地上33階のタワマン幼馴染が、距離感バグったまま一緒に入り浸ってくる件 〜豪華な共用施設で、世界一じれったい恋を〜
Nano
第1話 バーラウンジで因数分解
有明の夜は、いつも少しだけ現実離れしている。
地上33階建て、総戸数1085戸のタワーマンション「ブリリアマーレ有明」。その最上階が、まるで夜空に浮かぶ光の帯のように輝いていた。レインボーブリッジのオレンジ、東京タワーの赤、お台場の観覧車の光。全部が手の届きそうな距離に見える。
そして、その最上階にあるのが住民専用のバーラウンジ「THE 33」。
重厚な扉を開けると、ジャズのサックスが低く響き、大人たちがグラスを傾けながら小声で話している。窓の外は180度以上の東京夜景。まさに「世界一豪華な共用施設」と呼ばれるだけはある空間だった。
そんな場所の、まさに中央のテーブルに──
「高2数学 追試対策ワーク」
という、表紙がヨレヨレの安物ワークが一冊、堂々と鎮座していた。
「……ねぇ湊。ここ、暗すぎない?」
頬杖をついてぐったりしているのは、1505号室に住む幼馴染の美玲だった。
部屋着のパーカー+ショートパンツという完全に「家モード」の格好で、長い髪を無造作に束ねている。ストローをくわえたまま、俺をじとーっと見上げてくる。
「文句言うなよ。家のWi-Fiよりここの方が爆速なんだ。動画見ながら解説見れるだろ」
俺、湊は頭を抱えながらシャーペンを走らせていた。追試まで残り三日。このままじゃ本当に赤点だ。親にバレたら確実に殺される。
「雰囲気出すのはいいけどさぁ、これじゃ因数分解のマイナス記号と乗算記号の見分けがつかないの。老眼になるわよ私」
「だったら帰れ。お前の部屋でやれ」
「えー、ひどい」
美玲はむくれて、俺のシャーペンの尻を人差し指でちょんちょんつついてくる。距離が近い。相変わらず意味不明に近い。
そこへ、黒服のバーテンダーが音もなく近づいてきた。
「お待たせいたしました。アイスカフェラテと、フレッシュオレンジジュースでございます」
置かれたグラスは、底が厚くて重そうなクリスタル製。コースターも刺繍入り。どう見ても高校生が持つには場違いすぎる。
美玲はストローを咥えたまま、俺を上目遣いで見てくる。
「てかさ、なんで私の部屋じゃダメだったの? 新しいゲーム買ったのに。一緒にやろうって言ったじゃん」
「お前の部屋行ったら、お前が即座にゲーム始めて勉強どころじゃなくなるだろ。……マジで今回の数学、死ぬんだよ俺」
俺はため息をつきながら、次の問題に取りかかる。
このマンションの管理費、月十数万は軽く飛んでるらしい。それを払ってる親に顔向けできるように、少しは恩恵を活かさないと。
「発想がセコいなぁ……あ! 見て見て湊!」
美玲が急に立ち上がって、窓の外を指差した。
黒い海の上を、屋形船がゆっくりと滑っていく。提灯の灯りが水面に揺れて、まるで別の世界みたいだ。レインボーブリッジが背景にそびえている。
「屋形船、今日多いねー」
「集中しろよ。あとこのページ終わらせたら帰るからな」
「えー! 鬼! 悪魔! 管理組合に通報する!」
美玲はふてくされて、また俺のシャーペンをつつく。
「……ねえ、これ全部終わったらさ、スパ寄ってかない?」
「お前だけ行ってくればいいだろ。俺は帰って寝る」
「つまんないのー。湊と一緒に入れたら楽しそうなのにねー」
「ブッ!!」
思わずラテを吹きそうになった。
「声デカい! 周り見ろよ! ここ混浴じゃねーからな!?」
周囲の大人たちが一斉にこっちを見た。死にたい。本当に死にたい。
結局、時計が23時を回るまで粘って、なんとかワーク一冊を終わらせた。
「あー疲れた! 脳みそが糖分欲してるー。1階のコンビニ寄ろ?」
「もう23時だぞ。太るぞお前」
長い廊下を歩いてエレベーターホールへ。絨毯が厚すぎて足音が全然しない。
エレベーターが来て、二人で乗り込む。他に誰もいない。
階数表示が「33」から一気に落ちていく。高速エレベーター特有の、耳が降下する感覚。
急に、静かになった。
「……耳、ツンってした」
「唾飲み込めよ」
美玲は鏡に映った自分を見ながら、髪をいじっている。
「ねえ湊。……私、最近ちょっと髪伸びたと思わない?」
「……そうか? 先月と変わってないだろ」
美玲がくるっと振り返って、俺に顔を近づけてきた。
上目遣い。距離、10センチもない。
「見てないの? 毎日会ってるのに?」
「ち、近えよバカ……」
その瞬間、彼女の笑顔がすぐそこにあった。
エレベーターの冷たい金属壁を背景に、なぜか美玲だけが異様に輝いて見える。
「もっと私のこと、よーく見てないとダメだよ。……因数分解より、ずっと難しい難問かもしれないよ?」
「……は? 意味わかんねーよ」
顔が熱い。視線を逸らした瞬間、
チン。
15階到着。
ドアが開く。
「あ、着いた! じゃあね湊、明日学校でー!」
美玲はいつもの明るい声に戻って、自分の部屋へ走っていく。
俺は1506号室の前で、鍵を持ったまま立ち尽くしていた。
(……難問すぎるだろ、お前)
玄関で靴を脱ぎながら、深いため息をついた。
このマンションのエレベーターは、本当に速すぎる。
もう少しだけ、長く一緒にいたかったなんて。
絶対に、口が裂けても言えない。
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