はじめてのワガママ
「勘助、勘助♪」
名前をつけてもらってからというもの、勘助は歩くたびに小さく自分の名前をつぶやき、胸を弾ませていた。
大きなハチワレの猫が、ふふっと優しく笑って言った。
「いい名前だね。僕は ちょびひげ中国支部部長。みんなは“ちょび”って呼んでるよ」
次に、まん丸のしっぽをもち、ウサギみたいにふわふわしたキジトラがふんわり近づいてきた。
「ふふ、よかったわね。私は 愛。いちばん大切に思っているって意味よ、きっとね」
そう言って愛は、勘助の頭をそっと撫でてくれた。
だけど、楽しいばかりの時間ではなかった。
デブ猫の紫苑は、わざわざ体当たりをしてくるくせに、ママが来ると子猫みたいな声で甘えてみせる。
ねねは勘助を見るたび睨んでくるのに、ママが呼ぶとわざと逃げて追いかけっこをする。
勘助はせっかく嬉しい気持ちでいっぱいなのに、胸の奥がざらついてモヤモヤしてしまった。
でも紫苑はMilkに毎回怒られるほど大きな猫だし、ねねはMilkの妹分みたいなもの。だから勘助はぐっと我慢していた。
けれど――。
ふぅ、と大きく息を吸い込み、
勘助はついに涙声で叫んだ。
「ねねちゃん!なんでいじわるするんだよ!」
ねねはびくっとし、それから顔をそむけて叫び返す。
「べ、別に…!だってあんたが……。後から来たくせに、ママにデレデレして、Milkお兄ちゃんまで独り占めして!ナナシのくせに!」
「ぼくはナナシじゃない!勘助だもん!いじめっこ!」
「違う!あたしはいじめっこじゃないもん!悪いのはあんたなんだから!」
2人は転がるように取っ組み合いを始めた。
Milkはそばで寝そべりながら、くすくすと面白そうに見守っている。
小さな子猫同士のけんかは、本人たちの必死さとは裏腹に、ただただ微笑ましかった。
しばらくすると、ママの手がそっと2匹を抱き寄せた。
そして、いつもより深く、優しくキスをする。
「いい子ね。2人とも、大好きよ」
ぽん、と軽い音がしたように、2匹の顔にはっきりとハートのスタンプがついた。
最初にねねが吹き出し、
勘助もつられてくくっと笑った。
すると部屋中の猫たちが次々と笑いだし、
世界全体が、ふわっとあたたかな笑いで満たされた。
2人はおでこをくっつけ、
「ごめんね」と小さな声で言い合った。
そしてごはんの時間になった。
最近の勘助のごはんは“子猫用カリカリ”に替わっていた。
勘助はお皿の前でじっと固まっていた。
「食べないの?どこか痛い?」
心配そうにねねが顔をのぞき込む。
「ううん、その……。トロトロごはん、おいしかったなぁって思って」
ねねは微笑んで言った。
「ふふ。それは特別な日のごはんなのよ。病気のときとか、誕生日とか」
「誕生日だ!」とMilkが大きな声で言う。
「勘助、トロトロごはんはな、取りに行くのがすっごく大変なんだ。きっと危ない場所にもママは行ってる」
勘助の背筋がすぅっと冷たくなった。
ここに来る前は、怖いものばかりの世界だった。
この安全な部屋では忘れてしまっていたが、危険は外にあふれているのだ。
“なんてわがままなこと思っちゃったんだろう…”
勘助は泣きそうになるのを隠すため、顔をお皿にうずめて食べ始めた。
するとMilkが優しい声で言った。
「勘助、トロトロごはんはな、みんな好きなんだよ。
それに、お前みたいに“ママにおねだりした”猫もいっぱいいるんだ」
ねねも横からそっと続けた。
「好き嫌いが出てくるのは、幸せになった証。
ママはね、ちゃんと“自分の気持ち”が言えたら喜ぶのよ。
えらいね、ってね」
勘助は呆然とした。
大人たちも“わがまま”を言うこと。
ママがそれを喜ぶこと。
そんな世界があるなんて、想像もしていなかった。
勘助の胸のなかで、小さな灯りがまた一つ、あたたかく灯った。
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