『僕が勇者で、彼女は魔王』なんてクソみたいな世界の中で、英雄の死体になっちまった俺が、聖剣片手に、この物語を変えてやるって話
α作
1-1 昼下がりの終幕
昼下がりのリビング。僕は死にかけていた。
高鳴っていた鼓動を静めるように、腹の辺りからはどくんどくんと鮮血が流れていき、ああ、こうやって人は命を失うんだなと。
痛みよりも、妙な納得感を伴いながら、まるで深いところへと沈んでいくかのように、意識を喪失していく。
(でも、これでやっと眠れる)
(すべての面倒ごとからも、きっと解放されるんだ)
ここ最近は薬も効かない不眠症。彼女からの束縛LINEが5分おきに来るせいで、まともに休めなかった。
「ああ、ユウト君が死んでしまうわ」
頬の辺りに、冷たい何かが、触れたような気がした。でも、もう自分の身体は、それを認識することが出来ない。
——最後に見えたのは、血まみれの包丁を握りながら、泣き笑う彼女の姿。
天使と呼ばれたクラスのヒロインは、まるで血塗れの堕天使のように。
「これで……もう誰にも渡さないで済むのね」
「貴方の最期は、私と共に永遠へと刻まれる」
彼女の声が、深い闇の底にまで響いてくる。
震える声で、何かを呟いた。
「裏切りって、こんなに痛いのよ……」
「私、貴方と幸せになれるって思ってたのに……」
付き合い始めた頃の、浮かれていた時期が、走馬灯のように過っていく。
LINEの通知がある度にはしゃいだり、肩が触れ合うだけで、緊張したり。
初デートで行った映画館。一緒に歩いた通学路。縁日の中で手を繋ぎあって、ようやく見られた打ち上げ花火。
——確かに僕も、あの頃は幸せだった。
でも、もう遅い。取り返しがつかない。
(いっそ出会わなければ良かったのかもな……)
決定打は、僕の浮気。話し合いの要求に嫌気がさして、レイナの悪口を言ってまわってしまった。
弱っちぃ僕は同情を誘っては、複数の女子と浮気を繰り返していたんだ。
「ユウト君の心が、遠く離れていくのが分かった——だからもう、永遠に離さないように」
指には、付き合って三日目に買った安物の指輪。それを血濡れの細い指で外すと、左手の薬指へとゆっくりと嵌め直した。
「ふふっ、これでもう離れられないね」
(そんなの安物の指輪だぞ……)
こんなもんでいいだろうと思った指輪。彼女は「世界一の宝物」とまで言っていたが……。
「ちょっとだけ待っててね。私もすぐに……」
(理想の天使だった、はずなんだが……)
薄れゆく意識の中、最後に浮かんだのは、彼女の悪魔のような笑顔。
束縛さえなければ、本当に理想的だったのに。
正直、死ぬ瞬間の感想は割とあっさりとしていて——
これで、ゆっくり休めるのかな、だった。
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