第15話:借り物競走と、物理的に重すぎる愛(金塊)
「続いての種目は、借り物競走です!」
放送委員のアナウンスが響く。
俺、佐藤カイトはスタートラインに立っていた。
背中には『綾小路財閥 所有物』の屈辱的な刺繍。
観客席からは「あ、所有物くんが走るぞ」「頑張れ所有物!」という謎の声援が飛んでいる。名前で呼んでくれ。
(頼む……! 簡単なものを引いてくれ! 『メガネ』とか『帽子』とか!)
パンッ!
ピストル音と共に、俺はダッシュした。
コース中央に置かれたボックスから、運命の紙を一枚引く。
そこに書かれていたお題は――
『 一 生 背 負 っ て い く も の 』
「重いよ!! お題が哲学的すぎるよ!!」
俺は叫んだ。
なんだこれ。住宅ローンか? それとも罪の意識か?
借り物競走で持ってきていい概念じゃないだろ。
俺が紙を持って呆然としていると、審判の教師が困った顔をした。
「佐藤、それが何か分からないなら失格だぞ」
その時だった。
「――お待たせしました」
トラックの外、VIP席(綾小路さんが自費で設置したテント)から、彼女が優雅に歩み出てきた。
手には、ジュラルミンケースを持っている。
「カイト君。そのお題、私が解決しましょう」
「綾小路さん!? いや、これ『一生背負っていくもの』なんだけど……」
「ええ。つまり『私』と『借金』のことですね?」
「否定したいけど否定できない!」
彼女はコースに入ると、俺の目の前でジュラルミンケースをパカリと開いた。
中には、金色の延べ棒がビッシリと詰まっていた。
「純金(インゴット)、10キログラムです」
「は?」
「時価1億3千万円相当。これを貴方に預けます」
どよめくグラウンド。
「え、本物?」「光り方がヤバくない?」「借り物競走のスケールじゃねえ!」
綾小路さんは、その重そうなケースを俺の胸に押し付けた。
ズシリ、と強烈な重みが腕にかかる。
これが1億の重み……! 落としたら人生が終わる重み……!
「さあ、カイト君。これを持ってゴールまで走りなさい」
「無理無理! 重いって!」
「まだ終わりではありません。お題は『一生背負っていくもの』ですよね?」
彼女は不敵に微笑むと、俺の背中に回り込み――
ピョンッ、と軽やかに飛び乗った。
「ぐえっ!?」
「私もセットです。さあ、私(愛)と金塊(財産)を背負って駆け抜けなさい! それが貴方の背負う『業(カルマ)』です!」
「物理的に重すぎるだろおおおお!!」
俺は絶叫した。
前には10キロの金塊。背中には女子高生一人。
足腰にかかる負担が半端ではない。
膝が笑うどころか、爆笑している。
「早くしないと最下位ですよ? 馬車馬のように働きなさい」
「くそっ……! やってやるよ!!」
俺はヤケクソで走り出した。
背中のTシャツ『綾小路財閥 所有物』の文字が、皮肉にも今の状況を完璧に説明している。
「どけえええ! 1億円が通るぞおおお!」
俺が鬼の形相で突進すると、他の走者たちが「うわ、なんかヤバいの来た!」「ぶつかったら賠償金とられる!」とモーゼの海割れのように道を開けた。
「ふふ、いい景色ですカイト君。貴方の背中、意外と広いですね」
耳元で、綾小路さんが楽しそうに囁く。
彼女の柔らかい感触と、金塊の硬い感触。
天国と地獄のサンドイッチだ。
ゴールテープが見えてくる。
俺は最後の力を振り絞った。
足がもげそうだ。肺が破裂しそうだ。
「ゴ、ゴォォォォル!!」
俺はゴールラインを切り、そのまま地面に倒れ込んだ。
金塊のケースだけは、死守するように抱きしめて。
「はぁ……はぁ……死ぬ……」
「よくやりました。1位です」
綾小路さんは俺の背中から降りると、ハンカチで俺の汗を拭った。
珍しく優しい手つきだ。
「ご褒美に、この金塊……」
「くれるの!?」
「……と一緒に撮った写真を、SNSにアップしてあげます。『金に目がくらんだ男』として」
「社会的に殺す気か!」
俺が抗議しようとスマホを見ると、このドタバタ劇の最中にも、あの通知が来ていた。
【 ¥50,000 】
死ね死ね団:
私の太ももの感触はどうだった? 役得だったな。スパチャ代から天引きしとくぞ。あと、金塊にヨダレ垂らすな汚い。
「走ってる最中に打ったの!? 背中の上で!?」
「揺れる背中でフリック入力するのは、なかなかのスリルでした」
彼女は悪戯っぽく舌を出した。
結局、俺は「1億円と美少女を背負った男」として、また一つ学園の伝説(汚名)を作ってしまったのだった。
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