第3話 冒険者誕生
正直に言うと、
俺は世界を救おうなんて一度も思ったことがない。
テレビをつければ、
どのチャンネルでも“ダンジョン”の話題だ。
黒い穴。
異形の怪物。
自衛隊の応戦。
専門家とか、評論家とか、
そういう肩書きの人間が、
「人類の進化」とか「文明の転換点」とか
大げさな言葉を使っている。
だが、
俺の日常は何も変わらない。
変わらないはずだった。
「……コーヒー、高くなってね?」
コンビニで値札を見て、そんなことを考えている時点で、
俺はたぶん普通の一般人なんだと思う。
名前は佐倉 悠真(さくら ゆうま)。
二十七歳。
職業、派遣社員。
取り柄はないし、
特別な才能もない。
そんな俺でも、
この世界に居場所がなくなる予感だけは、
はっきりと感じていた。
「ダンジョン探索員、募集?」
スマホの画面を、
俺は二度見した。
政府公式サイト。
よくある詐欺広告とはフォントが違う。
――探索補助要員
――年齢・性別不問
――危険を伴う可能性あり
可能性、じゃねえだろ。
「……正気かよ」
そう呟きながらも、
俺の指はスクロールを止めなかった。
報酬欄を見て、
心臓が少し跳ねた。
「月給……四十五万?」
派遣で手取り十八万の俺には、
現実感のない数字だ。
理由は分かっている。
命の値段だ。
俺はスマホを閉じ、
棚に並んだ弁当を見た。
どれも、微妙に高い。
世界は、すでに変わり始めている。
変わらない人間から、
切り捨てられる。
「……はは」
笑えない冗談だ。
応募してから、三日後。
俺は、
体育館を改装した検査会場にいた。
周囲を見渡せば、
学生、主婦、フリーター、無職。
共通点は、
人生に余裕がない顔。
「スキル?
……それって、あのゲームみたいな?」
前に並ぶ大学生が、係員に聞く。
「ええ。
ただし、出現は保証されていません」
スキル。
最近よく聞く言葉だ。
ダンジョンから生還した人間の、
ごく一部にだけ発現する“能力”。
何条件かは不明。
発現率も不明。
つまり、
希望と一緒に撒かれた、餌。
俺の番が来た。
簡単な身体検査。心理テスト。 適性確認。
どれも、普通。
「……佐倉さん」
係員が、
少し困った顔をした。
「探索適性、低めですね」
「でしょうね」
自覚はある。
「それでも……
参加されますか?」
俺は、
ほんの数秒考えた。
考えて、“やめる”理由は、
一つも見つからなかった。
「はい」
そう答えた。
俺は選ばれたわけじゃない。
ただ、残った選択肢に手を伸ばしただけだ。
ダンジョンは、
旧物流倉庫の地下にあった。
仮設通路。
照明。
武装した自衛官。
あまりにも現実的で、
逆に怖い。
「初回は、入口付近のみだ。
無理はするな」
隊長の声が、
やけに遠く聞こえる。
「行け」
俺たちは、
黒い“境界”を越えた。
空気が変わる。
冷たい。
重たい。
足元の床は石畳。
天井から、水音。
ダンジョンの中だ。
心臓が、
うるさい。
「……佐倉さん?」
隣の女性が、
震えた声で呼ぶ。
「あ、はい。
大丈夫です」
大丈夫なわけがない。
でも――
その瞬間。
【スキル取得】
音が、頭の内側で鳴った。
俺は、理解した。
世界が、
俺を“認識”した。
【新規適応個体、確認】
識別:佐倉 悠真
特性:低水準
資質:平均以下
……それでも。
「君か」
私はそのログを、
何度も見返した。
飛び抜けた才能はない。
だが、折れていない。
人類の進化は、
いつもこういう個体が支えてきた。
【スキル内容:未確定】
まだ形もない力。
だが、
これでいい。
君は、
“英雄”ではない。
だからこそ、
君はここにいる。
佐倉悠真は、
この日、初めて「探索者」になった。
彼自身が、
その重さを理解するのは、
もう少し先の話だ。
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