第2話 雨宿りの夜に〜扉の先の「過去」〜

 長い回廊の途中、ひとつだけ強く光っている扉があった。

 結衣は無意識に手を伸ばす。


「開けてもいいですか……?」

「もちろん。きっと、そこが“結衣さんが止まっている場所”です」

 ゆっくり扉を開ける。


 中は小さな会議室だった。

 デスクと書類の山。

 時計の針の音が妙に大きい。


 そして……

 結衣の“過去の自分”が座っていた。

 疲れ切った顔で、まぶたをこすりながら資料を読み込んでいる。

「あ……これ、あの日の……」

「後輩さんがミスをした日ですね?」

 結衣は息を呑んだ。


 後輩・三浦が真っ青な顔で立っている。

『すみません! 俺が間に合わなくて……!』

『大丈夫、私が確認してなかったせいだから』

 そう言っている“過去の結衣”。


 澪が静かに尋ねる。

「どうして庇ったんですか?」

「……あの子が責められたら、きっと辞めちゃうと思ったから。……あの子なりに、一生懸命やってたから……」

「それは“優しさ”ですね」

 結衣は首を振った。


「違う。違うの。ほんとは……私が“優しいって思われたいだけ”だった。“いい人”って言われたいだけの、自己満足だったの……!」

 膝が震えた。


「全部、全部……私が悪いんだよ……」

 その瞬間、部屋の奥に黒い影が揺れはじめた。

 澪が目を細める。


「……出てきましたね。“結衣さんの影”が」

 黒い霧のような影が形を成し、細い声で囁きはじめる。


《もっと頑張れたはず》


《期待を裏切った》


《あの日の失敗は、全部あなたのせい》


 結衣の呼吸が浅くなる。

「……やめて……やめて……!」

 影はどんどん大きくなり、会議室の壁を黒く染めていく。


 澪は結衣の腕を掴んだ。

「結衣さん。影に飲まれる前に、行かなきゃいけない場所があります」

「どこに……?」

「“本当の結衣さんの声”が眠る場所です」


 光の扉が足元に広がった。

 二人は手を取り、光へ飛び込む。

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