『レストア:記憶と引き換えに世界を修復する』

@ene_tyu-

プロローグ:欠けた茶碗と黄金の傷

直せないものはないと、ずっと思っていた。

 俺の指先には、壊れたものの時間を巻き戻すような、奇妙な魔力が宿っていたからだ。

 前世の俺は、日本の片隅にある美術館で、ひっそりと修復師をしていた。

 カビの生えた古文書を洗い、剥落しかけた油絵に絵筆を入れ、砕けた陶磁器を繋ぎ合わせる。

 俺が好きだったのは「金継ぎ」だ。

 割れてしまった茶碗を、漆(うるし)で継ぎ、その傷跡の上から金粉を蒔(ま)く。

 すると、その傷はただの破損ではなく、美しい「景色」へと生まれ変わる。

『いいかい、レン。直すというのは、新品に戻すことじゃない』

 師匠の口癖だった。

『それが壊れるまでの時間、使われてきた歴史。それら全てを肯定して、次へ繋ぐことだ』

 ああ、その通りだ。

 俺はその言葉を胸に生きてきた。

 けれど――俺自身の人生はどうだったろうか。

 過労で倒れ、薄れゆく意識の中で、俺は自分の人生を振り返った。

 仕事ばかりで、家族との時間は疎かになり、友人の顔も思い出せない。

 俺の人生は、どこか欠けた茶碗のようだった。

 しかも、金で継ぐこともできず、ただ欠けたまま終わろうとしている。

(……もし、次があるなら)

 俺は願った。

 次は、もっとうまく直したい。

 俺自身の人生も。そして、誰かの悲しい傷跡も。

 金色の光が、俺の意識を飲み込んでいく。

 それが、錆びついた空の世界への入り口だとは知らずに。

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