第4話

月曜日の一限目が終わり、教室はだるい空気に包まれていた。

俺は机に顔を伏せて現実逃避中。月曜は本当にキツい。


「悠、顔がゾンビみたいだぞ」

「星野、鏡貸せ。お前の方がやばい」


隣の席の星野がボソッと突っ込んでくる。

弱そうな黒縁メガネと肩の力の抜けた姿勢、同族感MAX。

気を使わず喋れる数少ない友達だ。


「てか、今朝も莉央先輩と登校してたって噂流れてたぞ?」

「見てたのかよ」

「いや、全員見てた。注目の的だった」

「勘弁してくれよ……」


誤解が勝手に膨らむのほんとやめてくれ。

と、その時。

俺の机の前に影が落ちた。


「篠原」


静かで、感情の起伏が少ない声。

顔を上げると、無表情ぎみにこちらを見る少女――

桜木 遥(さくらぎ はるか)。

黒髪で前髪は整っている。

美人なのに目立たず、必要最低限しか喋らないタイプ。

だが至近距離で見るとどこのモデルかって可愛い。

クラスでは「謎」「近寄りづらい」扱いされている。


「……ノート、後で見せてほしい」

「お、おう。いいけど」

「助かる。また昼に」


淡々とした声で言い、すっと離れる。

態度はクールなのに距離は近い。不思議なタイプだ。

星野が小声で肘で突いてくる。


「……お前さ。女の子と普通に話せるのな」

「いや、全然普通じゃなかっただろ今」

「淡々クール系美少女に頼られる人生……勝ち組か?」

「違うって!!」


声が裏返って周りの視線が刺さる。

恥ずかしすぎる。

昼休み。

星野といつもの隅の席で弁当を食っていると、不意に影が落ちた。


「篠原」


遥がコン、と俺の机に小袋を置いた。


「これ……クッキー。ノートの礼」

「えっ、いや良いって言ったのに……」

「受け取らないなら捨てる」


「捨てなくていい!ありがたく頂きます!」

食い気味で受け取ったら、遥がほんの少しだけ目を細めて頷いた。

笑った?のかもしれないが表情変化が極小すぎて分からん。

カリッと一口。――うまい。

甘すぎず控えめで、遥の性格みたいな味だ。

星野がニヤニヤしながら囁く。


「悠……完全に餌付けされてるじゃん」

「うるさい黙れ」

放課後。

昇降口で靴を履き替えていると――


「悠、迎えに来た」


当然のように現れる莉央姉。

やっぱり目立つ。教室じゃなく昇降口なのが唯一の救いか。


「なんで校舎まで降りてきてんだよ」

「……帰り道、一緒の方が安心」


「俺は心臓に悪い」

周囲の視線が増えていく。


「莉央先輩だ」「今日も弟と帰ってる?」


聞こえる聞こえる聞こえる!

そこへ無表情で近づいてくる影。


「篠原」


遥だ。


「……姉?」

「あ、うん。こいつ俺の姉」


遥は莉央姉をじっと見つめる。

敵意でも好奇心でもなく、無表情で淡々と観察。


「綺麗。……人気がある理由わかった」


莉央姉は微かに嬉しそうに微笑む。


「あなたは……悠の友達?」

「クラス。昼、一緒に話した。……篠原のクッキー食べた」

「それ俺のじゃなくて遥のな!?誤解招く言い方やめろ!!」


莉央姉の琥珀色の目が一瞬だけ細くなる。

――どこか牽制の色。

遥は気にもせず淡々と続ける。


「明日もノート、借りる。いい?」

「い、いいよ。たぶん」

「感謝」


静かに去っていくその背中は、どこか猫みたいだった。

星野が遠くから親指を立てる。

いちいち煽るな。

家へ向かう帰り道。

莉央姉がぽつりと呟いた。


「……あの子、悠のこと気にしてる」

「そ、そうか?」

「わかる。表情薄いけど……弟を見てる目が違った」


ちょっとだけ腕を絡めてくる。

「……ねぇ、悠。悠はお姉ちゃんが一番だよね?」


さっき聞かれた気がする質問だ。

なんで念押しするんだよ。


「うん、まぁ……そうだな」


今日はすっごい疲れた、、、

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