第14話:体育祭のクラスTシャツと、命がけの二人三脚(強制連行)

「えー、来週の体育祭についてだが」


修学旅行の熱も冷めやらぬ中、ホームルームで新たな爆弾が投下された。

体育祭。

運動音痴の俺(インドア派配信者)にとっては、公開処刑でしかない憂鬱なイベントだ。


「まずは恒例の『クラスTシャツ』のデザインを決めたいと思う。予算は一人1500円で……」


担任が説明していると、スッ……と綺麗な手が挙がった。


「先生。予算の心配は無用です」


綾小路さんだ。

彼女は今日も涼しい顔で、とんでもない提案を切り出した。


「クラス全員分のTシャツ、私が発注しました。素材は最高級シルク、吸水速乾、UVカット機能付き。一枚2万円の特注品です」


「なっ……!?」


「もちろん、私のポケットマネー(寄付)です。デザインも私が決めておきました」


どよめく教室。

「マジで?」「タダで高級Tシャツ?」「綾小路さん一生ついていくわ!」

クラスメイトたちは大喜びだが、俺だけは嫌な予感しかしなかった。


数分後。

届いたダンボールからTシャツが配布された。


「おおー! すげぇ手触り!」

「背中に『2年B組』って金刺繍で入ってる! カッコいい!」


みんなのデザインは普通にカッコよかった。

しかし。


「……なぁ、綾小路さん」


俺は自分の手元にあるTシャツを広げて震えた。


「なんで俺のだけ、背中の文字が違うの?」


他の男子は『2-B』なのに、俺の背中にだけデカデカと、


『 綾 小 路 財 閥  所 有 物 』


と筆文字で刺繍されていた。


「所有者明示(オーナーシップ)です」


「牛か俺は! 焼印みたいになってるじゃん!」


「迷子になっても、私の元へ届けられるようにです。感謝してください」


「これ着て走るの!? 羞恥心で死ぬよ!?」



そして、種目決め。

俺は一番楽そうな「玉入れ」に立候補しようとした。


「佐藤くんは、私と『二人三脚』に出ます」


綾小路さんが決定事項として発表した。

クラス中から「ヒューヒュー!」「夫婦共同作業!」と冷やかしの声が飛ぶ。


「ちょ、無理だよ! 俺、足遅いし……」


「問題ありません。貴方は走らなくていい。私が運びますから」


「え?」


放課後。グラウンドでの練習時間。

その言葉の意味を、俺は身を持って知ることになった。


「いいですかカイト君。二人三脚の極意は『同調(シンクロ)』です。私の呼吸、筋肉の動き、全てを感じ取ってください」


綾小路さんは、俺の右足と自分の左足を、赤い紐(太い業務用ロープ)でガッチリと結びつけた。


「きつくない? 血止まりそうだけど」


「『運命の赤い糸』ですから、解けないように固結びしました。さあ、行きますよ。位置について……ヨーイ!」


ドンッ!


その瞬間、世界が回転した。


「うわあああああああ!?」


俺の足が動くより早く、綾小路さんがロケットのようなスタートダッシュを決めたのだ。

結ばれた右足が強制的に引っ張られ、俺の体は宙に浮く。


「ワン、ツー! ワン、ツー!」


「速い速い! 俺、地面に足ついてない! 引きずられてる!」


綾小路さんは恐るべき脚力で、俺という重りをぶら下げたまま50メートルを6秒台で駆け抜ける。

俺はまるで、暴走車に引っかかった空き缶のように地面を転がった。


「ハァ……ハァ……。どうですかカイト君。風になれましたか?」


ゴール地点。

涼しい顔で汗一つかいていない彼女に対し、俺はボロ雑巾のように倒れ伏していた。

制服は砂まみれ。膝はガクガクだ。


「風っていうか……台風だよ……死ぬかと思った……」


「ふむ。貴方の筋力が足りていませんね。本番までに下半身を強化する必要があります」


「これ以上いじめないで!」


俺が涙目になっていると、ジャージのポケットに入れていたスマホが鳴った。


【 ¥50,000 】


死ね死ね団:

情けない走りだな。生まれたての子鹿かよ。見ていて不快だ。私の足を引っ張るなら、その足切り落として義足(カーボン製)にしてやる。費用は出してやる。


「サイボーグ化を提案するな!!」


俺はグラウンドの土を叩いて抗議した。


「ていうか、二人三脚って協力プレイだよね!? スパチャで罵倒してないで、もっと歩調を合わせてよ!」


「……歩調を合わせる?」


綾小路さんは、キョトンとした顔をした後、妖しく目を細めた。


「なるほど。貴方が私に合わせられないなら、私が貴方を『おんぶ』して走れば、理論上最速ですね?」


「ルール違反だよ! 二人三脚の概念崩壊するよ!」


「大丈夫です。審判は買収します」


「体育祭に汚職を持ち込むな!!」


結局、本番までの1週間。

俺は「所有物Tシャツ」を着せられ、彼女という名のフェラーリに引きずり回される日々を送ることになった。

俺の筋肉痛が治るのが先か、本番で恥をかいて死ぬのが先か。

地獄の体育祭編、開幕である。

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