くの探索者は、

強さで死にます」


「……」


「ですが、

生き残るのは、

たいてい“壊れにくい”人です」


その言葉は、

不思議と胸に残った。

その夜。

俺は支給された簡易宿舎で、

天井を見つめていた。


耐性補正(微)。


戦えない。

敵を倒せない。


でも――

今日のダンジョンで、

俺は一度もパニックにならなかった。


足が竦むことも、

頭が真っ白になることもなかった。

もしかして。


「……これか?」


恐怖。

異常な空間。

常識外の現実。

それに、


“慣れる”力。

強くなる力じゃない。

折れない力。


地味で、

役に立たなさそうで、

でも確実に――生存に直結する。

俺は、小さく息を吐いた。


「悪くないかもな」








遥か上。

観測領域の外で、

元人間の上位存在は、

そのログを静かに承認した。


【例外判定:なし】


平凡。

だが、理想的。

人類は、

特別な英雄だけでは前に進まない。


「……いいスキルだ」


誰にも聞かれない場所で、

彼はそう呟いた。

それは祝福ではない。

ただの事実だ。


佐倉悠真は、

今日も生き延びた。


それこそが――

この世界で、

何よりも価値のあることだった。

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