第10話:修学旅行と、札束で殴るバス座席争奪戦

「えー、来月の修学旅行についてだが、班決めとバスの座席決めを行う」


担任の言葉で、教室が沸き立った。 行き先は京都・奈良。2泊3日の青春イベントだ。 しかし、俺(ボッチ属性)にとっては、「余りもの同士で組まされる地獄の時間」の始まりでもある。


「……カイト君」


背後から、衣擦れの音がした。 振り返る必要もない。いつもの「彼女」だ。


「班は既に提出済みです。貴方と私、あとは数合わせの人員(空気の読める図書委員たち)で構成されています」


「仕事が早すぎる! 俺の意思確認は!?」


「私の班に入れば、自由行動中の経費(おやつ代、拝観料、タクシー代)は全て私が持ちます。あと、貴方が行きたがっていた『太秦映画村』もコースに入れています」


「……一生ついて行きます」


「よろしい」


ここまでは良かった。 問題は、次の「バスの座席決め」だ。 これはクラス全員でのクジ引き。完全に運任せの勝負だ。


「いいかー、不公平がないように厳正なる抽選を行うぞー」


担任が抽選箱を持って回ってくる。 俺は心の中で祈った。 (頼む! 綾小路さんの隣だけは回避してくれ! 移動中の4時間、ずっと説教か公開処刑されるのは勘弁だ!)


俺が引いたクジは『4番』。前から2列目の通路側だ。 そして、綾小路さんが引いたクジは――


「……『35番』。一番後ろですね」


「よっしゃあああ!!」


俺は思わずガッツポーズをした。 離れた! 物理的距離が確保された! これでバスの中では安眠できる!


しかし。 綾小路さんは、眉一つ動かさず、スタスタと教卓へ歩み寄った。


「先生。少し相談があります」


「ん? なんだ綾小路」


「バスのエアコン設備についてです。当日のバス会社、少し設備が古いようですね。……生徒の健康管理のため、私が個人的に『新型の空気清浄機付きバス』をチャーターした場合、座席の再編成権限はいただけますか?」


「えっ」


「ちなみに、車内Wi-Fi完備、各座席に電源付き、フットレスト付きの3列独立シートの最高級車両を手配済みです」


クラス中がザワつく。 「え、マジ? 豪華バスになんの?」「綾小路さん神じゃね?」「Wi-Fiあんの熱い!」


担任は脂汗を流しながら、生徒たちのキラキラした視線に屈した。


「……咳払い……えー、今回は綾小路の申し出により、バスがグレードアップすることになった! それに伴い、座席は彼女に一任する!」


「やったーーー!!」


歓声が上がる教室。 俺だけが、絶望の淵に立たされていた。 綾小路さんが、ゆっくりと俺の方を振り返り、ニヤリと笑う。


「……カイト君。最後列の窓側、個室カーテン付きの席を用意しましたよ?」


「それもうカップルシートじゃん!!」



そして放課後。 俺は綾小路さんに詰め寄っていた。


「やりすぎだよ! クラスの英雄みたいになってるけど、あれ賄賂だよね!?」


「人聞きが悪い。寄付行為です」


彼女はしおり(自作の分厚いファイル)を開き、予定をチェックしている。


「バス移動中は、4時間みっちり『旅行配信の予行演習』を行います。貴方は窓の外の景色を見ながら、情緒あるコメントをし続けてください」


「酔うわ! 寝かせてよ!」


「ダメです。寝顔を盗撮するのは私の特権ですが、今は配信者としてのスキルアップが優先です」


「公私混同が激しい!」


彼女はさらに、とんでもないことを言い出した。


「ちなみに、宿泊する旅館ですが」


「う、うん。まさか部屋割りまで操作してないよね? さすがに男子部屋と女子部屋は別だよね?」


「当然です。……ですが、貴方の部屋の『壁』について、旅館側と交渉しました」


「壁?」


「私が隣の部屋を取りました。そして、業者を入れて『隠し扉』を施工する許可を得ました」


「忍者屋敷かよ!! 器物損壊で捕まるよ!?」


「原状回復費用として100万積みましたから大丈夫です。夜這いはいつでも歓迎しますよ?」


「俺の貞操の危機!!」


俺が頭を抱えていると、例の音が鳴り響く。


【 ¥50,000 】


死ね死ね団: 文句言うな。修学旅行じゃない。これは新婚旅行(ハネムーン)のリハーサルだ。枕投げなんてガキの遊びしたら殺す。私と愛の語らいをしろ。


「修学旅行の概念が壊れる!! みんなと枕投げさせてよ!!」


「……ふふ。楽しみですね、カイト君」


綾小路さんは、本当に嬉しそうに微笑んだ。 その笑顔は、普通の女子高生らしくて可愛い……のだが、言っていることは「隠し扉」と「ハネムーン」だ。


京都の寺社仏閣が、俺たちの煩悩(というか彼女の執念)を祓ってくれることを祈るしかない。 波乱の修学旅行編、スタートである。

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