ろくでなし達のエンディング

YA GI DA 羊

記憶の端から貴方へ

第1話 探し者

十月の中頃、見慣れない町並みを車の中で流し見ながら退屈なラジオに耳を傾ける。私、萩野はぎのるなに向けて運転席の男はふと思い出したかのように言った。

「……最近思うんです。るなさんと関わっていることでもしかしたら俺が犯罪者扱いされることになるのではないかと。」

うわごとのように呟かれた言葉。

片や家出をしてきた女子高校生とそれを連れまわす社会人の男。どう考えたって事案しか浮かばない。

「今さらだね。荻原おぎはらくん。」

もう出会ってから十ヶ月以上たっているのだから、覚悟のうえだと思っていた。

「なんでこんなことに……。」

そう彼は狼狽えているが彼の様子は初めて会ったときより幾分か明るくなったように思う。

「荻原くん、やめてもいいんだよ。私は君の事を恨めない。」

「それ冗談ですよね?俺は絶対にやめませんから。」

心からの言葉だが強く拒否されてしまった。

「別に私はお母さんを探すのに協力して欲しいとも言っていないのに。」

ちょっと、お人好しが過ぎるのではないのかなあ。

「別に俺は誰かの為にしているわけじゃありません。……るなさん、貴方は俺の逃げ道なんです。」

誰にだってあるでしょう。どうしようもなく逃げてしまいたいときなんて。

そう言って前を向いたままの瞳は十ヶ月前と何ら変わりない空っぽな目をしていた。


十二月の日の事。世間はクリスマスや大晦日で賑わっているというのに今日も今日とて残業したうえで自宅にまで仕事を持ち帰るという社畜に片足を突っ込みつつある自身に対して荻原おぎはら侑希ゆうきは哀れみを覚えていた。

「何処かに逃げ道はないんですかね。」

信号待ちの交差点にてそう独り言をこぼす。

赤が爛々と光る信号機は今日も誰かの命を守っていると考えると感慨深い。

自分よりもずっと社会の役にたっている働きものではないか。

そんなことを考えていると不意に糸が切れたように体がガクッと前に倒された。

「はっ?」

車のクラクション、周りの喧騒、自分の出した声、さまざまな音が混じりあい耳の内で不明瞭になる中でただ一つクリアに聴こえたのは、

「危ないっ!!!」

自分の腕を引っ張った少女の声だった。


疲れきってとっくのとうに回らない頭で考える。

……助けられたのか、まずお礼を―

「大丈夫ですか?すっごく顔色が悪いですよ!ストレスですか?人相悪いです!」

失礼だなこの人。

「……えぇ、大丈夫です。貴方のお陰で怪我はありません。ありがとうございます。」

ひとまず礼をいう。

「いえ、どういたしまして。」

そう言って去ろうとする彼女を俺は呼び止めた。

「待って……あの、お礼をさせて下さい。救って貰った身なので貴方にお返しをしたいんです。」

半分本心で半分は建前だ。確かに礼をしなければと思ったが、目の前の少女に自分は何か感じるものがあったのだ。

彼女は驚いたように俺を、否俺の目を見た。


真夜中のレストラン。この時間まで営業しているのはこちらではさほど珍しくはないのだが、目の前の少女から見たらよほど奇異なものらしく、きょろきょろと周りを見渡していた。

「自己紹介がまだでしたね。俺は荻原侑希といいます。貴方は?」

「……萩野、るな。」

彼女は慎重にこちらの様子を伺っている。でも、警戒はしていないようだ。

「萩野さん、質問なんですが。」

「はい……あと、るなでいいですよ。」

思ったよりも距離が近い。大丈夫だろうか。

「そうですか。では、るなさん。何故こんな時間に外に?パッと見高校生程の年齢に見えるのですが……。」

「……やっぱり、怪しいですか?」

「はい、とても。……でも理由があるのでしょう?よかったら聞かせてくれませんか。」

そう言うと、るなさんは少し躊躇いがちに話始める。

「キッパリと結論を話すなら『探しもの』を見つけたいんです。そのために家を出てきました。」

「『探しもの』とは……」

目を伏せる彼女の様子をみるにきっと唯の『物』ではないのだろう、だとしたら

「人、ですか?」

彼女が顔を上げる。その顔に縁取られた形容しがたい目が俺を射貫いていた。焦り、不安というにはあまりに明るくて、希望かと問われればあまりに暗い、そんな目。

「なんで……いや、はい。そうです。人を探していて、『探し者』は私のおかあさ……母なんです。」

「詳しく伺っても?」

彼女の目には光が宿っていく。目の前の人間をすっかり信用したのか、はたまたずっと溜め込んだ想いを誰かに聞いてほしかったのか彼女は全てを俺に話した。生い立ち、震災で行方不明となった父のこと、それを探しにいった母のこと、今度は母を探しに自分が家を飛び出したこと、母が残した写真、母との思い出だけが頼りだったことまで。全部。

「……小さい頃、お母さんと行ったこの花畑の景色をずっと覚えてる。お母さんとの思い出を辿ればきっと手がかりになると思うから、だからっ……!」

気付けば彼女の言葉から敬語が崩れ落ちていた。元々使いなれていなかったのだろう。ぎこちなかった。彼女の飾りのない小さな叫びを断片的に聞きながら俺は彼女に出会って再三思ったことをまた頭に浮かべる。

―逃げ道が見つかった。

何度も繰り返し探した者が今、目の前にいる。彼女の叫びを塗りつぶすように、落ち着いた声で彼女に言う。

「るなさん。これは提案なのですが、その『探し者』を協力させてくれませんか?」

俺は彼女に手を差し伸べた。

「……え。どうして、そんな荻原さんにはなんの関係も…………。」

「恩人がこうして困っているんです。俺に出来ることなら協力します。」

思ってもない言葉に本心を込める。

「恩返しをさせて下さい。」(別に貴方の為ではありません。)

彼女はずっと俺の目を見つめていた。

「俺に出来ることは少ないかも知れませんが。」(貴方では足りないことが多くあるでしょう?)

奥を貫くような目。

「俺は貴方の役に立ちたい。」(貴方を利用させて下さい。)

けど、表面しか受け取れない単純さが可笑しいくらいに分かる。

「貴方は俺の恩人です。」(俺の逃げ道。)

「だから、」

彼女はもうすっかり俺を信用してくれている。

「一緒に連れていってくれませんか?」

その言葉を聞いた彼女の唇は俺の望む通りの形を作っていった。


それが十ヶ月前のこと。化けの皮が剥がれるのは早いもので、今はるなさんとは水溜まりに張る氷のような信頼関係で成り立っているため、るなさんに対してそんなに取り繕わずともよくなってきた。

るなさんの方は本来の活発で、悪く言えば馴れ馴れしい性格が出てきているのか敬語というものは何処かに置いてきたようだった。

「別に荻原くんも敬語とか無くていいよ。私、年下だし。」

「俺はこっちの方が性に合っているので。気にしなくていいです。」

何回か繰り返されたやり取り。互いに気遣っている訳ではない。ふと思ったことを思ったまま口に出す、それだけだ。

この奇妙な関係が始まって十ヶ月、依然として『探し者』の手がかりは見つかっていない。

「るなさん。今日はどちらまで?」

もうお馴染みになった台詞を吐く。彼女は笑って答えた。


「遊園地!」

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