4章:第一発見者
第11話
三階の廊下の一番突き当り西側の部屋をノックする。しばらく待つと中から返事が聞こえてきてドアのカギを開ける音が聞こえる。半開きのドアから顔を出した荒川は警察の後ろに控える二人の人物を見て驚いた顔をした。
「先ほど連絡をした神崎です」
神崎が荒川に警察手帳を見せた。荒川は軽く頭を下げる。視線は手帳より奥の二人の方に動いている。
「南さんのことをいろいろ尋ねるのに後ろの二人に協力してもらっているんです。彼らも一緒にかまいませんか?」
一瞬、とまどった表情を見せたがすぐに「ここでは何なので、中にお入りください」とドアを全開にした。荒川が用意しておいてくれたスリッパに履き替え「失礼します」と言って奥に進む。
「三人で来るとは聞いていたけどまさか磐田先生と柳瀬くんが来るとは思っていなかったわ。わかっていたらもう少し部屋を片付けといたのに」
座卓の周りに案内しながら荒川がこぼす。あらかじめ三人で訪れるとは伝えていたが誰が来るかまでは伝えていなかった。
荒川に促されて腰をおろして、思わず周りを見てしまう。荒川はああ言ったが十分きれいに片づけられている。普段からこの座卓で作業をしているのか、座卓にはクマちゃんのキーホルダーのついたUSBメモリーが差しっぱなしのノートパソコンが置かれていた。本棚には哲学書がきれいに並べられている。
女の子っぽいものがあふれているわけではないが、ちょっとした小物に上品さが感じられる。以前、オンラインでの打ち合わせをした時に由香の部屋を見たことがあるが、ピンクピンクした由香の部屋とは大違いだ。
「コーヒーでよろしいですか?」
荒川がキッチンの方から三人に尋ねる。神崎は「いえ、お構いなく」と返すが荒川は「苦手でなければ遠慮なさらず」と押し切った。個装されたドリップ式のインスタントコーヒーに順にお湯を注ぐとたちまちほろ苦い香りが立ち込める。
お盆に載せた四つのカップを座卓まで運んで「どうぞ遠慮なさらずに」と三人に差し出し、四人で座卓を囲んだ。
「こんな時に気をつかわせてしまって申し訳ありません」
代表して神崎がお礼を述べる。ここに来るまでの打ち合わせで、あくまで磐田と譲は警察に協力している立場なので、まずは神崎が主導して話を聞くことになっている。
「いえ、一人でいるといろいろ考えこんじゃって。話し相手がいる方がいくらか気持ちも紛れます」
「そういってもらえると助かります」
神崎の言葉に荒川は静かにうなずき、磐田の方に視線を移す。
「磐田先生とも一度ゆっくりお話ししてみたいと思っていたんですが、まさかこんなかたちでお部屋に来ていただくことになるとは……」
そこまで話してハッとした表情を荒川が見せる。
「すみません、余計な話をしてしまって。それで聞きたいこととは何でしょうか? 私にできることなら何でも協力したいと思っています」
「ありがとうございます。南さんのことについてもう少しいろいろ教えていただければと思いまして。最近の様子におかしなところや、誰とトラブルになっていたなど気にかかることはありませんでしたか?」
荒川の表情がわずかに曇る。
「……警察は朋子が殺されたと疑っているということでしょうか?」
神崎はできるだけ荒川に不審に思われないようできるだけ温和な表情で言葉を返す。
「いえ、当事者の情報をできるかぎり集めるのは事件、事故に関わらず行っていることです。いろんな角度から集めた情報を警察は総合的に判断します」
神崎の説明に荒川は完全には納得していない様子だったが「そういうことなら」と渋々承諾した。岩田は黙って神崎と荒川のやりとりを見ている。岩田の表情はゼミ室で数式に向かっている時のように薄っすらと笑みを浮かべているが、わずかな綻びも見逃さないという雰囲気が譲には伝わってきた。
「……朋子の気にかかるところですよね? 正直、あまりなかったです。ゼミの発表会前にも二人で一緒にご飯に行ったりなんかもしたけど、そのときもいつもと変わりませんでした」
「人間関係のトラブルとかは?」
荒川は少し考えた首を横に振った。
「私の知る限りは全く。朋子は頑張り屋さんで人から恨まれるような性格ではなかったです。高校から朋子を知っていますけど誰かと揉めているとかケンカしているなんてのも聞いたことがないです」
南のことを思いだしたのか荒川の目に涙がにじみ始める。荒川は「……すみません」と涙を拭う。
「やっぱり朋子に限ってトラブルや自殺なんてことは考えられません。私は事故だったんだと思っています」
神崎はそれには一切反論せず黙って聞いていた。声を詰まらせて訴える姿から嘘や偽りの色が見えなかった。荒川の姿は見ているだけで痛々しいものだった。その様子に普通の感覚の持ち主ならそれ以上のつっこんだ話はできなかっただろう。警察の神崎でさえ少し時間を置こうかと思ったが、磐田はお構いなしに言葉をぶつける。
「あの人に限って……なんてことはほとんどの事件の関係者がいうことだよ」
あまりに不躾な発言に一瞬その場の空気が凍る。
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